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警察が泥棒の片棒を担いだ!

 投稿者:サラマンドラ  投稿日:2016年 2月 3日(水)00時36分22秒 KD124214144113.ppp-bb.dion.ne.jp
  私は、約36年前から、警察に付け狙われ、嫌がらせを受け続けて来ました。その中には、幼女殺しの宮崎と間違えられ、浜松で中判カメラ7台と35㎜版カメラ8台を警官に盗まれ(宮崎が逮捕されてから10年以上経ち、デジタル時代になってフィルムカメラがゴミになってから、浜松にいる間に朝霞に返してあった)たり、その前にも人には言えない、何度も自殺を試みた酷過ぎる人権侵害を受けた。
今回、ご報告する事は、今まで警察に受けた嫌がらせの中では、あまり酷いものではなく、もっと、酷い事が、少なくとも三件はあります。しかし、ごく最近に起った事であり、記憶が明確な事なので、まず、書かせていただきます。もっと酷い事は、整理して、後日書きます。
私は、10年以上前には、年に3回位はフルマラソンを走り、今回事件が起こった1周450mのWalkingコースでは、昔は1周2分以内で走って最低でも20周は走っていた。しかし、10年位前から、半月板が損傷し、特に左膝は、寝てていても酷く痛い時が多く、医者からは、Walkingも15分以内で済ます様に言われていし、事件の起こったWalkingコースも1周3分半で10週するのがやっとになっていた。
さて、私の家は、Walkingコースから500mくらいの所にあり、私が独身で家族がいない事から、今までもWalking中や買い物中、仕事でいない時には、必ずと言って良いほど泥棒が入って、パソコンや衣服や高価な実験道具や食べ物までも盗まれている事が多かった。マイNoカードのも申請しょも、家の中の鍵を付けた部屋の金庫の中から盗み出され、再発行の手続きをしてある。
2016年2月1日21時10分頃、埼玉県新座市の東部東上線志木駅南のイオン南のパーシモンホテル南(柿の木幼稚園南)阿部医院北にあるWalkingコースで、いつもの様にWalkingをしていると、いつも、「ビッコ、ビッコ!何やっているんだ!」と言って私のWalkingの行く手をふさいだり、嫌がらせをする性質の悪い中学生?が、また、自転車に乗って嫌がらせにやって来て、私のWalkingの邪魔をしに来た。この悪魔の様な悪ガキ?は、前に、公園の柵に掛けて置いた私の着替えシャツを盗んだり、得意のスマホ?カメラで私を映し、「今、不審な男が暴れていると、警察に写真付きで通報したところだ!」と、私を脅す事もしばしばだったが、何故か、私の前の職業を知っていたので、おそらく、私の家の傍にいる奴だと思われる。
さて、悪魔悪ガキを無視し、Walkingを続けていると、21時15分頃、丁度イオンに一番近い所をWalkingしていた時、1台のパトカーがやってきて、私の傍で止まり、中から出てきた警官が、「包丁を振り回している半袖で半ズボンの男が暴れている」その風体がお前とそっくりだ!と、煩く尋問を始めた。私は、あの悪魔ガキが私を嵌めた!と、ピント来たので、通報は携帯からだったのか?と、聞いたが、警官たちは答えなかった。ボディチェックをさせて包丁等は持っていない事を確認させたが、お前が犯人だ!と言って聞かない。その内(21時半頃)6、7台のパトカーが30人位の警官を載せてやってきた。道一杯警官で混雑し、近所のアパートやマンションの窓から人々が夜中に何が起こったのかと、窓を開けて見ていた。そして、俺にもボディチェックをさせろと、我先に私の体に纏わり付くので、私は「ボディチェックはもうあの警官がやった」と、言ったら、「俺はやっていない」と、2,3人の警官が私のボディチェックをしたが、それでもお前が犯人だ!と言って聞かない。「どうすれば解放してくれるんだ?」と、聞いたら、本署まで来てもらう!と、誰かが言ったが、最初にボディチェックをした警官に、Walkingのコースを説明するから、何周か私についてきて下さい!と、言ってWalkingコースを強引に回った。
23時を過ぎた頃、一緒にWalkingをしていた警官の携帯に、「白だ?」と、連絡が入り?「貴方は犯人ではないらしい」と、言って私を放免した。
少し回った後、自宅へ帰ると、玄関の鍵が開いていて、玄関棚の上に不覚にも置いてあった財布の中から、2万円が盗まれていた。激怒した私は、警察に電話し、「警察に嘘の通報をして、私を警察に拘束させて、その間に泥棒に入り、2万円を泥棒したので、通報をした奴が犯人だ!通報をした時の電話番号を調べて問い詰めてくれ!」と、言ったが、「電話の記録はとっていない」と、言うので、そんないい加減な事をやっているから、ストーカーに殺人を成就させてしまうし、出鱈目な通報を許してしまうんだ!お前らは、善良な市民を陥れ、泥棒の片棒を担いでいる社会のダニだ!と、言って、25時半まで続いたフザケタ悪夢に終止符を打った。2日になって、志木南口警察から、志木警察に一部始終を報告し、警察の悪事と改良すべき点を強く強調したが、怒りが収まらず、ネットに少しずつ書き込む事にした。
 
 

埼玉県警 羽生警察署 警備課の巡査長 が証拠品の違法わいせつDVDを警察署内で複製、上司らに配布

 投稿者:課長らが「自分もほしい」などと言って複製を依頼   投稿日:2014年 8月 7日(木)20時45分25秒 61-45-194-98.cust.bit-drive.ne.jp
  人権、職業倫理という言葉を理解できているのでしょうか。

最近のニュースによると、女性警察官採用・登用拡大計画がありますが、
受験を考えている女子学生とその親御さんは、埼玉県警という組織のこの実態をよく理解した上で受験を考える必要がありますね。


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埼玉県警 羽生警察署 警備課の巡査長 が証拠品の違法わいせつDVDを警察署内で複製、上司らに配布


□証拠品のわいせつDVD複写 巡査長懲戒免職 埼玉県警 [朝日新聞]

 http://www.asahi.com/national/update/0705/TKY200707050336.html


 埼玉県警羽生署警備課の巡査長(27)が証拠品のわいせつDVDをコピーし署員に配っていた問題で、県警は5日、わいせつ図画頒布と児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供)容疑で巡査長を書類送検し、懲戒免職にした。また、コピーを依頼した同課長(55)=同日付で依願退職=らを停職1カ月の懲戒処分とするなど、当時の上司ら計9人を処分した。

 調べでは、巡査長は2月下旬~3月上旬、証拠品として押収したわいせつDVDを勤務時間中に署内でコピー、課長と別の課の巡査部長(49)に計14枚を配り、別の警部補(36)にもパソコンに取り込むかたちで画像を提供した疑い。課長に配ったとされる9枚のうち1枚が児童ポルノだった。

 DVDは、同署が2月に群馬県内のわいせつDVD卸業者を、わいせつ図画頒布容疑で家宅捜索した際に押収。巡査長と巡査部長はDVDの検分を担当していた。

 コピーに使ったとされる複製機も押収品で、巡査長は自分用にも20枚ほどコピーしたという。警部補への提供が最初だが、それを知った課長らが「自分もほしい」などと言って依頼したという。

 巡査長を最も重い処分としたことについて、県警は「断ることも可能で、厳重に証拠品を管理していた部屋に入った責任は重い」とした。階級を利用した強制や金銭の授受はなかったという。

 高橋克郎・監察官室長は「職員がこのような恥ずべき犯罪行為を発生させたことは誠に遺憾。職員への職務倫理教養と証拠品のより厳格な管理を徹底し、県民の信頼回復に努めたい」などとコメントした。

▽関連記事



□押収DVD複製で巡査長ら書類送検 [日刊スポーツ]

 http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070705-222694.html

押収DVD複製で巡査長ら書類送検

 証拠品として押収したわいせつDVDを警察署内で複製、上司らに渡していたとして、埼玉県警は5日、わいせつ図画頒布と児童買春・ポルノ禁止法違反(提供)の疑いで、羽生署警備課の巡査長(27)を書類送検した。県警は同日付で巡査長を懲戒免職処分とした。

 巡査長に複製を依頼した同署警備課長の警部補(55)ら2人を停職1カ月の懲戒処分としたほか、当時の同署長の警視(57)ら7人を懲戒処分や内部処分とした。課長は依願退職した。

 調べでは、巡査長は2~3月、課長らに依頼され、同署がわいせつ図画頒布事件で群馬県内のDVD卸業者から押収した無修正わいせつDVD15枚分を署内で複製、課長らに渡すなどした疑い。課長が受け取ったDVDには児童ポルノも含まれていた。


http://www.asyura2.com/07/nihon26/msg/454.html


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以下参照
越谷警察署 署長 緑川清正 が女性を署長公舎に連れ込みチューして停職処分
http://ameblo.jp/koshigayamidorikawa/entry-11856058524.html

埼玉県警察女性警察官採用・登用拡大計画
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/kenkei/soshiki/johokoukai/pdf/690.pdf#search='%E8%AD%A6%E5%AF%9F+%E5%A5%B3%E6%80%A7+%E7%99%BB%E7%94%A8'
埼玉県警 採用 倍率 採用試験 試験 男女共同参画 女性警察官  就活  公務員



埼玉県警 羽生警察署 警備課の巡査長 が証拠品の違法わいせつDVDを警察署内で複製、上司らに配布
課長らが「自分もほしい」などと言って複製を依頼 
 

皇室を批判すると国家総動員で嫌がらせ

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 9月10日(火)21時30分12秒 bf04038.fip.synapse.ne.jp
  皇室を批判すると国家総動員で嫌がらせ

http://park.geocities.jp/j_con4/0204/p042.html#page279

最初は意味がわからなかったが、ようやくその本当の理由が見えてきた。
単なる感情論ではない深刻な現実がある。
(仮説を含む)

( http://park.geocities.jp/j_con4/0104/p048.html )
 

警察犯罪は常習的に行われている

 投稿者:  投稿日:2013年 6月10日(月)23時22分7秒 p40221-ipngn100202kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  54)公安警察は警察権力を濫用した本物の犯罪工作のプロ
 公安は警察内部者でない民間の人間を工作の駒として利用することもあります。
   例えばわざと「あいつが君の悪口を言っている。以前君の家で窃盗があったが犯人はあいつだ。あいつは悪事を重ねる犯罪者だから注意してほしい」などと、妨害対象者の周囲の人間に讒言します。近所の人間や仕事関係者など身近で接する人間に敵意を抱かせ、喧嘩させたり争わせたりします。直接事情を知らない人間を、うまく煽ったりそそのかしたりして利用するわけです。利用する人間が、人格的に問題があるおかしい奴なら、確実にうまく事件のレベルにまで発展します。工作相手が強ければ怒って反撃するため、うまく暴行罪や傷害罪に、弱ければ精神的に重圧をかけて衰弱させ、頭を狂わせたり、自殺に追い込ませたりするわけです。警察はサポート役として、工作対象者が重大な事件を起こすよう裏で手助けすればよいだけです。本来は正当防衛ですが、犯罪者扱いして本人の信頼性を欠落させるため、まず誰も信じないでしょう。
「転び公妨」も被害者役を警官ではなく、一般人にすればただの犯罪事件に出来るのです。知能犯罪者の中には、自分から因縁をつけてわざと喧嘩を売り、「殴られた暴力を振るわれた」などと警察に行き、示談金を狙うような手口を使う者がいますが、こういった輩の手口を真似すれば完全なのです。被害者役が一般の者なら、冤罪工作か本当の犯罪事件か、見分けることが難しくなります。警察として、被害者役の嘘の言い分を真実として認定すればおしまいです。
  ある程度の争い事が起これば、普通警察に相談や被害申告にやってくるため、警察が犯罪工作の進行をうまくコントロールしやすくなり、成功率が上がります。工作がばれそうなら誤魔化してもみ消します。公安は県警本部の監察官や幹部など上層部に多く、上から警官全員をコントロールできます。捜査するかどうか署から問い合わせが来れば、「当分様子を見なさい」などと命令し、工作が成功するまで継続するのです。マスコミが仲間なら報道コントロールも簡単にでき、一般世論に知られることもありません。
 まさかそこまで悪質なのか、と思えますが、これまで説明したふぐお関係の話をよく調べればすぐばれるはずです。警察が犯罪として検挙してくる事件の中には、確実にこの種の冤罪工作事件が混じっているでしょう。多くの場合、警察が犯人や犯罪事実をたまたま誤認しただけ、あるいは検挙熱心さが行き過ぎただけ、で片付けられてきたはずですが、意図的にそう仕込んで裁判まで持ち込んで来ているのです。
現在でも井上は調子に乗って毎日近所をふらふらしていますが、味方が多く心強いので当たり前なのでしょう。このような犯罪の本当のプロが多数援護しているからです。しかし結局のところ、利用する一般人は捨て駒として利用するだけなので、都合が悪くなれば切り捨てられるだけでしょう。公安を始めとする犯罪警察官の目的は、自分たちの保身と利益確保、権勢の拡大のみであり、一般市民の安全や治安維持など無関係だからです。そのような腐敗警官が現在の警察を支配する主流になっている。このような状況を放置し続ければ日本がどうなるか、誰でも簡単にわかるはずです。

http://blog.livedoor.jp/poa123/archives/28608972.html

 

警察犯罪糾弾ブログの紹介

 投稿者:  投稿日:2013年 6月10日(月)23時15分59秒 p40221-ipngn100202kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  http://blog.livedoor.jp/poa123/archives/29126747.html





http://blog.livedoor.jp/poa123/archives/28608972.html

私が作成した警察犯罪糾弾ブログです

良かったら見てください

http://blog.livedoor.jp/poa123/archives/28608972.html

 

ガチで即アポ即ハメまくり!

 投稿者:業界人  投稿日:2013年 5月15日(水)10時48分26秒 s1104173.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp
  テレフォンセックス掲示板でアポった女の子がこりゃまたスケベww
性欲強過ぎで下半身もたないっすw
ココマジハンパねぇっす。(涙)
本当にいるんだねぇ。エロイ女ってのは。
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サイトもいっぱいあるし全部無料ポイントだけでアポりまくりだよ。
全部タダだし試してみたら?

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skilsdavofypi20312@gmail.com

 投稿者:christianeshop  投稿日:2012年 9月25日(火)07時31分47秒 216.244.80.106
  The "bootleg" movies, for example, are often made by guys who sneak a movie camera into a newly-released movie where presumably, they crouch behind a seat and make a crummy copy.
http://www.christianeshop.co.uk/

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べっ、べつに

 投稿者:素人です  投稿日:2011年11月12日(土)22時38分44秒 149.78.135.27.ap.yournet.ne.jp
  騎乗位だけで月100万(´-ω-)♂ http://ktjg.net/

http://ylm.me/index.html

 

助けて下さい

 投稿者:石崎誠治メール  投稿日:2011年 8月28日(日)15時29分58秒 wb004proxy11.ezweb.ne.jp
  マスコミの皆様労働争議の経験者の皆様どうか助けて下さい東京都西東京市ひばりが丘北3-3-32菅原ビルモッコリ山蔵八店舗において社長がすべての債務を従業員に押し付け逃げた後に従業員が労働組合に加入し生きる為どこにも行けない為壮絶な自主運営をしています(詳細は石崎誠治検索で数多くネットで説明しています連絡先seiji0418@ezweb.ne.jp)しかし社長が残した債務返済に苦しみ大変困っています私この自主運営代表石崎誠治は皆様にどうか力を貸して頂きたくお願いします現在活動費用不足で困っています皆様どうか支援寄付カンパを以下の口座に心からお願いします三井住友銀行ひばりが丘支店普通6772863石崎誠治連絡先seiji0418@ezweb.ne.jp
追伸私はブログは得意ではありませんどうかパソコンやブログの得意な皆様どうかこの支援寄付カンパをいろんな人に紹介して頂きたくどうかお願いします
 

資本論_003.mp4

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2011年 4月17日(日)14時45分40秒 FLA1Aax100.fko.mesh.ad.jp
  この動画にレスポンスを付ける...

コメント投稿には、ログインかアカウント作成が必要です。 相対的剰余価値の説明が大学で習ったこととなんか違う。労働の密?度を高める(たとえば、20秒で一個の商品を作る体制から15秒?で一個の商品を作る体制に労働者の技術が向上すれば、一分間で作?ることができる商品の数が3個から4個に増えるようにすること)?ことによって、必要最小限の労力で最大の密度をもって価値を生み?出す、というものじゃなかったか???
amenomiyacity 2 か月前
返信
共有削除スパムの報告ユーザーのブロックユーザーのブロックを解除何だ、この番組は?かつての「搾取」が本当に起こっていると思っ?ているのか?(笑)??
harappa5 3 か月前
 

資本論_005.mp4

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2011年 4月17日(日)14時40分4秒 FLA1Aax100.fko.mesh.ad.jp
  昨日NHKで宇野恐慌論の立場にたったマルクス資本論解説番組がありました 投稿者:R  投稿日:2010年11月29日(月)18時14分56秒 wb69proxy01.ezweb.ne.jp    通報
   神奈川大学の的場先生の解説によるマルクス資本論のNHK番組は宇野経済学のただしさを鮮明にしました!

現代資本主義の問題も指摘していた点が重要です
資本論_005.mp4 日本のアカデミーには、かなり左翼が浸透してますね。

001で言ってた世界中の知識人(インテリ)とは要するにマルキ?ストに限定した知識人のことですね。

このシリーズで何度かジャック・アタリが登場しますが、この人は?ミッテラン・フランス(フランス社会党)時代の大統領補佐官です?。世界銀行論は恐らくはアタリの考えでしょう(確か2009年1?月3日の「読売」の一面~二面にその様な考えを述べてました)そ?の考えが、かのトービン・タックスにどことなく似ているのが気に?かかるのですが。後に放送される世界政府論もアタリの考えですね?(これについてはシリーズ最後の放送でネオリベラリストの田中直?毅氏が批判してましたが)。

??
eintellieee 1週間前
返信
共有削除スパムの報告ユーザーのブロックユーザーのブロックを解除「資本論」に興味があったのですがなかなか勉強できずにいました?。そんな中、YOUTUBEで適当に検索したら、この動画に辿り?着けました!!

「資本論」のすべてがわかったわけではありませんが、勉強するい?いきっかけになったので、残りの学生時代に頑張ります!!

最後に続きが気になるので、できればUPお願いします!!!??
kyoikukenkyukaimasa 3 週間前
 

(1/2) カール マルクス 資本論 第一巻

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2011年 4月17日(日)14時35分45秒 FLA1Aax100.fko.mesh.ad.jp
  投稿者: isononalfa | 作成日: 2009/07/10

礒野佑子 萩原健 09/07/10

 

アホかいな?

 投稿者:通行人B  投稿日:2011年 2月10日(木)11時32分48秒 202.223.222.93
  なんで的場が宇野理論やねんw
まったく正反対の正統派を部分修正した、旧構造改革派=市民社会派やでw
あいつの恐慌論なんて、宇野理論の過剰資本論と正反対の過剰生産論やないかw
あれを見て宇野理論だと感じるちゅうことは、宇野を一回もまともに読んだことないな?
左翼運動にかじりついとらんと、ちょっとは勉強してからカキコしいやw
 

昨日NHKで宇野恐慌論の立場にたったマルクス資本論解説番組がありました

 投稿者:R  投稿日:2010年11月29日(月)18時14分56秒 wb69proxy01.ezweb.ne.jp
  神奈川大学の的場先生の解説によるマルクス資本論のNHK番組は宇野経済学のただしさを鮮明にしました!

現代資本主義の問題も指摘していた点が重要です。
 

「○自民党を支配する統一とアジェンダ」  

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2010年 7月17日(土)14時59分43秒 FLA1Aaa473.fko.mesh.ad.jp
  http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm
この判決は、現在の司法に鮮明ににじみ出ている「知らしむべからず、寄らしむべし」の高圧的権力姿勢、明らかな封建時代、保守反動への回帰を宣言したものだ。なぜ、世界の潮流に真っ向から反して、こうした極右的判例が登場するのか?

 それは、1980年代、中曽根政権時代、当時の原理研究会、統一協会のメンバーが自民党選挙の中核運動員となり、当選した後、無給で便利な秘書、運動員として自民党内部に浸透していったことから始まった。

 原理研メンバーは、国内の国公立大学の学生で占められ、公務員試験に合格することで、助力によって当選した自民党議員のコネによって有力省庁のキャリア組に入官したのだ。

当時から、彼らの狙いは、基本的に
①司法 ②国防 ③教育
だった。それは、統一協会の思想的本質を示す彼らの主張を見れば明らかだ。
彼らは、日本を戦前の強権国家主義の独裁体制に回帰させたいのである。
国民を権力の奴隷として支配したいのである。

それから約30年、原理メンバーが、日本司法人事の根幹に食い込み、裁判官、検察官の幹部クラスに出世している。そして彼らが、現在の保守反動、強権弾圧の判例を次々に作り出している。

 なお、現在に至るまで、自民党選挙運動員の多数が
統一協会(=国際ユダヤ資本傘下)によって占められていて、キャリア入省を狙う流れは変わっていない。我々が知らないうちに、いつのまにか政権の中枢は統一協会(=国際ユダヤ資本傘下)によって占められることになっている。だから世界ODAなど、不鮮明な資金の流れの陰に、統一協会が見え隠れしているのだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008041202003085.html
反戦ビラ配布処罰は合憲 最高裁が上告棄却 罰金刑が確定へ
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(ある日突然A級戦犯で拘束されていた「岸信介」「笹川良一」「児玉誉士夫」の三人が米国特務機関によって自由の身になった。岸は戦時中の内務大臣,児玉は中国大陸で制服の威力で阿片の取引によって財をなし松本清張「けものみち」のモデルとして知られる「右翼」のドン。

 笹川は公認の博打(競艇)のドンとなり現在は日本財団として引き継がれている。裏話として児玉が金塊や現生でGHQと裏取引をしたとされる。日本で反政府運動が起きつつあり,社会主義運動ともかさなり 危機感を抱いた米国特務機関はCIAと調整し3人を釈放することで利害が一致した.

児玉の資金はCIAの資金とともに児玉機関をつくった。そしてありあまる資金で自由民主党は発足した。)by tatsu
★自民党を作ったのは、岸、児玉
http://jp.youtube.com/watch?v=dPIic6sLnkM

笹川だが、彼らはA級戦犯なのに死刑を免れた。その理由は彼らがアメリカ(国際ユダヤ資本)に日本を売ったからである。★国際ユダヤ資本側としては、岸・児玉・笹川を生かしておく見返りに彼らに日本を統治させ、日本を国際ユダヤ資本の絶対服従国家にすべき命令を与えた。

★そしてユダヤと日本の中間機関として文鮮明の統一教会・勝共連合があるのだ。
文鮮明とはhttp://www.chojin.com/moon/top.htm

ユダヤ(=国際ユダヤ金融資本)が日本に送り込んだ、トロイの木馬=自民党管理人なのである。

同じアジア系の民族に日本を中間管理させていたのである。★自民党の構造とは

 イルミナティ(国際ユダヤ資本)
    ↓
 文鮮明(統一教会・勝共連合)
    ↓
 岸・児玉、笹川の親族議員

 という構造になっている。

★自民党の保守議員とは統一教会の奴隷議員であるのだ。統一に従うことは、ユダヤ(イルミナティ・国際ユダヤ資本)に従うことであり、けして、日本人のための政治をしていないということだ。★自民党の保守議員の活動は、日本を戦争に導くために活動し、法制度を改正しているのだ。

★防衛庁が防衛「省」に昇格したり、三浦和義が共謀罪で逮捕されたり、反戦ビラが違法という最高裁の判決が出たり、映画「靖国」が自民党の統一議員により検問を受けたり、段々と、【 言論統制 】が始まっている。

★もちろん、「中国毒餃子事件」や「チベット人の中国への抗議活動」も意図的に行われてるもので、戦争に導いているということだ。

★このようなアジェンダ(超長期的人類奴隷化計画)の主は、イルミナティという神秘的秘密結社が起こしているもので、戦争により国を破壊し、世界統一政府を樹立するために、活動をしているのである。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=ka12z7pa4ka4da4a4a4f65a4a8a4f&sid=1835217&mid=28590



_〜山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう〜
http://blue.ap.teacup.com/97096856/1493.html
 

みんなの党は、統一教会の党であり、自民党清和会の別働隊である。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2010年 7月17日(土)14時39分23秒 FLA1Aaa473.fko.mesh.ad.jp
  東京の人さん書き込みありがとうございます。

みんなの党は、「アジェンダ」を連呼していますが、この言葉そのものが統一用語であり統一教会の望む政治行政なのです。

とりわけ、渡辺の資金管理団体が自民党清和会・自民党のボス森元総理の政治資金管理団体と同一なのは、資金が自民党清和会である何よりの証拠です。

自民でも民主でもない、消費税に反対であるというのは詭弁です。

この統一教会党に騙された国民は、郵政選挙で小泉に投票したB層です。
 

(無題)

 投稿者:武蔵野市住民  投稿日:2010年 6月20日(日)01時48分30秒 p1165-ipngn101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
  菅が保守陣営に忍び込んだのは社民連時代の1988年。地元の青年会議所に媚びてそれまでの無党派
市民層が中心の応援する会の他に草志会を作ってから。
当時はリクルート、売り上げ税からの消費税論議、農業関連(菅は興味のない分野)で、社会党に風が吹いて
いたため、仕方なく消費税反対の立場だった。が、社会党がマドンナで大躍進した後は、それまで労組が社会党を
支配してはならないとの立場から、小沢が金丸の「社会党分断工作」の鍵として工作中の連合に擦り寄り、
社会民主主義と反金権政治という自分の原点捨て去った。93年1月のことだ。

今や中曽根氏に「市民的保守政治家」と称えられる菅。さぞやご満足だろうな。
 

「賃下げ・労働条件歓迎同盟」の方々

 投稿者:東京の人  投稿日:2010年 6月 3日(木)01時34分47秒 184.171.150.220.ap.yournet.ne.jp
  東京の参院議員、気がつけば「賃下げ・労働条件後退歓迎同盟」へ変質していた議員がいました。
みんなの党「幹部」でいる、元薬害HIV訴訟原告の川田龍平氏です。
賃下げ・労働条件後退を歓迎(もしくは希望)する医療・福祉労働者、医療福祉分野で儲けたい・賃下げしたい悪徳経営者は、ひきつづきみんなの党・川田龍平のご支援お願いします!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!。

みんなの党・川田龍平は、自民党亜種として医療・福祉破壊、憲法改悪促進の立場として奮闘し、「憲法改悪・賃下げ・労働条件後退」の達人といして川田龍平は日々奮闘しています。改憲・賃下げ・労働条件後退を願う都民は、こぞって改憲・賃下げ・労働条件後退の川田龍平(みんなの党・幹部)へお寄せください。伝統ある自民党亜種として、消費税増税も断固推進します。消費税増税推進の川田龍平、憲法改悪の川田龍平、医療・福祉分野で働くものの賃下げを推進する川田龍平です。断固推進します、憲法改悪・賃下げを、川田龍平は断固推進します。

 川田龍平、ゼッケンをしています。よく見ると次の文句が書かれています!!!!!。
「(前に)医療・福祉 賃下げと労働条件後退のため奮闘します 川田龍平・みんなの党/(後ろ側) 憲法改悪 医療・福祉の破壊を推進します!川田龍平・みんなの党」

 明日はない・・・・・・・・・・・・・・・・・・。3年後 H本聖子ともども落選だ!!
 

働く者の生活を守る参院議員へ送ろう

 投稿者:東京の人  投稿日:2010年 6月 3日(木)01時12分18秒 184.171.150.220.ap.yournet.ne.jp
  残念ながら、参院東京地方区から参院へ送り出した議員の中で、はたらく者の生活を守る議員は現在皆無となっている。4+5、今度の参院選で5+5になる。
3年前の参院選、「護憲・働くもの権利を守る」立場だったはずのK氏(薬害HIV訴訟の元原告)が無所属で当選した。しかし、昨年末に「みんなの党」へ入党し、幹部となった。
「護憲・はたらく者の権利を守る」東京の票が、気がつけば「改憲・賃下げや労働条件後退」の議席へとなった。K氏はいろいろ弁明する。しかし「みんなの党」代表は、元自民党幹部である。同代表は、たらく者の立場、生活を全く理解していなし・理解する立ち場ではない。ズブズブの「自民党」直系と言えよう。
K氏は弁明をする。しかし、「公務員の削減・賃下げ」を主張する渡辺氏率いる「みんなの党」に属するK氏は、身近なところでがんばる公務労働者の賃下げ・労働条件後退に、公務労働者の賃金・労働条件とリンクする、医療・福祉・「準」公務と言える人々の労働実態に目を向けず、賃下げ・労働条件後退を推進する立場に立っている。K氏、フルネームでいえば「川田龍平」氏である。
 川田龍平氏は、たぶん日常的に医療機関へ通院しているであろう。少なくない医療・福祉労働者の賃金・労働条件は、公務労働者の賃金・労働条件とリンク、もしくは影響を受けている。
 川田龍平氏は、「皆さんの賃金引き下げ・労働条件引き下げを推進します!賃下げ・労働条件後退を推進する みんなの党の役員です!!」というゼッケンをして、通院して欲しい。薬害に憤慨し、自分のこととして支援した医療労働者は少なくない。しかし、川田龍平氏は、諸処主張するが、最後は医療崩壊を推進し・無反省で医療労働者の生活を最後まで破壊する渡辺氏が主導する「みんなの党」幹部の道を選択した。
医療・福祉を壊す 川田龍平氏。君には明日はない。医療・福祉労働者は、職務を全うするだろう。しかし、君(みんなの党・川田龍平氏)に対する情熱は薄れている。いや、君(みんなの党・川田龍平氏)への絶望と言えよう。
君(みんなの党・川田龍平氏)は、「医で働くものの賃下げ・労働条件後退のため奮闘します、医療制度後退、後期高齢者医療制度や障害者自立支援法を推進します!」を、正面にかかげるがいいだろう。欺瞞を取り払い、差別医療・高齢者イジメ・医療崩壊を進める「みんなの党・川田龍平参院議員」として活動すればいいだろう。自民党亜流の参院議員・川田龍平と思えば、「ああそうか・・・」と理解するだろう。亜種とは、「みんなの党・川田龍平」である。みんなの思いを裏切った「オレが・オレが」の川田龍平には次はない。
 

人妻専門テレフォンセックス

 投稿者:ようこメール  投稿日:2010年 4月20日(火)08時00分44秒 nttkyo862086.tkyo.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp
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小野寺 直日さんどうもよろしくお願いします。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2009年 1月24日(土)22時09分43秒 FLA1Abe111.fko.mesh.ad.jp
  >はじめまして、小野寺 直日と申します。

小野寺 直日さん、返事が送れて申し訳ありません。

>大学内院生として社会科学としての宇野理論特に段階論の研究をしています。

そうですか。

小野寺さんの勉学や私のつたない掲示板に書き込みされたことは、大変喜ばしいことですので大変嬉しいです。

社会科学としての宇野理論・段階論的アプローチはとても意義が深いと存じます。

私は、宇野さんが教鞭をとられていた法政大学で、宇野経済学を少しだけ学ばせてもらいました。

ちなみに私は、宇野さんの直弟子である鎌倉孝夫さんや法政の川上さん、宇野経済学出身のテレビでおなじみの慶応大学の金子勝さん、法政の長原豊さんなどにまなばさせて頂きました。

私は学生運動歴(ご承知かとは存じますが、元中核派シンパ)がありましたが、その一方で、社会科学系の大学院に進んで宇野経済学を学ぼうとも思っていましたが、それを果たせずに至っています。

なお、私は現在特定の新左翼党派運動(中核派やカクマル派などの新左翼)及び革命運動は行ってはおらず、民主党(影の内閣・大臣候補の民主党国会議員の後援会に参加しています)・社民党(機関紙を購読しています)の支持者のノンセクトとしてさまざまな社会事象について評論している程度でしかありません。

現在私は、アジア円経済圏化の可能性、これからの日本資本主義の発展性について考察したいと考えています。

今からでも大学院に進む道はないわけではありませんが、宇野経済学を大学院で学ばれている小野寺さんの書き込みは大変ありがたいことと存じます。

現状分析的にいえば、昨今の世界恐慌情勢を理解するためには、宇野経済学のアプローチが大変重要になっていると私は考えています。


>学問的な意味での啓発を得られるのではないかと考え、できましたならば何らかの形で研>究会の活動に参加したいと考えております。もし可能ならばよろしくお願いいたします。

宇野理論研究会と掲示板で名乗らせて頂いていますが、なんらかの団体や研究会活動、会報などの活動にはいたってはいませんが、できれば将来はさまざまな研究者の方々と宇野理論について考えていく団体を形成したいものです。

ですから新進気鋭の大学院生さんからの書き込みや交流が重要だと考えています。

とりわけ、小野寺直日さんの、『日本古代国家形成過程の一考察 : 古代国家論の再検討』について興味があります。

なお、詳しいことについて、差し支えなければ、メールでご連絡したいと思います。

ですからこれからもよろしくお願いします。

なお、昨今の経済情勢などから、宇野理論研究会の掲示板を再開したいと考えています。
 

はじめまして、小野寺です。

 投稿者:小野寺 直日メール  投稿日:2008年12月18日(木)13時44分23秒 G042021.ppp.dion.ne.jp
  はじめまして、小野寺 直日と申します。大学内院生として社会科学としての宇野理論特に段階論の研究をしています。学問的な意味での啓発を得られるのではないかと考え、できましたならば何らかの形で研究会の活動に参加したいと考えております。もし可能ならばよろしくお願いいたします。
                          小野寺 直日
 

管理人よりアッテンボローという精神疾患の人物に対して

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 8月13日(水)01時41分52秒 FLA1Aaw028.fko.mesh.ad.jp
編集済
  wtl7sgky52.jp-k.ne.jp とはアッテンボローという人の携帯電話のリモホだそうです。
本人談より。

アッテンボローとは過激派・中核派の元活動家だったそうですが、中核派の分裂で再び中核派両派に再オルグされているそうです。

彼は、精神科に通っている鬱病患者らしいですが、最近の研究によると鬱病は他者を攻撃したくてしかたがない病状があるとつきとめられています。

彼が精神が不安定なのは、彼が属した党派そのものの不安定極まりない状況、人を不幸に導く思想にもとづいているからではないでしょうか?

まったく私に対して攻撃的書き込みををしながら小躍りするというさまは彼がかなり抑圧されている何よりの証明といえましょう。

また、投稿者名がホモ田中となっているのも、彼が精神疾患たる何よりの証明でもあります。

なお、精神疾患のアッテンボローの書き込みは証拠として一定期間削除せず残しておきます。
 

日本国憲法擁護連合=うちはだいここと福岡のホモ田中

 投稿者:ホモ田中  投稿日:2008年 8月11日(月)06時57分22秒 wtl7sgky52.jp-k.ne.jp
  この掲示板は福岡のホモ田中が反共主義を宣伝するために開設したもので、惨めな己への歪んだ「プライド」から生じた妄想を書きなぐる物です。誰からも相手にされず寂しがっていますので、みなさんせいぜいあざ笑う書き込みをしてあげましょう。  

春は過ぎて、いまや真夏だが?

 投稿者:通行人  投稿日:2008年 7月28日(月)14時56分46秒 203-165-218-53.rev.home.ne.jp
  閉鎖はいつ?  

お笑い警備公安警察を告発する掲示板設置のお知らせ

 投稿者:日本国憲法擁護連合メール  投稿日:2008年 4月 2日(水)13時27分9秒 FLA1Aaw122.fko.mesh.ad.jp
  お知らせしたとおり、公安警察に関する掲示板を新たに設置しました。

公安警察を考える掲示板の設置しましたので、公安警察の批判や暴露はそちらで集中して行いたいと考えています。

その掲示板では全国から公安警察に被害にあっている人々の告発の場にしようと考えています。

また、その掲示板等では具体的な公安警察の犯罪も暴露し、画像公開・公安警察私服警官の尾行・威嚇している車両ナンバーの列挙なども含めて検討しています。

とりあえず本日のお知らせでした。

『お笑い警備公安警察を告発する掲示板』
http://6502.teacup.com/cpcp/bbs
 

お知らせ

 投稿者:日本国憲法擁護連合メール  投稿日:2008年 3月31日(月)17時17分20秒 FLA1Aab074.fko.mesh.ad.jp
編集済
  これまで長く掲示板を運営していましたが、この掲示板を今年の春をもって閉鎖しようと考えています。

この掲示板をごらんのみなさまにこの場でお礼を申し上げたいと存じます。

なお、ここで論争してきた方々にも掲示板の盛り上がりにご協力いただきありがとうございました。

残念なのは、宇野に批判的な日共系の理論を踏襲している方がたとの論争ばかりで本意であった宇野理論そのものを深めることにはつながらなかったということです。

とうぜん、日共系からの批判や反論があることは想定していましたが、結局頑迷な日共系活動家の方々との違いを明確にできたという点だけで終わったのが残念でした。

私は、日共に対してはスターリン主義党だという結論がでているので、これ以上その方面の方々と論争してもまったく埒があかないものと認識しています。

また、私の予定していた方向とは違っていると私は実感しているため、この掲示板を運営する必然性は薄れており、今年の春をもって閉鎖することに決めました。

なお、私の掲示板は一部右翼や趣味者らとの「不毛」な罵倒をもちこませないことに「成功」したのが特筆される事柄でもありました。

「右翼」や趣味者などの妨害者から掲示板を守るのは、削除の徹底と管理の徹底です。みなさんもそれを徹底すれば、彼らの「嫌がらせ」を打破できることが可能なのです。彼らは、同じ集団から構成されているわけですから。

かわりに彼らは、2ちゃんねるを根城にしていますが、この掲示板に彼らを接近させることを拒み続けられたことは、何よりの救いでした。

他方、公安警察はこの掲示板を監視しているようで、私の書き込みに反応して統一協会との関係をつつかれたくないから、統一協会を逮捕したニュースを流したりとガス抜きに専念していた模様でもあります。

公安警察は私の日常を監視・威嚇しているぞといわんばかりの対応を最近も見せ付けていますが、それなりに警察の不祥事続出が激化し、彼らの雇い主である自公政権もそうとう苦しめられているというのも、すべては私を抑圧していることゆえの報いでもあります。

昨日も福岡県警機動隊出身の警察官が、女性強姦未遂で逮捕されるに及んだのも、いよいよ私を苦しめ続けてきた公安警察本体のなかから不祥事が出てくる前触れでもあります。

すでに何人かの警察官から私と関係する部署や事柄で死人がでたり(公安警察は右翼を使って私を襲撃させようとまで策動していた模様だが、その次の週に暴走族に追いかけられて殺されたのは地元交通機動隊の警官でした)、彼らが持ち出してきたでっち上げの話で犯罪をおかした警視庁の警官はその場で自殺する事例など現証がでていますので、公安警察に私は勝っているということです。

彼らは、私をなんとかして追い詰めたいようですが、追い詰められているのはあなたがた権力のほうなのです。


都立大学を名称から変更させた石原、教育反動攻撃を展開してきた石原、私腹を肥やそうと「カジノ」構想のために新宿に監視カメラを設置して新宿歌舞伎町浄化作戦なる作戦を指揮したファシスト石原、オリンピック招致のために新宿二丁目の景観とイメージが悪いからつぶすと公言したファシスト石原、築地をつぶすと公言した石原は日増しにおいつめられており、とくにカジノ構想が頓挫した後石原がこしらえた新東京銀行の赤字は石原都政が終焉してもかき消せない重大事項となっており、石原が人気どりのためにこしらえた新東京銀行の用件で、石原が都知事をやめた後でも、この件で石原の汚名は決定づけられ、石原は二度と立ち上がれないほどに自ら転げ落ちていく根拠になっているのは歴史の皮肉としかいいようがありません。

前回石原が苦しんだ都知事選挙でも、彼自身の招いたおごりが要因でしたが、石原自ら人気取りのためにこしらえた新東京銀行の失敗が顕著になり、人気取りが仇になってファシスト石原ついに滅ぶという状況になっているのです。

それは彼が、霊友会の信徒であり軍国主義極右ファシストという本質からでてくる、彼そのものの実態としての顛末であって、石原は汚名挽回などはもうできないまでに追い詰められているということ以外ないのです。

自公政権の苦しい情勢、石原の苦しい都政運営、公安警察・警察組織の不祥事続出などが、すべて2005年以降顕著になってきたのは、公安警察が私の嫌がらせを本格化した時勢と一致しているのです。

私をつぶそう、私の家族をつぶそうと躍起になった権力側のほうに現証は続出し、自ら自壊していくような情勢になっているのは、なぜかといえば私が信心しているからです。

日蓮を殺そうとした北条政権・鎌倉幕府は立正安国論の自界叛逆難いわく、日蓮を処刑場に使おうとしたり島流しの港に使った鎌倉の海岸で、自分たちの同士討ちをきっかけにして滅んだわけです。

また熱原の法難の際農民が木にくくりつけられた同じ木で、処刑を命令した鎌倉武士の一族が10数年後にくくりつけられて処刑されるという現証もすべて信心をしているものを苦しめたものたちに現証が出るという証明でもあるわけです。

こうした歴史は第二次大戦の日本敗北を含めて二度あるといえるのですが、2005年9月9日金曜日の早朝、公安警察権力は暴力団・右翼を使って私を襲撃させようとしたのですが、次の週に私の地元の交通機動隊員が暴走族から追いかけられて撲殺しているのも、自界叛逆難が警察権力側にでたということです。

公安警察は、考えて見なさい!わたしへの嫌がらせを頻発しているときにきまってあなたたち警察権力側に何らかの不祥事がでている事実をしりないさい。

何度も起こってきた事柄は、すべて偶然ではありません。こうした現証についてしりたければ、公安警察は歴史を勉強しなおすか、教学を抑えるか警察内部の創価学会員や日蓮正宗信徒に直接聞くことです。

この掲示板は、純粋に宇野の経済学を深めていく方向に進めたかったのですが、「反戦・反ファシズム掲示板」の運営が妨害されているので、この掲示板に公安警察ネタなども書き込まなくてはならなくなったため、純粋な方向を維持するのが難しくなったことも踏まえて閉鎖しようということでもあります。

なお、公安警察を考える掲示板の設置を別で検討しておりますので、公安警察の批判や暴露はそちらで集中して行いたいと考えています。

その掲示板では全国から公安警察に被害にあっている人々の告発の場にしようと考えています。

また、その掲示板等では具体的な公安警察の犯罪も暴露し、画像公開・公安警察私服警官の尾行・威嚇している車両ナンバーの列挙なども含めて検討しています。

とりあえず本日のお知らせでした。
 

昨今の警察の失態に関して

 投稿者:日本国憲法擁護連合メール  投稿日:2008年 3月31日(月)16時49分33秒 FLA1Aaw122.fko.mesh.ad.jp
編集済
  関東で惨殺極まりない事件がおこったが、私服が八人もいたのに犯人を取り逃がしていたことが露見している。

当日、私は博多駅で友人といたが、そのとき駅内放送をかけまくり、私服と制服警官が私の目の前を「ウロウロ」していたが、警察権力はそんな暇があったら、本当の犯罪者を取り逃がして何をやっているのだということである。

私を憎悪する公安警察は私がよく行っていた場所に、爆破予告があったと自作自演で偽って、数十人の公安警察と機動隊をよせてもいたが、あんなことをやってきたような現場では、「俺たちの仕事ってばかばかしいよなぁ?」と公安デカどもは思わないのだろうか?こんな警備局は本当に大丈夫なのか?

実際のオウム事件では、その前提であった坂本弁護士事件(公安警察に対する国家賠償請求訴訟を手がけた原告緒方さん側の日共系弁護士だったから警察は現場にオウムバッジが落ちていながら、共産党系の坂本弁護士の事件捜査を手控えたということだ!しかし、そのあとオウムはあんな事件をおかしてしまった。つまり公安警察の選り好みで、あんな事件が起きたということであり、本質的には公安警察の実態が問われるものになったということである。公安警察の偏重と、彼らの捻じ曲がった組織が桎梏と化しているということでしかない!)をちゃんと警察は捜査していれば起こらなかった事件だったと断言できるし、松本サリン事件でも犯人はオウムだったのに、河野さんの学生運動暦を暴いて「過激派キャンペーン」に使った公安警察の愚かさには怒りさえ感じられてならない。

役にたたない公安警察はとっとと解散すべきである。わたしは公安警察は歴史的にもいかに必要のない犯罪者的組織集団であるのか、内外に訴えていきたいと考えている。

たいしたことのない私をしつこく追い掛け回してきたあなたたち公安警察、逆にあなたたちの嫌がらせによって私はあなたたちの無効性を訴えていく道筋ができたのは、歴史の皮肉としかいいようがない。

私の場合、「国家の政治」を批判し、当時過激派といわれていた某党派を支援していたことをもって、公安警察は私を憎悪してありとあらゆるところまで追い掛け回し、「ありもしない話」をでっちあげたり、私は犯罪者でもないのに、テレビ報道して嫌がらせをして威嚇したり、組織を挙げて日常的・恒常的に盗聴・盗撮・尾行・威嚇してきたが、この事件と警察の失態をみるにつけ、日本の警察は本末転倒してやいないか?ということである。

数年にわたって犯罪者でもない私を尾行・盗聴・盗撮・威嚇し、嫌がらせの限りをつくしながら、他方ではこんな事件化のなかで犯人を取り逃がしていたというのは、公安警察への偏重がいかに警察組織そのものをを蝕んでいるのかといういがいにない。

オウム事件における公安警察の失態もそうである。

また、私の私用にまで踏み込んで邪魔をするような警察は(公安警察の面子という側面が強い)、本当に取り違えてやいないか?ということを証明したような事件になっている。

ちなみに、過去にたかが自転車事故に、なんとパトカー二台で制服警官八人もお出ましになった人数と、今回の事件で張り付いていた私服警官と同じ同数であるのも警察という組織がいかに「偏重」した組織であるかが明白になっている。

元公安の島袋は、こうしたさまを「通常の犯罪」よりも、国を脅かすような政治犯のほうがより悪であり、警察はその「根絶」に力をいれておりしたがって公安警察部門のほうにウエイトがかけられているともいっていた。

つまり、公安警察の偏重は、重大な警察の相次ぐ失態になってきているということである。
 

ありがとうございました。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月19日(水)06時17分24秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >あなたが「反論」できないという意味は、私や降旗さんたちの日本共産党批判は、いわれる筋合いではないという意味での「できない」という意味なのか、批判そのものに打撃を受けているので反論を拒んだのか、どちらの意味でしょうか?

批判そのものが今までに読んだものの中になかったので、どう考えたらいいのかわからないという感じです。判断材料の不足です。管理人さんがだるいという感じを受けるのは、私が母に政治の話をするような気持ちかもしれません。私は性格的に亀的な歩みしかできないような人間です。申し訳ありません。

>もしも前者の意味であればあなたは即座に反論できたはずです。
>しかし、あなたは反論なさらなかったということです。

一つの見識を持った批判として、少しずつですが、読んでいます(管理人さん→インターネット上で 降旗さん→著作で)。
批判で打撃受けるほど、このあたりの歴史や理論を学んでいません。私は科学的社会主義の少しばかりの古典と、唯物論哲学書を読んだぐらいで、自分でもあまり詳しくない分野のことまでいかにも知ったかぶりでブログなどに書き込んでしまったことを、今では反省しています。管理人さんの「会話を打ち切りにさせて頂きたい」や「お引取りを願いたい」のお言葉に素直に従いたいと思います。最後に、管理人さんにたいする議論(会話)において、基本的なルールやモラルなどを逸脱していたことをお詫び致します。
 

次です

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月19日(水)04時42分12秒 FLA1Aad086.fko.mesh.ad.jp
編集済
  >謝罪致します。降旗さんの日本共産党の成立、理論的背景、綱領にわたっての分析と批判>にたいして、私は反論を拒みました。理由は、「そんなことはないという反論と理由づ
>け」ができないからです。

謝罪するという展開を私は要望しているのではありません。

あなたが「反論」できないという意味は、私や降旗さんたちの日本共産党批判は、いわれる筋合いではないという意味での「できない」という意味なのか、批判そのものに打撃を受けているので反論を拒んだのか、どちらの意味でしょうか?

もしも前者の意味であればあなたは即座に反論できたはずです。

しかし、あなたは反論なさらなかったということです。

論争の場合、きっちりと反論しなければ、認めてしまうことになることをくれぐれも気づいてください。

私が、だるいと思っているのは、あなたのこうした姿勢からです。会話を打ち切りにさせて頂きたいのが実情です。うんざりという感じですので、お引取りを願いたいです。


>認めます。

あなたが引用されている『経済』は日本共産党が経営する出版社からだされている雑誌であり、その執筆人たちは共産党員たちです。また、『経済』に掲載している学者もそうです。


>たしかに出ているのかもしれませんが、反論になるかどうかはわかりませんが以下の抜
>粋をお許しください。

まったく反論になっていませんし、あなたの弁解にもなってないと思います。
無関係な引用文だと思います。


<現実こそ最大の師> 1968年『経済学のすすめ』筑摩書房より(p37~p38)

 哲学のように山の中にこもってそして真理を考える、そのようなものと経済学が異なるのは、現実そのものが動き変動し変わっていく、その現実を絶えず飽くなく調査し体験し調べる、そういうことが必要な学問だという点です。そしてその最後には現実に忠実であるために、われわれは何かそれを見るならばすべて解明できるというような典拠のようなもの、たとえばキリスト教におけるバイブルのようなもの、そういうものを科学者としてもってはならないと思います。たとえマルクス経済学が正しいと思ったにしろ、マルクス経済学の古典である『資本論』は、決してそれによってすべてが解明できるバイブルではありません。科学にバイブルはないということは、経済学において最も重要なことであり、そして現実こそ最大の師であるということは、経済学の性質に即して最後まで忘れてはならないことのように思うのです。・・・伊東光晴
 

結論は最初から出ていたのかもしれません。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月18日(火)19時36分38秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >宇野派の降旗さんですから、あなたの信奉してきた正統派とは違っているのは前提です。ここの議題は、全般にわたった内容でしたか?
>この箇所の議題は、『昭和マルクス主義・・・・』における降旗さんは日本共産党の成 立、理論的背景、綱領にわたって分析し、端的な批判を展開していますが、あなたはそれ に対して反論できないのではないでしょうか?という問いを投げかけているわけです。
>それに対して、そんなことはないという反論と理由づけをあなたはなさるべきでしょう。
>翻って、宇野理論を批判する学者の意見をあなたから投げかけられても、私は、宇野派であって正統派は知らないから、受け入れない、などといって具体的な反論をするのを拒みましたか?

謝罪致します。降旗さんの日本共産党の成立、理論的背景、綱領にわたっての分析と批判にたいして、私は反論を拒みました。理由は、「そんなことはないという反論と理由づけ」ができないからです。

>正しいか間違いかではなくて、正統派の系譜は日本共産党に影響されてきた事実をお認めなることが第一です。

認めます。

>あなたは正統派が正しいと思っているのですから、宇野派の意見に学ぶことは果たしてできるのでしょうか?
>むしろ、宇野の批判に対する反論づけのために正統派の理論を掘り下げるという展開にしかならない気がします。
>また「どちらが真理」なのか見極めたいとおっしゃるが、すでにあなたは正統派のほうが正しいのではないかと思っているといわれているのですから、結論は最初から出ているのではないでしょうか?

たしかに出ているのかもしれませんが、反論になるかどうかはわかりませんが以下の抜粋をお許しください。

<現実こそ最大の師> 1968年『経済学のすすめ』筑摩書房より(p37~p38)

 哲学のように山の中にこもってそして真理を考える、そのようなものと経済学が異なるのは、現実そのものが動き変動し変わっていく、その現実を絶えず飽くなく調査し体験し調べる、そういうことが必要な学問だという点です。そしてその最後には現実に忠実であるために、われわれは何かそれを見るならばすべて解明できるというような典拠のようなもの、たとえばキリスト教におけるバイブルのようなもの、そういうものを科学者としてもってはならないと思います。たとえマルクス経済学が正しいと思ったにしろ、マルクス経済学の古典である『資本論』は、決してそれによってすべてが解明できるバイブルではありません。科学にバイブルはないということは、経済学において最も重要なことであり、そして現実こそ最大の師であるということは、経済学の性質に即して最後まで忘れてはならないことのように思うのです。・・・伊東光晴
 

次です

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月18日(火)17時41分18秒 FLA1Aad086.fko.mesh.ad.jp
編集済
  >どうやら無駄な抵抗をして負けたという状態です。自分では議論なんてやっているつもり>ではありませんでした。

別に私は勝ち負けというつもりはないし、論争というものは議論を戦わせていくことによって、むしろ自らの立場である理論に対して新たな発見ができるようなそんな感覚さえ生じるようなものですから、非常に意義深いことなのです。


>日本共産党の立場の擁護ために無意識にそのようになっていたの>かもしれません。ご迷
>惑をおかけしましたが、論証に基づいて相手を納得させていくとい>う管理人さんの姿勢
>には恐れ入りました。

論争には感情が入りますが、論争には冷静沈着であると同時に感情が入らないと、机上の論争ということになりますので、本音を展開することに力をいれました。

野沢さんも指摘されているように、説得することは重要で、だから「オルグ」という言葉が重要なのではないでしょうか?

そのためには、すべての疑問に答える努力や、批判力が重要であり、同時に自分が依拠する理論を具体的にわかりやすく説明する努力が重要なのだと思います。

ですから、野沢さんには再三、指摘をしてきたわけなのです。

>自分ではゴリゴリのスターリン主義という立場ではないと思いますが、少しずつ脱却して>いく努力を続けたいと思います。

スターリン主義というと、圧制が連想されてしまうのでしょうが、スターリン主義とは二段階革命論にたつ一国社会主義運動だという指摘を私は当初からしているのですが、野沢さんはあくまでも二段階革命論に忠実な意見展開ですから、スターリニストだというわけです。

>以下は、答えられる部分です(すべては難しいです)。


>受け入れがたい理由は、降旗氏の経済学方法論と、私が今までに学んできた経済学方法
>論とが違っていたからです。

またずらしてませんか?宇野派の降旗さんですから、あなたの信奉してきた正統派とは違っているのは前提です。ここの議題は、全般にわたった内容でしたか?

この箇所の議題は、『昭和マルクス主義・・・・』における降旗さんは日本共産党の成立、理論的背景、綱領にわたって分析し、端的な批判を展開していますが、あなたはそれに対して反論できないのではないでしょうか?という問いを投げかけているわけです。

それに対して、そんなことはないという反論と理由づけをあなたはなさるべきでしょう。

翻って、宇野理論を批判する学者の意見をあなたから投げかけられても、私は、宇野派であって正統派は知らないから、受け入れない、などといって具体的な反論をするのを拒みましたか?


>私はまだ、今までに学んできた経済学方法論が正しいのではないかという理解をもって
>いますので、宇野理論に少しずつ学びながら、どちらの経済学方法論が真理なのかを見極>めたいとも思っています。

正しいか間違いかではなくて、正統派の系譜は日本共産党に影響されてきた事実をお認めなることが第一です。

あなたは正統派が正しいと思っているのですから、宇野派の意見に学ぶことは果たしてできるのでしょうか?

むしろ、宇野の批判に対する反論づけのために正統派の理論を掘り下げるという展開にしかならない気がします。

また「どちらが真理」なのか見極めたいとおっしゃるが、すでにあなたは正統派のほうが正しいのではないかと思っているといわれているのですから、結論は最初から出ているのではないでしょうか?

>経済学理論は科学なのですから、

社会科学ととらえることは可能ですが、ブルジョア経済学もそうでないマルクス経済学も根底的立場が実は明確にあるものです。

別の言葉でいえば階級的立場が明確だということです。

正統派が共産党の影響によって生成してきたこともそうです。

正統派の理論は、共産党の二段階革命論にそった形態をなしているのです。

>革命論とは相対的に独立した科学的認識であり、「経済学としての真理性・有効性が問わ>れるもの」と考えています。

あなたの信奉する経済学は日本共産党の二段階革命論を補強するような意味で有効性があるようなものでしょう。


>たしかに、管理人さんに論争などできないと思います。依拠する革命路線や哲学の位置
>づけ等、前提が違いすぎているようです。

論争というのは立場が違うからおこなわれるものですから、正統派のあなたが必死こいて宇野理論の批判を展開しようと書き込まれてきたことそのものが物語っているのではないでしょうか?

あと、この議題は、あなたが信奉してきた正統派の学者の意見を引用しながら、その具体的内容に対して私が質問すると、あなた自身が引用している著作の理論について理解がないというお答えでお逃げになるから、「自分が理解不能だという著作を引用するというのは、どうでしょうか?」と私はあなたに問いかけているのです。

>引用して理解するための今後の課題としてとらえようとしましたが、やはり前提が違
>っていたので、無理なことでした。

ごまかさないでください。あなたは、宇野理論に対する学者の引用をただつらるねだけで、批判が可能だと単純に考えていたとしたら大変甘いとしかいいようがありません。

ましてやあなたの引用した著作の具体的中身について私が問いかけると、よくわかりませんとあなたは逃げているだけではありませんか?

本来なら、あなたが引用した著作ですからあなたがどのような中身なのか具体的に説明できなければ引用などもってのほかだと思います。

「引用して理解するための今後の課題としてとらえようとしましたが、」とあなたがいうのは、あなたが引用された著作の具体的中身を今後理解しようということでしょうか?

つまりよくもわかっていない著作を引用していたのがあなただということになりますが、引用する著作の具体的中身も知らないのに、引用するという姿勢はあなた自身を落とし込めることになるので今後はおやめになられたほうがよいと忠告しておきます。

しかも、前提が違うから無理なことでしたなどと、私のせいにするような書き込みも不愉快ですから今後はお慎みください。

あなたが理解もしていない著作を引用するのが間違っているだけですから。

>ワードでキーボード入力も時間がかかるし、本をもう一度読み直してみないと誤ったま
>とめになってしまうかもしれません。重田澄男氏の著作を勝手に改変してはいけないとも>思い、少し時間をいただけないかとお願いしたのですけれども…。

私は何度か指摘してようやく、あなたの意見をここまで引っ張り出しただけです。


>「Autokratie」「Ein Regent」「Revolution der Gewalt」

「独裁 ドイツ語」「独裁 執権 ドイツ語」、「暴力革命 ドイツ語」などを検索されましたか?

わたしがあげた参考サイトは読まれましたか?



>やはりそうでしたか?

ご理解されましたね。では納得されたということでよろしいですね。
 

会話を打ち切られてもしょうがない状態(まな板の鯉)です。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月18日(火)16時16分55秒 softbank220023144109.bbtec.net
  どうやら無駄な抵抗をして負けたという状態です。自分では議論なんてやっているつもりではありませんでした。日本共産党の立場の擁護ために無意識にそのようになっていたのかもしれません。ご迷惑をおかけしましたが、論証に基づいて相手を納得させていくという管理人さんの姿勢には恐れ入りました。自分ではゴリゴリのスターリン主義という立場ではないと思いますが、少しずつ脱却していく努力を続けたいと思います。
以下は、答えられる部分です(すべては難しいです)。


>降旗さんは日本共産党の成立、理論的背景、綱領にわたって分析し、端的な批判を展開していますが、その批判に対してあなたは受け入れがたいということではありませんか?

受け入れがたい理由は、降旗氏の経済学方法論と、私が今までに学んできた経済学方法論とが違っていたからです。

>あなたは、降旗さんのこの著作に出てくる日本共産党批判では「批判」になっていないとあなたはいいたいのではありませんか?

私はまだ、今までに学んできた経済学方法論が正しいのではないかという理解をもっていますので、宇野理論に少しずつ学びながら、どちらの経済学方法論が真理なのかを見極めたいとも思っています。

>そもそも、降旗さんそのもの意見についてあなたは何も答えることができないのではありませんか?
>これは私の二段階革命論批判にも直結する話です。

経済学理論は科学なのですから、革命論とは相対的に独立した科学的認識であり、「経済学としての真理性・有効性が問われるもの」と考えています。

>なぜなら、ご自分が紹介し引用した著作を理解していないあなたが、どうして私に論争などができるというのでしょう。

たしかに、管理人さんに論争などできないと思います。依拠する革命路線や哲学の位置づけ等、前提が違いすぎているようです。

>自分が理解不能だという著作を引用するというのは、どうでしょうか?

引用して、理解するための今後の課題としてとらえようとしましたが、やはり前提が違っていたので、無理なことでした。

>あなたが紹介した著作の内容を具体的に聞いたのに、あなたは時間くださいというのは、どういうわけでしょうか?

ワードでキーボード入力も時間がかかるし、本をもう一度読み直してみないと誤ったまとめになってしまうかもしれません。重田澄男氏の著作を勝手に改変してはいけないとも思い、少し時間をいただけないかとお願いしたのですけれども…。

>「独裁」と「暴力」という日本語をドイツ語に訳せば簡単なことです。
「独裁 ドイツ語」「独裁 執権 ドイツ語」、「暴力革命 ドイツ語」などを検索してお調べください。

「Autokratie」「Ein Regent」「Revolution der Gewalt」


>あなたは日本共産党の理論に依拠しているというだけです。

やはり、そのとおりでした。

>野沢さんが引用された宇野の問題意識は、日本共産党系にたいする批判だということです。

やはりそうでしたか?
 

あなたは日本共産党の理論に依拠しているというだけです。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月18日(火)12時54分43秒 FLA1Aad086.fko.mesh.ad.jp
編集済
  >宇野氏の理解される「マルクスの唯物論」と科学的社会主義の哲学としての唯物論とで
>は、同じ唯物論という名称であっても内容が違うということですね。今頃やっと気付きま>した。


というよりも、野沢さんは正統派学者たちが展開する宇野批判を知ったというほうが正確ではないでしょうか?

あなたのあげた『経済』1997年 NO.25 マルクス経済学の存在意義(鶴田満彦)によれば、「正統」「異端」もあってはならないといいながら、あなたは自分の依拠しているものに過ぎないものを、「科学的社会主義の哲学としての唯物論」と延べ、他方で宇野氏の理解される「マルクスの唯物論」と書き込まれているわけです。

「科学的社会主義の哲学としての唯物論」というのは、ずばりいえばエンゲレス―スターリンの理論のことをさします。

野沢さんが引用された宇野の問題意識は、日本共産党系にたいする批判だということです。

>勿論、かかる経済学説は、経済学者の独占物ではない。何人にも多少の努力をすれば、大>体のことは理解される。そしてこれは、あらゆる知識人にとって最も容易に唯物論的見地>をとり得る、殆んど唯一の道ではないかと考えられる。というのは、他の学問で真に唯物>論的なものが果してあるかということを疑わざるを得ないからである。(p126)

 >この過程はかかる特殊の形態を与えられても決して資本家の工場における労働力のよう>に簡単に物としては処理出来ない。政治家の頭の中の人的資源としても片付かない。しか>もあらゆる人間の精神的活動を吸収して、独自の活動をなす社会的物質過程なのである。>そこに又『資本論』が首尾一貫して唯物論を確立しうる基礎があるのである。
>経済学者がこの理論を正しいとすると、その人は少くとも学問的には唯物論的になる。し>かしこの唯物論を、個人的信念にしようとすると、個人的には決して出来ない。元来この>唯物論は、社会的過程に対する唯物論的認識なのである。これを個人的信念にするにも、>この認識を社会的実践に移す以外に道はない。それは部分的な、機械的な個人的観点に立>つ唯物論ではないのである。(p127~p128)

※引用文献→ 宇野弘蔵著『社会科学の根本問題』1966年 青木書店
 

別口のほうです

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月18日(火)12時28分19秒 FLA1Aad086.fko.mesh.ad.jp
編集済
  >①【宇野弘蔵氏の資本主義理解】
><引用>
 >宇野弘蔵氏は、マルクスの『資本論』にもとづきながら、それにたいする商品経済論再>解釈の全面化による改変をおこないながら、

宇野の論点は、『資本論』における恐慌論が、過剰生産論と過剰資本論の二つのロジックが併用されている点をほりさげたことにあります。

具体的には、資本主義の矛盾を周期的恐慌に見出して『資本論』をとらえたことにあります。

>自由競争的な市場原理によって「社会」全体>が全面的に商品形態によって自己調節され
>ているような「純粋の資本主義社会」こそが
>「資本主義」の規定的内容をなすとされているのである。

宇野の核心は、労働力商品化がいいかえれば「賃労働と資本」が資本主義の核心であって、労働力商品化は無理があってそれが恐慌という資本自ら資本設備を破棄していくという矛盾をもつということであり、それが次の再生産のきっかけにもなっていくという周期的恐慌を論証したものになっています。

これらは、イギリスで周期的に現れた恐慌を説明するものになっていて、『資本論』で述べられている資本主義の運動とは自由主義段階のイギリスを対象にしながら、現実にはありえない「純粋な資本主義」のモデルとして叙述されているのだと指摘したのが宇野です。



周期的恐慌で「資本主義」が自動崩壊した事実はなく、重商主義→自由主義→帝国主義と段階的・不均等的に資本主義は生成・発展してきたということです。

また、一国で重商主義→自由主義→帝国主義と生成・発展してきたのではなく、スペイン・ポルトガルが中心だった重商主義段階、イギリスが中心だった自由主義段階、資本主義後発国のドイツ・ロシア・アメリカ・日本などが中心に展開してきた帝国主義段階というように不均等的に発展してきたのが現実です。

また、宇野は『帝国主義論』から『資本論』に帰りながら、マルクス経済学を展開する方法をとりました。


>宇野弘蔵氏においては、資本主義カテゴリーは、「生産」や「生産様式」のとる形態で>はなくて「社会」全体のあり方へ、内容的には、「社会」の商品経済関係の全面化、自由>競争の完全展開、市場メカニズムの全面化といった全面的な商品経済関係というものに置
>き換えられてしまっているのである。

かなり歪曲されていますが、宇野の核心は労働力商品化(の無理)として資本主義を理論化しているということです。その基底によって自己矛盾的な期的恐慌を併発させつつ資本主義は再生産していくと論じたのが宇野です。

それらは現実にイギリスの自由主義段階を掘り下げた理論であります。


>そこからして、宇野弘蔵氏は、カルテル、トラストなどの産業独占体や金融資本が形成
>されて自由競争の全面的展開が妨げられるようになると、それは「純粋の資本主義社会」>とは異質な事態であって、非資本主義的異質物による資本主義の不純化あるいは「資本主>義的純粋化傾向の逆転」とみなされているところである。

というよりも、帝国主義段階の転化ということなのですが、この転化についても宇野は『経済政策論』で明確に資本主義の不均等発展について展開しています。


これは別たてて、のちのち詳しく論じますから、ここでは簡単に総括しておきます。日共系は、段階論が理解できない人たちだということを述べておきます
 

宇野氏の理解されるマルクスの唯物論

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月18日(火)12時16分36秒 softbank220023144109.bbtec.net
  宇野氏の理解される「マルクスの唯物論」と科学的社会主義の哲学としての唯物論とでは、同じ唯物論という名称であっても内容が違うということですね。今頃やっと気付きました。


元来、個人的生活において唯物論的に行動するということが、実は極めて曖昧なのである。そう自ら思っている場合でも、又そう人から思われている場合は猶更であるが、決して真に唯物論的に行動しているということにはならない。唯心論的信念をもって行動している者と大して変りはないという場合が少くないのである。
経済学説自身が唯物論的になっている場合には、経済学者は、その個人的信念は何であろうとも、学問的には唯物論的にならざるを得ない。社会現象に対して多少なりとも科学的観察をする場合は勿論のこと、そうでもなく常識的判断を下す場合にも、自己の正しいと考える唯物論的な経済学説からそうひどく離れることは出来ないものである。勿論、かかる経済学説は、経済学者の独占物ではない。何人にも多少の努力をすれば、大体のことは理解される。そしてこれは、あらゆる知識人にとって最も容易に唯物論的見地をとり得る、殆んど唯一の道ではないかと考えられる。というのは、他の学問で真に唯物論的なものが果してあるかということを疑わざるを得ないからである。(p126)

 人間が物を消費して生活することは誰でも知っている。そして又此の物の消費が、物を生産しなければ続かないことも、誰にも分かる。物の生産が人間の労働によらなければならぬことも明らかである。一方では物が人間になり、他方では人間が物になる所謂社会的物質代謝の過程も行うわけである。あらゆる社会が此の経済過程なくしては成立しない。人間が如何に精神的に活動しても、この過程にとっては、物が人間になり、人間が物になる以上のことにならないのである。科学技術の発達もこの過程に吸収されなければ、それこそモノにならない。
 経済学は、この過程が資本主義的商品経済としておこなわれていることを明らかにする。この過程はかかる特殊の形態を与えられても決して資本家の工場における労働力のように簡単に物としては処理出来ない。政治家の頭の中の人的資源としても片付かない。しかもあらゆる人間の精神的活動を吸収して、独自の活動をなす社会的物質過程なのである。そこに又『資本論』が首尾一貫して唯物論を確立しうる基礎があるのである。
経済学者がこの理論を正しいとすると、その人は少くとも学問的には唯物論的になる。しかしこの唯物論を、個人的信念にしようとすると、個人的には決して出来ない。元来この唯物論は、社会的過程に対する唯物論的認識なのである。これを個人的信念にするにも、この認識を社会的実践に移す以外に道はない。それは部分的な、機械的な個人的観点に立つ唯物論ではないのである。(p127~p128)

※引用文献→ 宇野弘蔵著『社会科学の根本問題』1966年 青木書店
 

おおもとが講座派―正統派の流れを汲んでいます。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月18日(火)12時01分7秒 FLA1Aad086.fko.mesh.ad.jp
  あなたがあげている学者は、源流は講座派です。その流れが正統派として形成されるのですが、ソ連の崩壊をめぐって正統に分派が形成されているということです。

しかしおおもとが講座派ですから、理論はスターリンの二段階革命論に沿った理論です。


>認識不足であったことは、正直に認めたいと思いますが、

あなたは、宇野の意見を理解していないのではありませんか?ただし、納得と理解は別です。


>正統派=日本共産党派という理解には疑問を感じていますので、下記のような理解を補足>させていただきたいと思います。

正統派の源流は、講座派に由来していますし、日本共産党の理論である二段階革命論にそった人たちであることにはかわりがありません。

あなたが、疑問があるといいたいのは、党派闘争的に対抗されているからでしょうが、確かに協会派・向坂派の場合も二段階革命論、スターリンの二段階革命論に沿った理論ではあります。


それから正統派はソ連崩壊前後からいろいろな「分派」を構成しています。そこに規定しているわけですが、あなたは正統派は日本共産党系とはいいきれないと対応されているのです。

下の書き込みは、あなたの意見ですか?新日本出版社の『経済』からの引用ですね。

>(1)マルクス経済学=経験科学

>マルクス経済学は、あくまでも特定の問題関心と特定の方法とをもった経済学の1ヴァリ>アントとして、マルクス『資本論』を理論的基礎としながら、経済現象の内的関連やその発展を研究する経験科学である。

というよりも、鶴田満彦さんたちマルクス経済学者はというのがその文章からすれば正確ではないでしょうか?

あくまでも特定の問題関心と特定の方法とをもった経済学の1ヴァリ>アントとして、

これは、いかにも正統派の論じ方だと思います。

特定の問題関心と特定の方法をもった経済学のひとつなどという抽象的なものではなくて、具体的には「賃労働と資本」という階級対立をとらえ、労働者階級の立場から国民経済学を批判したのがマルクスであり、その理論に依拠する人たちをけるクス経済学と呼ぶのではないでしょうか?

『ドイツ・イデオロギー』にあるように、哲学者の領域を超えたのがマルクスなのですから。


>マルクス『資本論』を理論的基礎としながら、経済現象の内的関連やその発展を研究する>経験科学である。

ということは、宇野の段階論も認められるということになります。ただ、正統派の学者は宇野理論に絶えず批判的であったということです。


>(2)論争の基準=論理的首尾一貫性と事実適合性

>マルクス経済学の内部にも、なにをもって『資本論』のエッセンスとするか、それを基礎>にどのように経済学の体系を構成するか、その経済学をどのように現状分析に適用するか>をめぐって、さまざまな考え方がありうる。

といいながら、学者も個人もいずれかの体系に規定されているのが現実です。あなたと私の違いもそうです。


>それらの諸マルクス経済学のあいだには、宗教を連想させるような「正統」も「異端」も>あってはならず、

私が上記で述べたように、いろいろな考え方や体系があるとはいいながら、学者や個人はいずれかの体系に依拠しています。

ですが、宇野理論を批判する学者は正統派というカテゴリーに属す学者が多く、講座派の理論を継承している人たちです。いいかえれば、プロスタです。

宗教を連想させるような「正統」も「異端」もあってはならずといいながら、自らを正統だとみなし、宇野を異端者だとみなしてきた人たちです。

それは、「トロツキスト」という呼び方で、自分以外の左翼運動を罵倒してきた人たちとも重なっています。

>論理的首尾一貫性と事実適合性を基準とした論争が行われなければならない。

スターリンに影響された正統派の学者は、党の方針の変化に対応するように自らの主張も変えていたような人たちですので、私は信用しておりません。


>※ 引用文献 →『経済』1997年 NO.25 マルクス経済学の存在意義(鶴田満彦)


そもそも『経済』は日本共産党系の雑誌です。

>(3)正統派

>高須賀義博著『マルクス経済学の解体と再生』では以下のように分類されています。


>二流  「論理・歴史説」          「論理説」]

論理的だと自らを押し出しているのは共通しています。論理=歴史という正統派の方法論に対する宇野などの批判がありますが、基本的に正統派は講座派以来のエンゲレス―スターリン理論に影響された人たちです。「賃労働と資本」というような階級関係の暴露よりも、エンゲレス的な「唯物史観」から『資本論』をとらえる人たちです。

>六派  >「正統派」(旧)          「正統派」(新)
    >「市民社会派」
    >「宇野派」(世界資本主義派)    「宇野派」(源)
                      >「モデル・プラトン派

正統派の分裂ないし分派は、ソ連のゆらぎと崩壊が影響していますが、基本的に講座派以来の二段階革命論・エンゲレス―スターリン主義的な「唯物史観」を継承している人たちです。

なお、宇野派の世界資本主義論は、岩田理論とよばれるもので、岩田弘の『世界資本主義Ⅰ』と鈴木鴻一郎の『経済学原 理論』から形成されてきたものです。
 

野沢さん私の話を聞いてますか?

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月18日(火)11時07分2秒 FLA1Aad086.fko.mesh.ad.jp
編集済
  野沢さん私の話を聞いてますか?私は、あなたに再三、指摘してきましたが、宇野を批判した学者の意見を引っ張り出しても、宇野批判の主張は理解してますから、無駄だということです。

しかも私がすべて答え、その後あなたに質問するとあなたは逃げるという姿勢では会話が成立しませんので、注意してください。

今後もそのような姿勢をとられれば、会話を打ち切られていただきますのでご了承ください。


>不破哲三氏の「資本主義」用語を、重田澄男氏が『資本主義とはなにか』青木書店(引
>用)で批判しています。

あなたは、まずその著作をあげて、重田澄男氏は不破氏を批判しているから重田澄男氏は正統派・共産党学者ではないような展開で私の意見に対応しているそぶりをしていますが、では不破哲三氏の「資本主義」用語を批判しているという『資本主義とはなにか』青木書店の不破氏に対する箇所を具体的にご説明くださいと私が質問すると、時間ください、よくわかりません、と答えるにとどまっておられました。

一応、あなたはその箇所をあげていますが、③を最初にもってくるべきであり、④をその理由として展開し、②を不破氏の著作として紹介する書き方でないと紛らわしいと思います。①【宇野弘蔵氏の資本主義理解】は、不破哲三氏の「資本主義」用語を、重田澄男氏が『資本主義とはなにか』青木書店(引で批判とは無関係の重田氏による宇野批判の話題ですから、ここは別で論じるべきものです。

こうした書き表し方も、よくまとめきって書きあらわさないと時間が無駄に使われますので、注意してください。

私が一問一答をと再三指摘とているのは、混乱をふせぐためと話題がばらばらにならないことをふせぐためてす。

>①【宇野弘蔵氏の資本主義理解】
><引用>
 >宇野弘蔵氏は、マルクスの『資本論』にもとづきながら、それにたいする商品経済論再>解釈の全面化による改変をおこないながら、自由競争的な市場原理によって「社会」全体>が全面的に商品形態によって自己調節されているような「純粋の資本主義社会」こそが
>「資本主義」の規定的内容をなすとされているのである。
 >宇野弘蔵氏においては、資本主義カテゴリーは、「生産」や「生産様式」のとる形態で>はなくて「社会」全体のあり方へ、内容的には、「社会」の商品経済関係の全面化、自由>競争の完全展開、市場メカニズムの全面化といった全面的な商品経済関係というものに置
>き換えられてしまっているのである。
 >そこからして、宇野弘蔵氏は、カルテル、トラストなどの産業独占体や金融資本が形成>されて自由競争の全面的展開が妨げられるようになると、それは「純粋の資本主義社会」>とは異質な事態であって、非資本主義的異質物による資本主義の不純化あるいは「資本主>義的純粋化傾向の逆転」とみなされているところである。

これは別たてて、のちのち詳しく論じますから、ここでは簡単に総括しておきます。日共系は、段階論が理解できない人たちだということを述べておきます。


>②【不破哲三著『エンゲルスと《資本論》』(1997年、新日本出版社)】
><引用>
 >マルクスが、資本の支配する現代社会を「資本主義社会」という呼称で呼びはじめたの>も、この草稿〔『61-63年草稿』以後のことです(それまでは、「ブルジョア社会」>がもっとも一般的な呼称でした)。「資本主義」という言葉を生み出す前、この社会をど>う呼ぶべきかを論じた、エンゲルスの面白い手紙があります(エンゲルスからマルクス
>へ、1852年〔9月23日〕)。マルクスが名付けた「資本主義」というこの用語は、
>『資本論』の出版以後、たちまち市民権をえて、一般に使われる常識的な用語になりまし>た。

マルクスは哲学をおもに展開していたが、エンゲレスの影響によって経済学の領域を論じるようになり、賃労働と資本の階級関係を暴露した『資本論』を展開することになたったわけですが、その段階になるとエンゲレスの展開を超えた恐慌論の掘り下げに向かうことになります。

しかし日共系は、エンゲレスの『反デューリング論』から『資本論』を展開するような立場に固執し、公式論的な唯物史観で『資本論』を総括してしまうわけなのです。

ただし、あなたが引用する重野氏の不破氏批判というのは、そんな立場での批判ではありません。


>③【エンゲルスの手紙にかかわる不破哲三氏の指摘におけるいささか紛らわしい点・マル>クスの「資本主義」用語についての不正確な理解に結びつきかねないところ】
><引用>
 >まず、不破氏は、「マルクスが名付けた『資本主義』という用語」といわれている。だ>が、「マルクスが名付けた『資本主義Kapitalismus』という用語」なるものは、基本的に>は存在しない。
 >それだけではない。不破氏は、「マルクスが、資本の支配する現代社会を『資本主義社>会』という呼称で呼びはじめたのも、この草稿〔『61-63年草稿』〕以後のことで
>す。・・・マルクスが名付けた『資本主義』というこの用語は、『資本論』の出版以後、>たちまち市民権をえて、一般に使われる常識的な用語になりました」といわれていて、あ>たかも資本主義カテゴリーについての「資本主義」用語の確定の基軸になった要因は「社会」についての「資本主義社会〈Kapitalistische Gesellschaft〉」という用語であった>かのように受け取れる指摘をおこなっておられる。
 >しかし、資本主義カテゴリーの用語表現の確定にとって基軸となった要因は、「社会」>ではなくて「生産」「生産様式」である。

つまり重田氏は「社会」ではなく、「生産」「生産様式」ですと述べているわけで、これは、正統派の展開にそってるのです。不破氏ももちろん正統派の理論家です。
まず前提として、重田氏も不破氏のどちらも正統派ですから私は支持できないということです。

では重田氏は、「資本主義」キャピタリズムという言葉はマルクスにはなく、資本制、資本制生産様式と展開すべきだと指摘しているようです。

野沢さんがこうした展開をとっているのは、私が、マルクスの著作の改ざんとして展開した、「強力」と「執権」という日共用語の批判に対応したものと思いますがどうでしょう?

また重田氏は不破氏を批判しているから日共系ではないと展開されたいようですが、彼のマルクス経済学の認識と不破氏のマルクス主義認識は、講座派―正統派からつらなるマルクス主義理解から成り立っています。


 >マルクスの資本主義カテゴリーは、そのそもそものカテゴリーの確定にあたっても、そ>して、「市民的、ブルジョア的」から「資本家的」という用語表現への転換においても、>「生産」「生産様式」のあり方の把握がその基礎要因となっているのである。

また資本家的生産という用語法も間違いだと重田氏は展開し、そのへんを前提にして村岡と論争した人がいるようですが、村岡の経緯についてはすでに紹介していますので、この論争には私はまったく関心がございません。

百歩譲って、その中身についていえば、資本家的生産という用語を宇野は使っているから間違った理論だとして宇野理論の批判のてこに使っているのが重田氏のようです。

まずあなたは、重田氏のこうした著作を引用していますが、あなたは重田氏の主張を全面的に支持している立場なのか、宇野を批判しているから引用しているだけなのかどちらでしょうか?


>④【資本主義カテゴリーの用語表現の転換と確定のための基礎要因が「社会」ではなくて>「生産」についてであるということの理由】
><引用>
 >マルクスは、近代社会の規定的なあり方をとらえるのに、直接的に一挙に「社会」が把>握されうるものではなくて、唯物論的社会構造把握としての〈土台・上部構造論〉と唯物>論的歴史観としての〈唯物史観〉にもとづきながら、社会関係の下部構造としての経済的>基礎における、その基礎要因としての「生産」の特有の歴史的形態のあり方を、規定的要>因としてとらえるべきものであるとして、なによりもまず「生産」や「生産様式」の近代>的形態の把握をおこなったのである。
 >すなわち、マルクスがまずとらえた資本主義カテゴリーは、基本的には「生産」「生産>関係」「生産様式」おける近代的な歴史的形態であり、それを「資本家的生産」「資本家
>的生産様式」という呼称で表現したものである。そして、そののちに、そのような経済関>係に支配されている社会を「資本家(資本主義)社会」と呼ぶようになったものである。

であれば、資本主義社会、資本家社会と呼ぶのは問題ないということでしょう。

「生産」の特有の歴史的形態のあり方を、規定的要因としてとらえるべきものであるとして、なによりもまず「生産」や「生産様式」の近代的形態の把握をおこなったという重田氏の意見も問題ないでしょう。

ただ、重田氏らを含めて、見落とされているのは、マルクスは「哲学」学者や、公式論的な唯物史観のみで『資本論』を提出したのではなく、現実(当時のイギリス資本主義をモデルにし純粋資本主義のモデルとして)の「資本主義」を「賃労働と資本」の階級関係として暴露することで、国民経済学を批判しようとしたこと、労働者階級に対する啓蒙として理論化されたということです。

この問題は、正統派共通のもので、『資本論』を歴史の発展論のような見方、「唯物史観」の補強のようなもので『資本論』をとらえる傾向が強いということです。

>そのことは、『資本論』冒頭の章句が「資本家的生産様式が支配している諸社会の富は、>『商品の巨大な集まり』として現われ、個々の商品はその富の要素形態として現われる」>と、「資本主義的生産様式」に支配される「社会」となっていて、けっして一括して「社
>会」の規定性を示すかたちで「資本家社会」とはなっていないことにも象徴的に示されて>いるところである。

『資本論』は章立てで書き記されており、冒頭は「商品」の説明から始まっており、その部分を引用して、資本主義社会とはなっていないなどと重田氏は述べているだけでしょう。

つまり、章立てを取り出して、ここではこういっていないという展開を私は支持できません。

野沢さん、重田氏を引用して村岡と論争した例がネット上であったようですが、これと同じような展開を私に「期待」されているとすれば、まったくナンセンスだとご理解ください。
 

だったら、論争できないのではありませんか?

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月18日(火)10時03分19秒 FLA1Aad086.fko.mesh.ad.jp
  野沢さんの目的はなんですか?

あなたは、宇野に批判的な共産党学者の意見を引用して書き込まれているのですが、私がそれらに反論すると、高いレベルだからわかりませんといわれれば話になりません。

そもそも、野沢さんは会話が成立していますか?高いレベルだからわからないというのは、逃げておられるだです。

私はすべてあなたの問いかけには答えています。が、あなたは逃げているわけですので、それでは会話になりません。

私はあなたの姿勢を問いかけているのに、またあなたは宇野に批判的な重田さんの引用を引っ張り出されてきていますが、これはどういうことでしょうか?

あなたは、自分の言いっぱなしをいいたいだけいって、私の質問には答えないという一方通行ではないかということです。

したがって、会話を成立させようという努力を私はみせてほしいと再三主張しているのです。

>誤解です。論争を仕掛けているのではなく、私は私なりに管理人さんの主張を理解しよ
>うと努力しているだけです。

果たしてそうでしょうか?

私は宇野経済学の段階論にたつ立場で、あなたは日本共産党の綱領に忠実な正統派の理論にたつ立場であるというのが前提です。

だから、あなたはしつこく正統派の主張をぶつけて、私の正統派批判に対抗しようとなさつているだけです。

それは、あなたがブログをつくって、スターリン主義批判をかわそうとされたことと同じことなのです。

「私は私なりに管理人さんの主張を理解しようと努力しているだけです。」というのは、聞こえはいいと思いますが、本当にそうであれば私の質問に答えないという姿勢はとらないのではないでしょうか?

むしろあなたは、私の正統派批判や宇野理論の擁護に対して反論がおありだから、しぶとく書きこみされているのではありませんか?

それ自体は私が批判している正統派に忠実な人からすれば、反論したくなる心境になるでしょうし、だからこそ私はその反論をうけつけないわけではないので、こうしてあなたと論じ合っているのですが、あなたは私の「質問」にはなかなか答えず、再度質問すると「高度」だからわからない、ついていけないとおっしゃるのであれば、論争にはなりません。

>よく知られていると思いますが…。

そうですか。

>しかし『日本共産党の「理論」を的確に批判しています』というのは、管理人さん自身の>価値判断ですので、私としては、正直(率直)に言って接近しずらい著作であることには>変わりありません。

降旗さんは日本共産党の成立、理論的背景、綱領にわたって分析し、端的な批判を展開していますが、その批判に対してあなたは受け入れがたいということではありませんか?

あなたは、降旗さんのこの著作に出てくる日本共産党批判では「批判」になっていないとあなたはいいたいのではありませんか?

よって「『日本共産党の「理論」を的確に批判しています』というのは、管理人さん自身の価値判断で」などとあなたは書き込んでくるのではありませんか?

それを理由に「私としては、正直(率直)に言って接近しずらい著作であることには変わりありません。」などと、結論されているのでずか、これはつじつまがあっているでしょうか?

というのは、私の紹介した降旗さんの著作は私の価値判断が入っているから、あなたは接近しずらい著作であると展開されているわけです。

つまり、私の価値判断を押しつけないでほしいという展開をとりながら、降旗さんの批判をかわそうとしていらっしゃるわけです。

そもそも、降旗さんそのもの意見についてあなたは何も答えることができないのではありませんか?

これは私の二段階革命論批判にも直結する話です。

また、あなたの意見そのものが二段階革命論・民主民族革命理論にすぎないということをあなた自身理解していますか?

そして、その前提である日本共産党の綱領そのものが、スターリンが定式化した二段階革命論そのものであるという事実をあなたは理解していないのではありませんか?


あなたは、私に対して正統派批判の学者の意見を引用し羅列しているわけですが、私はちゃんと答えているのに、日本共産党系学者を批判している宇野さんや降旗さんの著作や意見をあなたに投げかけると、あなたは高度すぎてわからないと逃げているだけなのです。

あなたの固定観念、これまであなたが確信してきた理論が批判されたり、批判している意見をぶつられた場合、どのような姿勢をとるかが重要なのです。

だからあなたの姿勢を問うわけです。


>すみません。なかなか読めません。

読めてない本をどうしてあなたは、引用してくるのですか?
読めてないということは、あなたが引用した著作の要約さえあなたはできないし、理解さえできていないということですから、その著作の一文を切り出してきて、論争されるのはナンセンスだとしかいいようがありません。

なぜなら、ご自分が紹介し引用した著作を理解していないあなたが、どうして私に論争などができるというのでしょう。

あなたは、単純に私の正統派批判に対して、押さえ込めるだろうと安易に考えて、宇野批判と正統派の意見を展開する学者の著作を紹介して「宇野に対してはこの人はこういってるよ」とたんに展開しているだけではないでしょうか?

しかしそれでは論争することも相手をつまり私を説得することはできないからです。


>高額な本でしたが、おすすめということなので買いました。しかし、第3章p45~p4>6の2ページさえ、内容的に納得できず、理解不能でした。たいへん難しいという感じを>受けました。

自分が理解不能だという著作を引用するというのは、どうでしょうか?


>すこしお時間をください。

あなたが紹介した著作の内容を具体的に聞いたのに、あなたは時間くださいというのは、どういうわけでしょうか?

通常紹介したら、どういう著作なのかどういう意見なのか聞き返されるだろうとは思われないのですか?ましてや、立場が違っているわけですからなおさらではありませんか?


>勘弁してください。私のような低所得者は、時間もお金もありません。

あのですね、マルクスの著作を翻訳した新日本文庫や、大月文庫の著作に出てくる「執権」や「強行」の箇所と、もともとの言語であるドイツ語を比較すると日本共産党の翻訳は、明らかに改ざんです。「執権」の箇所は「独裁」という意味が原著に近く、「強行」は「暴力」がやはりドイツ語の意味としては正確です。

「独裁」と「暴力」という日本語をドイツ語に訳せば簡単なことです。
「独裁 ドイツ語」「独裁 執権 ドイツ語」、「暴力革命 ドイツ語」などを検索してお調べください。

参考サイト
http://homepage3.nifty.com/mcg/swp_arc/japan/jprome/article/jprm4001.htm
なお、私は社労党そのものの意見にすべて賛成している立場ではありませんので誤解ないように。
 

補足

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月18日(火)09時18分36秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >宇野は、正統派に対するアンチ、日本共産党に対するアンチを提起したマルクス経済学者だということを野沢さんは認識されていないのではありませんか?

認識不足であったことは、正直に認めたいと思いますが、正統派=日本共産党派という理解には疑問を感じていますので、下記のような理解を補足させていただきたいと思います。

(1)マルクス経済学=経験科学

マルクス経済学は、あくまでも特定の問題関心と特定の方法とをもった経済学の1ヴァリアントとして、マルクス『資本論』を理論的基礎としながら、経済現象の内的関連やその発展を研究する経験科学である。


(2)論争の基準=論理的首尾一貫性と事実適合性

マルクス経済学の内部にも、なにをもって『資本論』のエッセンスとするか、それを基礎にどのように経済学の体系を構成するか、その経済学をどのように現状分析に適用するかをめぐって、さまざまな考え方がありうる。それらの諸マルクス経済学のあいだには、宗教を連想させるような「正統」も「異端」もあってはならず、論理的首尾一貫性と事実適合性を基準とした論争が行われなければならない。

※ 引用文献 →『経済』1997年 NO.25 マルクス経済学の存在意義(鶴田満彦)

(3)正統派

高須賀義博著『マルクス経済学の解体と再生』では以下のように分類されています。


二流  「論理・歴史説」          「論理説」

六派  「正統派」(旧)          「正統派」(新)
    「市民社会派」
    「宇野派」(世界資本主義派)    「宇野派」(源)
                      「モデル・プラトン派」
 

このくらいの「まとめ」しかできません(申し訳ありません)。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月17日(月)03時34分52秒 softbank220023144109.bbtec.net
  重田澄男氏による『不破哲三氏の「資本主義」用語批判』

不破哲三氏の「資本主義」用語を、重田澄男氏が『資本主義とはなにか』青木書店(引用)で批判しています。

①【宇野弘蔵氏の資本主義理解】
<引用>
 宇野弘蔵氏は、マルクスの『資本論』にもとづきながら、それにたいする商品経済論的再解釈の全面化による改変をおこないながら、自由競争的な市場原理によって「社会」全体が全面的に商品形態によって自己調節されているような「純粋の資本主義社会」こそが「資本主義」の規定的内容をなすとされているのである。
 宇野弘蔵氏においては、資本主義カテゴリーは、「生産」や「生産様式」のとる形態ではなくて「社会」全体のあり方へ、内容的には、「社会」の商品経済関係の全面化、自由競争の完全展開、市場メカニズムの全面化といった全面的な商品経済関係というものに置き換えられてしまっているのである。
 そこからして、宇野弘蔵氏は、カルテル、トラストなどの産業独占体や金融資本が形成されて自由競争の全面的展開が妨げられるようになると、それは「純粋の資本主義社会」とは異質な事態であって、非資本主義的異質物による資本主義の不純化あるいは「資本主義的純粋化傾向の逆転」とみなされているところである。

②【不破哲三著『エンゲルスと《資本論》』(1997年、新日本出版社)】
<引用>
 マルクスが、資本の支配する現代社会を「資本主義社会」という呼称で呼びはじめたのも、この草稿〔『61-63年草稿』以後のことです(それまでは、「ブルジョア社会」がもっとも一般的な呼称でした)。「資本主義」という言葉を生み出す前、この社会をどう呼ぶべきかを論じた、エンゲルスの面白い手紙があります(エンゲルスからマルクスへ、1852年〔9月23日〕)。マルクスが名付けた「資本主義」というこの用語は、『資本論』の出版以後、たちまち市民権をえて、一般に使われる常識的な用語になりました。

③【エンゲルスの手紙にかかわる不破哲三氏の指摘におけるいささか紛らわしい点・マルクスの「資本主義」用語についての不正確な理解に結びつきかねないところ】
<引用>
 まず、不破氏は、「マルクスが名付けた『資本主義』という用語」といわれている。だが、「マルクスが名付けた『資本主義Kapitalismus』という用語」なるものは、基本的には存在しない。
 それだけではない。不破氏は、「マルクスが、資本の支配する現代社会を『資本主義社会』という呼称で呼びはじめたのも、この草稿〔『61-63年草稿』〕以後のことです。・・・マルクスが名付けた『資本主義』というこの用語は、『資本論』の出版以後、たちまち市民権をえて、一般に使われる常識的な用語になりました」といわれていて、あたかも資本主義カテゴリーについての「資本主義」用語の確定の基軸になった要因は「社会」についての「資本主義社会〈Kapitalistische Gesellschaft〉」という用語であったかのように受け取れる指摘をおこなっておられる。
 しかし、資本主義カテゴリーの用語表現の確定にとって基軸となった要因は、「社会」ではなくて「生産」「生産様式」である。
 マルクスの資本主義カテゴリーは、そのそもそものカテゴリーの確定にあたっても、そして、「市民的、ブルジョア的」から「資本家的」という用語表現への転換においても、「生産」「生産様式」のあり方の把握がその基礎要因となっているのである。

④【資本主義カテゴリーの用語表現の転換と確定のための基礎要因が「社会」ではなくて「生産」についてであるということの理由】
<引用>
 マルクスは、近代社会の規定的なあり方をとらえるのに、直接的に一挙に「社会」が把握されうるものではなくて、唯物論的社会構造把握としての〈土台・上部構造論〉と唯物論的歴史観としての〈唯物史観〉にもとづきながら、社会関係の下部構造としての経済的基礎における、その基礎要因としての「生産」の特有の歴史的形態のあり方を、規定的要因としてとらえるべきものであるとして、なによりもまず「生産」や「生産様式」の近代的形態の把握をおこなったのである。
 すなわち、マルクスがまずとらえた資本主義カテゴリーは、基本的には「生産」「生産関係」「生産様式」おける近代的な歴史的形態であり、それを「資本家的生産」「資本家的生産様式」という呼称で表現したものである。そして、そののちに、そのような経済関係に支配されている社会を「資本家(資本主義)社会」と呼ぶようになったものである。
 そのことは、『資本論』冒頭の章句が「資本家的生産様式が支配している諸社会の富は、『商品の巨大な集まり』として現われ、個々の商品はその富の要素形態として現われる」と、「資本主義的生産様式」に支配される「社会」となっていて、けっして一括して「社会」の規定性を示すかたちで「資本家社会」とはなっていないことにも象徴的に示されているところである。
 

高いレベルには、ついていけません。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月16日(日)11時07分41秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >あなたのほうから、論争を仕掛けているのですから、やはり真摯な姿勢をお願いしたいものです。

誤解です。論争を仕掛けているのではなく、私は私なりに管理人さんの主張を理解しようと努力しているだけです。

>私の掲示板は、あまり知られていないのではないでしょうか?
『昭和マルクス主義・・・』はスターリン主義の理論的な経緯や講座派―正統派の批判、日本共産党の「理論」を的確に批判していますので、なかなか共産党シンパは接近しずらい著作なのかもしれません。

よく知られていると思いますが…。しかし『日本共産党の「理論」を的確に批判しています』というのは、管理人さん自身の価値判断ですので、私としては、正直(率直)に言って接近しずらい著作であることには変わりありません。

>しかも野沢さんはこの著作を読まれたことがあるのかそうでないのか、具体的にはのべられていませんし、野沢さんは正統派の立場の宇野批判者の意見を小出しにだされていただけですね。

すみません。なかなか読めません。高額な本でしたが、おすすめということなので買いました。しかし、第3章p45~p46の2ページさえ、内容的に納得できず、理解不能でした。たいへん難しいという感じを受けました。

>あなたが出されたものですから、あなたの「責任」によってまとめるのが常識ではありませんか?
>不破哲三氏の「資本主義」用語を批判していますとは具体的になんですか?
>野沢さんは、具体的に説明すべきです。

すこしお時間をください。

>ドイツ語の現地からよく調査してください。

勘弁してください。私のような低所得者は、時間もお金もありません。
 

会話が成立していますか?

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月16日(日)09時22分35秒 FLA1Abn110.fko.mesh.ad.jp
  私は野沢さんの姿勢について再三、お願いをしています。あなたの質問にすべて私は答え、そのうえで質問を返していますが、野沢さんは次にあげる私の質問に対して回答をさけています。

一問一答でお願いしますと私は何度野沢さんに指摘しましたか?

今後の課題と野沢さんがまとめるのは自由ですが、まずあなたの質問に対して私はすべて答えてきました。

では、野沢そんはそれに対して、どうなさっていますか?私は一問一答でお願いします、と再三指摘していますが、野沢さんはやはり都合のよいまとめをなさって、すりぬけようとなさっています。

あなたのほうから、論争を仕掛けているのですから、やはり真摯な姿勢をお願いしたいものです。

次の質問にお答えできなければ、野沢さんとの論争を続けることは無意味だと私は判断します。ので、次の質問にちゃんと答えてください。

私の掲示板は、あまり知られていないのではないでしょうか?
『昭和マルクス主義・・・』はスターリン主義の理論的な経緯や講座派―正統派の批判、日本共産党の「理論」を的確に批判していますので、なかなか共産党シンパは接近しずらい著作なのかもしれません。

だが、野沢さん、ご自分は宇野批判の学者の意見を何度かはりだしておいて、日本共産党批判のマルクス経済学者の著作を具体的に提示されると読みこなせないとお逃げになるのはどうかと思います。

ご自分が宇野批判の学者の意見を引用されてきたわけですから、お逃げにならないで、私の提起に対してきちんとした論をもって対処してほしいものです。

しかも野沢さんはこの著作を読まれたことがあるのかそうでないのか、具体的にはのべられていませんし、野沢さんは正統派の立場の宇野批判者の意見を小出しにだされていただけですね。

>図書館などでお調べください。

あなたが出されたものですから、あなたの「責任」によってまとめるのが常識ではありませんか?

>わかりません。

不破哲三氏の「資本主義」用語を批判していますとは具体的になんですか?

野沢さんは、具体的に説明すべきです。

私が、指摘しているのは、日共が、「暴力」を「強力」に、「独裁」を「執権」に意図的に翻訳を改ざんしていることについてです。これがわからないと逃げないで、ドイツ語の現地からよく調査してください。
 

今後の課題

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月15日(土)20時42分5秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >それでは、また機会があればご自由に書きこんでください。また、論争はあると思いますから。

ありがとうございます。

私の今後の課題は、とりあえず4つです。
以下の4つの意味について考えてみたいと思います。

>村岡もそういう事情を承知してここまできているのですから、狐にたぶらかされたらアウトです。もっとも、カクマルと日本共産党は反革命で、第二民青という言葉がかつてのカクマル派にはむけられていましたから、野沢さんがカクマルに対して警戒感がないのは仕方のないことだと思います。

>本当は、マルクスやレーニン自身の著作等で決着をつけるのが一番だと考えています。
私は、宇野段階論を基底とした宇野左派の立場ですから、基本的にはマルクス主義の立場です。

>エンゲレスは、マルクスの残した草稿を『資本論・第二巻、第三巻』としてまとめただけですが、エンゲレスの資金援助がなければマルクスは活動できなかったのですから、その意味でエンゲレスは最大の功労者です。しかしエンゲレスの理論はトコトン駄目です。

>誤解なさらないでほしいが、中核派やカクマル派その他の新左翼では駄目だと考えているひとりです。
 

野沢さんへ

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月15日(土)07時59分44秒 FLA1Aan002.fko.mesh.ad.jp
  >どういうわけか、管理人さんと互角に議論できる共産党支持者の方が、この掲示板に登
>場することがなかったことが残念でした。
>私には読みこなせない著作でした。

私の掲示板は、あまり知られていないのではないでしょうか?
『昭和マルクス主義・・・』はスターリン主義の理論的な経緯や講座派―正統派の批判、日本共産党の「理論」を的確に批判していますので、なかなか共産党シンパは接近しずらい著作なのかもしれません。

だが、野沢さん、ご自分は宇野批判の学者の意見を何度かはりだしておいて、日本共産党批判のマルクス経済学者の著作を具体的に提示されると読みこなせないとお逃げになるのはどうかと思います。

ご自分が宇野批判の学者の意見を引用されてきたわけですから、お逃げにならないで、私の提起に対してきちんとした論をもって対処してほしいものです。

しかも野沢さんはこの著作を読まれたことがあるのかそうでないのか、具体的にはのべられていませんし、野沢さんは正統派の立場の宇野批判者の意見を小出しにだされていただけですね。

>私にとっては、反日本共産党の立場の違いは、宗教のいわゆる宗派のように複雑に対立
>していて、非常にわかりにくいものです。
>それでも私は、真理というものは意外と単純なところにあるのではと思っています。

難しい言い回しをしていらっしゃいまずか、ようは私の日本共産党および正統派経済学者に対する批判にお逃げになっているということではないでしょうか?

宇野は、正統派に対するアンチ、日本共産党に対するアンチを提起したマルクス経済学者だということを野沢さんは認識されていないのではありませんか?

>基本的には、日本共産党の科学的社会主義とは異なる立場ですね。

つまり、日本共産党は、マルクスやレーニンの著作や理論とは異なる立場だということですね。それをスターリン主義と私らはよぶのです。

>図書館などでお調べください。

あなたが出されたものですから、あなたの「責任」によってまとめるのが常識ではありませんか?

>わかりません。

不破哲三氏の「資本主義」用語を批判していますとは具体的になんですか?

野沢さんは、具体的に説明すべきです。

私が、指摘しているのは、日共が、「暴力」を「強力」に、「独裁」を「執権」に意図的に翻訳を改ざんしていることについてです。これがわからないと逃げないで、ドイツ語の現地からよく調査してください。


>管理人さんは正統派が好きだということがわかりました。

なぜそんな文章になるのですか?正統派とはあなたが読んできた日本共産党学者の立場であり、あなたが引用されている学者の立場のことですよ。

宇野派は正統派を批判してきたマルクス経済学なのにどうしてそういう逆の言葉をなげつけてごまかすのですか?

あなたのその言葉は、2ちゃんねる右翼とあまり変わらないので嘘は撤回してください。

>私は、正統派は好きではありません。

だったら見田氏やその他あなたが「なるほど」と思った経済学者をあなたは批判しなくてはなりませんよ。それをやってからそんな言葉はいうものです。


>私は、私派でしかありません。それから、解体は再生の始まりなのかもしれません。

あなたは見田石介に学んできたといっているではありませんか?「私は私」という言葉で逃げないでください。あなたは、日本共産党に忠実な模範的シンパにほかなりません。


>議論ばかりでは解決しなし問題もあると思います。

私の経験上、ゴリスタは頑迷な人が多いと指摘したまでです。

>しかし、学者を信仰してはならないと思います。

それはあなたのほうでしょう。

なぜなら、あなたは原論や宇野理論と正統派の違いもよくわからないといいながら、共産党を批判する宇野派はけしからんから、とりあえず宇野を批判した共産党学者の引用をしておこうというあなたの姿勢そのものが、共産党の信仰にどっぷりとつかっているといういがいありません。

あなたはそういうスタンスをとる姿勢をみせながら、あなたは頑迷に共産党系学者の引用に終始され、共産党の革命綱領のスタンスに忠実な姿勢をとっています。

あなたの実際の行いは、共産党学者の言葉を信じて引用して、宇野理論の立場である私に論争を挑んできているのではありませんか?

つまりあなたの行為そのものからして、あなたのその言葉は自壊していくのでしかないのです。

しかも、あなたは日本共産党に批判的な私や、日本共産党に批判的なマルクス経済学者の意見に対して、「それは宇野派の信仰」だとして反論めいた言葉をなげかけているということにすぎません。

インターネットでは、宇野理論を検索すると、「宇野理論はカルト」という叙述をした人物が意図的に操作され上位に上がっていますが、これは私に対する権力側なりのあてつけなんでしょうが、それと同じ言葉をあなたは発しているわけです。

しかし、宇野は、カルト的な一種宗教のように自ら「科学的」だとか「真理」だの表現する日本共産党系の「科学的社会主義」なる運動や、公式論敵唯物史観、スターリン主義理論に抗してきたマルクス経済学者です。

インターネットで「宇野理論はカルト」などと展開して、マルクス主義や宇野理論に対して悪意むき出しにしている人物を調べると、アメリカの福音派キリスト教信徒つまりネオコンであることがわかっており、こういう基盤の人物だから、「宇野理論」はカルトだと悪罵を投げつけなくては気がすまなかったということのようです。なお、福音派クリスチャンという建前で、本当はこの人統一協会信徒で国際勝共連合ではないのではないかと私は考えています。

アメリカブッシュ政権は進化論さえ否定するこうしたネオコンに支えられているわけで、カルトとは、キリスト教右派のネオコン(統一協会も含む)たちそのものなのです。

>私は以前知人に「法然や日蓮を信仰しても、学者である見田石介氏を信仰してはいけない>よ」と言われたことがあります。それ以後は、気をつけるようにはしていますが…。

私は、見田石介氏の主張を支持していませんのであしからず。

>論議だと思います(といっても、あまり昔の文献はありません、『経済』は最近読み始
>めました)。階級闘争の激しい時期は表現がきつくなることがあるかもしれません。お互>い必死になると思われますから。

昔の文献をしらないで、なぜ「議論」だと思いますなどと読んでもいないのにそんな言葉を平然とのべるのでしょう?

戦後直後から階級闘争を放棄したのは日本共産党であって、絶えず階級闘争が激化するのを妨害してきたのは日本共産党指導部です。

宇野の経済学展開に、多くの反日本共産党の学生が魅了されたというのが事実ですから、日本共産党側は、宇野派は「トロツキスト」の集まりだという展開をとっていたわけで、必死で反日本共産党の運動を押さえ込もうとしていたのが民青などです。


>なにか管理人さんの感情論のようなものを感じます。

資本主義最大のスターリン主義政党、イタリア共産党の例をとってスターリン主義は資本主義国でも破綻したという指摘をしているのです。

>延命があってこそ共謀罪にたいする歯止めにもなれるのではないでしょうか?

日本共産党は治安維持法で壊滅させられた苦い経験をもち、戦後は破防法で公安警察から抑圧されてきた経験をもっている政党なのに、新たな治安維持法である共謀罪になぜ党を挙げて反対しないのでしょうか?


>見田石介氏を支持(信仰ではない)している私は、単純に歴史=論理と捉えることに反
>対します。

何を言ってんですか!見田氏も含めて正統派の方々は、歴史=論理という方法でマルクス主義経済学を語っているわけですよ。


>たとえそうであったとしても、

事実ですからちゃんとおさえてください。

>どれだけの党員という人民の一員が、自分の頭で自らの労働を通じて考えて支持している>のででしょうか?

自分の頭で考えて共産党に接近した方はどれぐらいいますか?私の経験上、両親が共産党だから、つれあいが共産党だからという方が実は多かったのが実際です。

確かに、自分で共産党に接近した人もいるでしょう。しかし、共産党という組織のフィルターによる「赤旗」などの情報を、「唯一真実を伝える新聞」だと観念している人が多いのではないでしょうか?

あなたが正統派の学者の意見を引用して論争に挑まれたのも、同じことです。
あなたは、自分の頭で自らの労働を通じて考えて支持しているというならなぜあなたご自身の言葉で宇野派の批判をやらないのでしょうか?

私は、宇野の著作を引っ張り出すということではなくて、自分の言葉を駆使してあなたに反論しています。

私はまえまえから考えてきましたが、日本共産党シンパと創価学会員で公明党を熱心に支持している人たちとどのような違いがあるというのでしょう?

>その事実は消えないと思います。ただ単に理論や組織を信じているような一種の宗教では>ありません。

そうでしょうか?野沢さんの主張をまとめると、「科学的」だ「真理」だという言葉を自ら発して、日本共産党の綱領に忠実な意見を展開されているだけですが。

ましてや、「唯物史観」的な「社会の発展法則」式の展開をとく野沢さんは、一種の新興宗教の信徒のようですらあります。

私が、歴史=論理、自然科学=社会科学という図式でマルクス主義を語るのはスターリン主義だと指摘しましたが、まさに野沢さんはゴリゴリのスターリン主義理論の信徒だということに他ならないのです。

>赤旗配達やその他の活動で組織を支え、消費税反対や政党助成金反対などで、個人がイン>ターネットなどでどんなに頑張ってもできないようなことをしているのではないでしょう>か?

共産党の組織活動の一端を羅列されるのは結構ですが、私はそれは共産党の組織活動の一環の紹介にしかなっていないと存じます。

あなたは、インターネットで世の中が変わるというような「IT革命」を私が主張しているように捉えているとすれば大きな誤解です。

インターネットはあくまでも「情報通信」の伝達機能であって、それだけでひとりで社会をすべて網羅するということと同義ではありません。

ただし、インターネット情報を個人が使用して生活に生かしていく重要性を私は軽視しているのでもありません。

野沢さん、私は共産党の表面的な組織を批判しているのではなく、綱領を批判しているのだということをお忘れなく。


>科学として『資本論』、マルクスの『資本論』は、階級闘争の理論的武器であると思い
>ますが、私は科学と思っていますが、管理人さんは、それを「聖書」のようなものと指摘
>されます。私にはよくわかりません。

それはあなたがマルクスを信仰の対象のように扱っているからです。
「科学」とあなたはとらえているわけですから。
確かに社会科学ではありますが、自然科学=社会科学ではないのです。
そへんをあいまいにしているのが日本共産党やスターリン主義です。こうした問いかけは、「明るい共産党をつくる会」さんとの論争でも論点になった議題でした。

>私には、管理人さんの気持ちがさっぱりわかりません。私が頭が悪いからかもしれませ
>んが…、もしかして歴史的に物事をみるということの理解が、お互いに違っているのかも>しれません。

それは、あなたがスターリン主義を信仰しているからです。したがって、スターリン主義の理論を批判する私の意見がわからないということなのです。

歴史的に物事をみるとあなたは指摘されているが、それはスータリン主義のフィルターで判断しているのかそうでないのかの違いです。

お互いに違っているのは、あなたがスターリン主義の二段階革命論者でわたしはそうではないということです。


>致命的対立です。

ブルジョア民主革命、民主民族革命論者=スターリン主義理論のあなたと、私は違うということにすぎません。

>私には現象から本質にすすみ、本質から現象を説明する理解が本質をそらした言い方だと>言うことの意味がわかりません。


意味がわからないのではなく、あなたがマルク主義の核心を捻じ曲げているだけです。だから、私の指摘は意味がわからないとお逃げになっているのです。

私は、あなたがたはマルクス主義を逸脱しているよと指摘しているのですから。

あなたがたの公式論的唯物論の把握からでしょうか、ヘーゲル論理学を平面的にとらえた現象→本質論を展開していますが、あなたのとらえる本質論がスターリン主義だということなのです。

つまり『共産党宣言』や『帝国主義論』の立場にたつ労働者階級の自己解放運動として共産主義運動をとらえるのではなくて、あなたがたはスターリンが提唱した二段階革命論にそった革命綱領を拡大するのが共産主義運動だと観念しているわけなのです。

野沢さんは、ブルジョア民主革命、民族民主革命のスターリン主義綱領に忠実だということです。


>しかし、私は管理人さんのように自覚的で実践的な運動(活動)をしていませんから、

野沢さんは、赤旗配達の共産党活動家の実践的活動―組織活動の例をだしておられますし、野沢さんご自身も模範的な共産党シンパだと思います。

>管理人さんを攻撃するものなど何も持っていないわけです。

論争でしょう?私は攻撃とはとらえていません。ただし打撃になる、なしは論争ではありえる話ではないでしょうか?

>長い間、違いを明確にできるような投稿のやり取りをしていただき、ほんとうにありがと>うございました。

模範的な共産党活動家と論争できて光栄でした。まさに、私が冒頭掲げたように  「革命運動に献身するボルシェビキの諸君にも仮借ない検討を期待する」ことができました。

ただし、「明るい共産党をつくる会」さんや「わいわい通信」さんもそうでしたが、日共系の方々ばかりで、私が希望している宇野派の方や、革共同系の理論家がなかなか現れないのが残念なことではあります。

追伸 ブログは閉鎖されたのですか?また再開されたらどうでしょうか?
日本共産党を応援するブログもあるようですので再開を検討されてください。
それでは、また機会があればご自由に書きこんでください。また、論争はあると思いますから。
 

忘れ物です。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月14日(金)21時07分7秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >あなたが私に反論されたければ、マルクスやレーニンの著作で論争したいものです。

私としては反論や論争など、あまりにストレスになるようなものは、敬遠したいという思いなのですが、マルクスの『ヘーゲル法哲学批判序説』やレーニンの『唯物論と経験批判論』などが、いまだに読了できていないにもかかわらず、今現在の私の愛読書となっているといったところです。
 

最後のお答えになりそうです。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月14日(金)16時27分37秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >そのへんのことは、降旗さんの『昭和マルクス主義・・・・』に詳しくありますので、私に打撃をあたえたければ、ちゃんと読んで反論なさってきてください。

どういうわけか、管理人さんと互角に議論できる共産党支持者の方が、この掲示板に登場することがなかったことが残念でした。
私には読みこなせない著作でした。

>理論と実践でいえば、労働者階級に害悪をもたらしたカクマルシンパを私は許してはならないと考えています。

私にとっては、反日本共産党の立場の違いは、宗教のいわゆる宗派のように複雑に対立していて、非常にわかりにくいものです。
それでも私は、真理というものは意外と単純なところにあるのではと思っています。

>本当は、マルクスやレーニン自身の著作等で決着をつけるのが一番だと考えています。
私は、宇野段階論を基底とした宇野左派の立場ですから、基本的にはマルクス主義の立場です。

基本的には、日本共産党の科学的社会主義とは異なる立場ですね。

>青木書店は日共系経営層の出版社ですが、あなたがあげられた重田澄男さんの著作では、具体的に不破哲三氏を批判されているかご紹介してください。

図書館などでお調べください。

>不破哲三氏の「資本主義」用語を批判していますとは、日共が改ざんしてきた翻訳などでしょうか?

わかりません。

>不破氏の「資本主義」用語を批判しているから、宇野理論の批判書を書いている学者ではありませんとあなたはいいますが、その展開は不可解ですよ。
>というのも、不破氏らの正統派経済を批判しているから、正統派と対立してきた宇野理論を批判してはいないということではなくて、あなたがいうには、重田澄男さんは不破氏の「資本主義」用語を批判しているわけですから、宇野理論とは直接関係がどこにあるのか逆に伺いたいです。

管理人さんは正統派が好きだということがわかりました。私は、正統派は好きではありません。私は、私派でしかありません。それから、解体は再生の始まりなのかもしれません。

>こうした姿勢は、日共産シンパに多い傾向のひとつでとても頑迷な方が多いのが実際です。私も代々木シンパと称す民主商工会所属の美容師と論争した経験があり、なかなかこちらの説明を聞かないわけなんです。ゴリスタの方々は、創価学会員と似た人が多くて、邪説・邪儀を頑迷に信じているという印象が強いです。

議論ばかりでは解決しなし問題もあると思います。

>宇野は、スターリンの指導を受けた日本共産党の理論そのものを理解しそのうえで、日本共産党の理論と決別してマルクス経済学を立て直していった学者なのです。
>日本共産党の理論に寄り添って、学閥を形成していった正統派の方々とは違うのです。

しかし、学者を信仰してはならないと思います。私は以前知人に「法然や日蓮を信仰しても、学者である見田石介氏を信仰してはいけないよ」と言われたことがあります。それ以後は、気をつけるようにはしていますが…。

>あなたは『経済』の過去の文献をお持ちですか?かなり激しく宇野派を攻撃していますが、あれは論議でしょうか?

論議だと思います(といっても、あまり昔の文献はありません、『経済』は最近読み始めました)。階級闘争の激しい時期は表現がきつくなることがあるかもしれません。お互い必死になると思われますから。

>総本山が崩壊したのですから、その支部も崩壊するのは当然ではないでしょうか?
ユーロコミ二ズムといいながらも、イタリア共産党が崩壊したのは資本主義最大の共産党がやっていけなくなったことを示すわけです。
そういう流れを受けて、日本共産党は延命しようと必死になって、綱領を変えましたが、今も二段階革命論です。

なにか管理人さんの感情論のようなものを感じます。延命があってこそ共謀罪にたいする歯止めにもなれるのではないでしょうか?

>ただし、歴史=論理ととらえるスターリン主義の立場であれば、私の提起は理解できないのかもしれませんね。

見田石介氏を支持(信仰ではない)している私は、単純に歴史=論理と捉えることに反対します。

>あなたの観念なさるマルクス主義とは、スターリンが指導して記した「マルクス」著作を日本に輸入し→スターリンの指導した政党の革命綱領に基づいた翻訳で世に送り出した「マルクス」著作本や解説本でしかありません。

たとえそうであったとしても、どれだけの党員という人民の一員が、自分の頭で自らの労働を通じて考えて支持しているのででしょうか?その事実は消えないと思います。ただ単に理論や組織を信じているような一種の宗教ではありません。赤旗配達やその他の活動で組織を支え、消費税反対や政党助成金反対などで、個人がインターネットなどでどんなに頑張ってもできないようなことをしているのではないでしょうか?

>マルクス「世界観」だとか「客観的心理」だとか、もう宗教の世界のようになっていますがそういう「聖書」のようなものではなくて、労働者の立場からブルジョア社会を暴露した理論的武器としてマルクス主義はあるのではないでしょうか?

科学として『資本論』、マルクスの『資本論』は、階級闘争の理論的武器であると思いますが、私は科学と思っていますが、管理人さんは、それを「聖書」のようなものと指摘されます。私にはよくわかりません。

>ではマルクス主義は間違いだったとあなたは認識なされているのですね。マルクスは暴力革命を主張していますから。
>革命を暴力でする時代は終わったという見解に安心したからですと野沢さんがいうのは、さすが「暴力」を「強力」に改ざんした模範的な日本共産党の回答だと思われます。
あなたがどのような感覚で日本共産党を支持されてきたのかわかりやすい展開だと思います。

私には、管理人さんの気持ちがさっぱりわかりません。私が頭が悪いからかもしれませんが…、もしかして歴史的に物事をみるということの理解が、お互いに違っているのかもしれません。

>「労働者階級のイデオロギーの立場を尊重しながらその運動の主体の明確な指針となるような理論」というのは、非常に本質をそらした言い方だと思います。
それは二段階革命論の綱領からくる、ブルジョア民主革命を第一にしているからでしょぅか?
エンゲレスは、マルクスの残した草稿を『資本論・第二巻、第三巻』としてまとめただけですが、エンゲレスの資金援助がなければマルクスは活動できなかったのですから、その意味でエンゲレスは最大の功労者です。しかしエンゲレスの理論はトコトン駄目です。

致命的対立です。私には現象から本質にすすみ、本質から現象を説明する理解が本質をそらした言い方だと言うことの意味がわかりません。しかし、私は管理人さんのように自覚的で実践的な運動(活動)をしていませんから、管理人さんを攻撃するものなど何も持っていないわけです。長い間、違いを明確にできるような投稿のやり取りをしていただき、ほんとうにありがとうございました。
 

野沢さんへ  訂正です

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月14日(金)12時50分26秒 FLA1Aag247.fko.mesh.ad.jp
編集済
  わかりました。ではよろしくお願いします。

>少し前の答えていなかったところの答えられる部分です。それから、【むしろ「何とかし>て邪魔はできないか」とばかりに、野沢さんとわたしの論戦をずっと監視している右翼も>しくは権力の動向のほうが気になりますね。】の部分については、そんなに監視する勢力>が本当にいるのか疑問に思います。私などたいした存在ではありませんから。

通行人の書き込みは一体なんでしょうか?ネット右翼の跳梁跋扈はなんでしょうか?戦前の、ナチスや特高警察が共産党を弾圧するまでに、どのような時間と具体的経緯をたどったかご存知ですか?

はっきりいって、戦後の「民主主義体制」はもう完全に掘り崩されているなかでここまできているわけです。

今、法大の学生運動をやっている人たちが、従来のような激しい展開をしていますか?たんに、集会やビラ配布、看板をたてただけで逮捕・弾圧されるという情勢になつているのはなぜだと思いますか?

それは早稲田のノンセクト攻撃も同じですが、有事法制成立以降、イラク戦争参戦体制のなかで、ここまできているという切迫感が野沢さんにはあまりにもかけているのではありませんか?

権力側は、こうした大反動を改憲のてことして、すでに実践しているわけなのです。

それから、対権力に対する認識が共産党系の方はあいまいなのかもしれませんが、テレ朝の『サンデー・プロジェクト』という番組では公安警察が共産党活動家を逮捕するまでに、数ヶ月をかけ、数百人の公安警察官などの要員を絶えず配置させて、尾行・盗撮・盗聴した事実が報道されています。これは、新聞「赤旗」でも報道されています。

立川テント村や反戦落書き事件も似たような異様な弾圧がかけられています。

また共謀罪には、インターネット規制も仕組まれています。

このような状況のなかで、「私はたいしたことはない」と思っていても、権力側は共産党支持者だ、左翼だとみなして「監視」しているわけです。最初は監視程度ですが、彼らは確実にその度合いを深めてくることを承知されたほうがよいでしょう。

私も野沢さんのように、「私はたいしたことはないだろう」とのんびりしてきた結果が、執拗な威嚇と嫌がらせをされる段階にきているわけです。

そんなわけで、野沢さんはまだ権力のしつこさなどをあまり経験されていないから、理解されないのでしょうが、周りの弾圧をみれば権力側がそうとうふみこんできているのは一目瞭然ではないでしょうか?

野沢さんご自身が弾圧されるなどがない限り、「そんなことはないよ」といわれる程度であれば、あまりにも権力まの実態をしらなさすぎだと思います。

なお私は覚悟をきめて書き込んでいますが、私の本意は権力万能論を展開したいのではなく、公安警察の実態を確実につかむ必要性を展開しているのです。

共謀罪と改憲が制定されれば、戦前とあまり変わりない体制になるということだけは、野沢さんははっきりと自覚されるべきではないでしょうか?

藤岡のような日共から転向した学者によって、戦争翼賛の教科書が出されたことは、たんなる偶然ではありません。

国会では、靖国教育を徹底させるのを目的にした、DVD鑑賞が開始されたといいます。野沢さん、ここまできているのですよ。

改憲案では、愛国主義と軍法会議の設置と、基本的人権・生存権・社会権の縮小が掲げられているのですよ。

また実際に非正規雇用や格差社会はイラク戦争体制と一体化してすすめられてきたのです。

そういう政治に反対する人々を威嚇し、弾圧が激しくなっているのが現在の日本です。

これらは、何を意味するのかわかりますか?これは戦後体制に対する「反革命」です。


こういう状況だから戦後民主主義を掲げる人たちには、公権力が干渉してきているのですよ。

彼ら権力側は、こうした策動を最初は世論操作などで図って浸透させ、今日では権力自らが威嚇・干渉・弾圧を展開しつつある段階になっているわけです。

こうした策動のなかで改憲が策動されつつあるということなのです。

戦前と同様の戦時体制が再び突き出ているということいがいないのです。

しかし、それらを一挙にすすめようとした安部、改憲をする内閣だと公言した安部、階級的労働運動を根絶させようと自治労叩きを展開した安部、教育基本法改悪によって沖縄戦の事実を隠蔽しようとした安部に対して、選挙で彼ら権力側に対するノー!を労働者たちは突きつけた。そんな労働者たちの危機感と怒りの意気込みは今の共産党に果たしてありますか?

だから、権力側は福田をあえて選んで、春闘なんかで福田総理大臣に賃上げを掲げさせることまでして何とか、労働者階級の怒りを鎮めて、労働者の取り込みを図ろうと躍起なっているわけです。

しかも、安部政権末期から今日まで国家権力側の不祥事が露骨に出ているのは、歴史が権力側の思惑通りにはいかせたら大変なことになるから国家権力側の危なさを噴出させてくれているのではないでしょうか?

こうした激動期だからこそ、権力は私らのようなインターネットにも目を光らせて、叩き潰そうと虎視眈々と狙ってくるのではありませんか?

なお、右翼とは昔もそうですが、権力に支えられて左翼をぶっ潰すために雇われし人たちですから、こんな奴らを相手にするのは愚かであり、現場で右翼が妨害してくれば、応戦すれば事足りるわけです。ネットでは右翼には相手せず全部削除が得策です。

野沢さんはご存じないでしょうが、戦前、労農党の代議士山本宣治を視察したのは、元警察官上がりの右翼です。確か恩赦で、人殺しでありながら一年未満の刑期を終え、出獄後も非国民を殺したという触れ込みで善人であるかのように扱われた人物です。
実は、警察が元警官の右翼に山本を刺殺するよう諭したともいわれています。
こうしたなかで、治安維持法が制定され特別高等警察が「赤狩り」を徹底していったのです。

しかし結果的に日本の労働者民衆は多大な被害をこうむり戦前の「国体」は死滅しました。

その反省から戦後は始まっているのです。(これを再び戦前へ回帰させようと必死こいている人たちがどのような基盤と情勢から出てきているのかも注意すべきです)

戦後の警察はどうでしょうか?民主化されたでしょうか?答えは否です。
まず民主警察として期待された自治体警察そのものが拒絶され、警察法の制定によって自治体警察化にはいたりませんでしたし、公安委員会は公選でさえなく、政権政党に牛耳られたような制度になってしまっているのは、自由法曹団が決議であげる事柄でも明らかです。

したがって、新右翼の鈴木邦夫氏が暴露したような「公安警察の手口」が当たり前になっているわけです。

今日の日本共産党は、権力からの防衛等に対して教育を怠っているのでしょうか?




>そのとおりです。

だったら、論争はできませんね。あなたは、具体的に宇野の理論を知らないで、宇野を批判している共産党学者の引用をはりだしているだけですから。

私は、日本共産党学者の理論をある程度「理解」したうえで、お答えしていますので、野沢さんは、まず宇野派がどのような理論をもっているかを理解してください。
そうなれば、宇野を批判した学者の文献からきりだして張り出すようなことをわざわざなさらないで、ご自分の言葉で論争できるのではないでしょうか?

ただ、自分の意見を裏付けたり意味付けを行うためには、文献を出すことは必要ではあります。

ただ、そういう文献を相手をへこませるためだけに持ち出して得意げになるような元新左翼・今は左翼でもなんでもないでマルクス電子化なんかを手がけている新左翼オタクのおじ様がいるので、注意すべきではあります。


>重田澄男さんは『資本主義となにか』(青木書店)1998年で、不破哲三氏の「資本主義」>用語を批判しています。ただ単に宇野理論の批判書を書いている学者ではありません。

青木書店は日共系経営層の出版社ですが、あなたがあげられた重田澄男さんの著作では、具体的に不破哲三氏を批判されているかご紹介してください。

不破哲三氏の「資本主義」用語を批判していますとは、日共が改ざんしてきた翻訳などでしょうか?

不破氏の「資本主義」用語を批判しているから、宇野理論の批判書を書いている学者ではありませんとあなたはいいますが、その展開は不可解ですよ。

というのも、不破氏らの正統派経済を批判しているから、正統派と対立してきた宇野理論を批判してはいないということではなくて、あなたがいうには、重田澄男さんは不破氏の「資本主義」用語を批判しているわけですから、宇野理論とは直接関係がどこにあるのか逆に伺いたいです。

>共産党員学者なのかどうかなど関心のあるのは、公安警察か共謀罪を計画している権力側>ではないでしょうか?

インターネットで検索すると、重田澄男さんは日本共産党系出版社からばっかり著作を出している経済学者であり、彼の理論もたつ位置も正統派なんです。

それが証拠に宇野を批判してきた学者の文献を引用する共産党の模範的支持者のあなた自身が紹介しているではありませんか!

言うに事欠いて、あなたは何をいってるのという感じです。


>正統派学者(?)を批判する宇野氏は、正統派理論(?)の核心を理解していたかといえ>ば怪しいかもしれません。

あなたは私の文章をちゃんと読んでます?私は正統派の重鎮だった久留間鮫造との座談会を例に出しています。

宇野は、労農派と講座派の理論をどちらも理解したうえで止揚した学者ですが、久留間鮫造以下、日共学者はよほど悔しかったらしく、その後宇野を場しく罵倒していく展開をとりました。

こうした姿勢は、日共産シンパに多い傾向のひとつでとても頑迷な方が多いのが実際です。私も代々木シンパと称す民主商工会所属の美容師と論争した経験があり、なかなかこちらの説明を聞かないわけなんです。ゴリスタの方々は、創価学会員と似た人が多くて、邪説・邪儀を頑迷に信じているという印象が強いです。

宇野は、スターリンの指導を受けた日本共産党の理論そのものを理解しそのうえで、日本共産党の理論と決別してマルクス経済学を立て直していった学者なのです。

日本共産党の理論に寄り添って、学閥を形成していった正統派の方々とは違うのです。

>論争は相互的ですから、叩いてきたという表現は適切ではないと思います。

あなたは『経済』の過去の文献をお持ちですか?かなり激しく宇野派を攻撃していますが、あれは論議でしょうか?


>良心的学者であっても、昔から日共の模範的な「民主的学者」だとはっきりされている
>としたなら、結論としては得るところのない学者ということになってしまうのでしょう
>か?

たって、ソ連スターリン主義は崩壊しましたからその影響を受けた正統派は破綻したといっても言い過ぎではありません。

実際、スターリン体制によって世に出された「マルクス」著作を輸入して、スターリンの革命綱領に基づいて翻訳して出版したような「マルクス」関係の著作を基底にして正統派は学閥を形成してきたからです。

総本山が崩壊したのですから、その支部も崩壊するのは当然ではないでしょうか?

ユーロコミ二ズムといいながらも、イタリア共産党が崩壊したのは資本主義最大の共産党がやっていけなくなったことを示すわけです。

そういう流れを受けて、日本共産党は延命しようと必死になって、綱領を変えましたが、今も二段階革命論です。


>資本論と『唯物史観』はマルクス主義(科学的社会主義)では関連をもつものとして、
>切り離しては考えません。マルクスとエンゲルスの『唯物史観』も切り離しては考えませ>ん。

あくまでも「唯物史観」とはエンゲレス流の論証のできない原始共産制からスタートしており、スターリンがごり押しした哲学です。

日本共産党的な自動崩壊論のような立場でいくと、『資本論』は『反デューリング論』とふせて論じられるようなしろものになり、マルクスの『賃労働と資本』的立場から階級闘争の生きた理論的武器ではなくて、たんなる「唯物史観」を歴史的に扱う書物というようなものになってしまいます。

マルクスはそんなことを論じるために『資本論』を書いたのではなく、労働者階級の立場にたって、ブルジョア市民社会のペテンを暴き、ブルジョア経済学のいんちきを暴露し、労働者階級の革命に生かされるべき理論書として打ち立てたのではないでしょうか?

だからブルジョアジーは『資本論』を恐怖し、憎悪し、叩き潰そうとしてきたのではありませんか?あるいはブルジョアジーはその戦慄するような『資本論』を理解したうえで、その理論を労働者や労働組合に拡大させないために、『資本論』の内容を修正しよう、覆そうとしたのではありませんか?

ですから、「資本主義の歴史理論」ではなくて『資本論』なのです。

ただし、歴史=論理ととらえるスターリン主義の立場であれば、私の提起は理解できないのかもしれませんね。



>反論できることだけで正しさ証明できるというような立場は、マルクス主義ではないと
>思います。

反論する意義とは、世の中に二物なしだからです。自分たちの正統派の説が正しいと思うのならば、宇野理論をちゃんと批判してからいうべきことです。げんに、あなたは正統派と宇野派の理論の違いがわからないとおっしゃっている。そんな段階の方が、いったい何がわかるというのでございましょう。

そもそも私は、反論できることだけで正しさ証明できるなどと主張していません。

あなたの観念なさるマルクス主義とは、スターリンが指導して記した「マルクス」著作を日本に輸入し→スターリンの指導した政党の革命綱領に基づいた翻訳で世に送り出した「マルクス」著作本や解説本でしかありません。

>マルクスの世界観は、客観的真理の立場であり、現実の実践活動の中でしか、正しさは確>証されないと思います。

マルクス「世界観」だとか「客観的心理」だとか、もう宗教の世界のようになっていますがそういう「聖書」のようなものではなくて、労働者の立場からブルジョア社会を暴露した理論的武器としてマルクス主義はあるのではないでしょうか?

だからこそブルジョア国家は、マルクス主義を弾圧し抑圧してきたのではありませんか?

もしも、マルクス主義が客観的で真理をつくものであれば、なぜそんな展開になるというのでしょう。

あなたは、前記では正しいかどうかではないように展開しながら、今度は正しいかどうかを主題にしてくるのですから話になりません。

野沢さんの現実の実践活動とは何でしょうか?共産主義運動とは、正しさを確証するための運動ではないのではありませんか?

もっとも、「私たちだけが唯一正しい日本共産党」とおっしゃるならそれまでです。

>端的に言って違います。私が村岡氏を出したのは、万三さんの掲示板のELMの日記さ
>んが、村岡氏を評価しているということなので、著書を読み、革命を暴力でする時代は終>わったという見解に安心したからです。

ではマルクス主義は間違いだったとあなたは認識なされているのですね。マルクスは暴力革命を主張していますから。

革命を暴力でする時代は終わったという見解に安心したからですと野沢さんがいうのは、さすが「暴力」を「強力」に改ざんした模範的な日本共産党の回答だと思われます。

あなたがどのような感覚で日本共産党を支持されてきたのかわかりやすい展開だと思います。

ただし私がそういう話題をしたからといって、「暴力集団」だというレッテルばりはよしてください。

>私の中学生の同級生が昔、ダムで自殺したということがあり、共産党より左の党派は恐く>て、そのような本は読めなかったのです。

いろいろな人がいますよ。共産党員だって自殺者はいるでしょう。新左翼はこわい、同和は怖いと外ではいいなして、実は大学では新左翼を襲撃していたのは過去の民青ですので、何をいまさらという感じです。

私の個人的見解をいえば、新左翼最大党派である中核派は知名度がないというか、悪い知名度しか全国的にはありません。彼らが十年間ほど路線転換をしてきたのですが、知名度などの克服に力をいれてはいません。杉並や千葉の地方議会に議員が点在する程度ではまったく駄目です。彼らは労働運動を展開する路線に転じていますが、これだけでは知名度はアップしないと私は彼らに現場で指摘しています。

誤解なさらないでほしいが、中核派やカクマル派その他の新左翼では駄目だと考えているひとりです。

>読んでみて「トロツキスト」に対する評価が変わりました。ただ不破さんとは対話ではなく、一方的に批判しているという感じもしましたが…。

あなたがスターリン主義政党の宣伝を鵜呑みにしてきたからでしょう。もっとも、過激派キャンペーンも含めてあるでしょうが。

しかも、トロツキーを虐殺し、国内の左翼反対派を弾圧したのはスターリンでしたし、ハンガリー革命やプラハの春や天安門事件や華青闘事件というのがスターリン主義者の本質なのです。

もしも日本共産党が終戦直後戦後革命を展開していたら、中国や東欧のスターリン主義者と同様の「恐怖政治」を展開していた可能性が高いでしょう。

それこそ民青が新左翼を襲撃したように、共産党政権が登場していたら、人民へ銃を向けていたかもしれません。


>挫折と決めつけることはできないと思います。発展(進歩)かもしれません。

結局あなたは日本共産党に接近する人ならばどんな素性の人でもかまわないといっているに等しいだけです。


>人間的に許せないことと、理論的に間違っているということは一応区別できると思いま
>す。

あなたにとって、国鉄民営化はどうでもよいわけです。国労にも日本共産党系の革同はいますが、結局国鉄労働運動、総評運動では主流にならなかったあなたたち日本共産党関係にとって、村岡の犯罪性はどうでもよいわけです。かつて金子氏がカクマルJ動労の集会によばれて演説したように。

しかしカクマルの裏切りと国鉄闘争の押しつぶしによって新自由主義が拡大し、民営化が着手され、総評社会党は解体し、こんな情勢までなった事実についてあまりにも野沢さんは理解不足すぎると存じます。

あの中曽根は、総評をつぶすために国労をつぶしそのための国鉄民営化だったと堂々と発言しました。

そのうえで改憲するといい放った人物です。

郵政民営化は全逓つぶしです。年金問題は、自治労つぶしに使われました。そして教育基本法改悪は、日教組つぶしでした。

こうした流れのなかで社会党がなくなってここまできてしまったのです。共産党は当初、自分たちの評田になるとほくそえみましたが、今どうなっていますか?

共産党は自分たちの組織が増えるとばかりに歓迎したようですがそれが戦後の民主主義や獲得された労働者階級の権利そのものの剥奪になっているわけで、それらが自らの共産党の基盤をも掘り崩す結果になっているということなのです。

こうした現状を分析する意味でも、破綻したスターリン主義の理論では駄目だと私は思います。


あと、降旗さんや鎌倉さんを批判できますか?正統派と宇野派の理論の違いも理解できないのでは話になりません。

>『資本論』自体も、マルクスが階級的に立場から労働者階級のイデオロギーの立場を尊
>重しながらその運動の主体の明確な指針となるような理論として、科学的な『資本論』と>してをつくりだしたものだと思います。エンゲルスの協力しましたが…。

違いますよ。『資本論』は、国民経済学批判として出されたもので、ブルジョア経済学に対するアンチです。具体的には、労働者階級そのものの理論的武器としてだされたものです。

「労働者階級のイデオロギーの立場を尊重しながらその運動の主体の明確な指針となるような理論」というのは、非常に本質をそらした言い方だと思います。
それは二段階革命論の綱領からくる、ブルジョア民主革命を第一にしているからでしょうか?

エンゲレスは、マルクスの残した草稿を『資本論・第二巻、第三巻』としてまとめただけですが、エンゲレスの資金援助がなければマルクスは活動できなかったのですから、その意味でエンゲレスは最大の功労者です。しかしエンゲレスの理論はトコトン駄目です。
 

再度ですが

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月14日(金)12時26分53秒 FLA1Aac132.fko.mesh.ad.jp
  宇野を批判する学者の文献を引用してもらちがあかないと私は指摘しています。

その過程で、日本共産党の革命綱領にそう見解をいくらだされても、それはスターリン主義の革命綱領だとわたしは結論をだしています。

あなたが私に反論されたければ、マルクスやレーニンの著作で論争したいものです。

本当は、マルクスやレーニン自身の著作等で決着をつけるのが一番だと考えています。
私は、宇野段階論を基底とした宇野左派の立場ですから、基本的にはマルクス主義の立場です。
 

続き

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月14日(金)12時22分49秒 FLA1Aac132.fko.mesh.ad.jp
編集済
  >労働力の商品化は、歴史的に人類にとっても資本主義にとっても必要なことであったと思>います。

資本主義は資本主義の墓堀人たる労働者階級をつくりだしたとマルクスは指摘したのも事実ですが、それら労働力の商品化は無理があるということを野沢さんは理解されていないようです。

その無理とは、恐慌であり失業であり戦争です。こういう体系をもつのがマルクス主義です。

そもそも野沢さんは、マルクスは労働力の商品化を「肯定的」にとらえたわけではないという事実や、自由主義段階における労働力商品化は恐慌という資本自ら資本を破棄しなければならないような自己矛盾を起こしながら、ジグザグに資本蓄積・自己増殖運動を促していったという事実について理解されていないのではないでしょうか?

野沢さんの展開は、エンゲレス的な「唯物史観」の公式を述べているようで、労働者階級の立場から出てこない気がします。

>日本共産党が革命を自動崩壊論的なものとしてに描きあげているというように受け取られ>ることには、誤解以外のなにものではないとお答えいたしたいと思います。

何をいっているのですか?日本共産党は、ブルジョア民主革命を第一に、その後社会主義革命を第二に持ってきているではありませんか。

こうした二段階革命論は、あなたも展開されてきたように、論証もしようのない「社会が発展すれば革命になる」式の硬直的な唯物史観の公式に即した発想であり、そのルーツはスターリンその人にあるわけです。


そしてその発想のもとになったのは、エンゲレスの『反デューリング論』です。

>共産党は「組織」をつくり「一人一人の意識」を民主主義的な関係のもとで高め合い、そ>して多数者革命をめざしています。

スターリンが指導したブルジョア民主革命論そのものですね。しかしそういう体制は破綻し、すでに国名すらかえている国がほとんどです。そういう理論は破綻したということです。




>決して労働者だけで革命を考えている少数派ではありません。

だったら、日本共産党という政党名を変更するべきです。なぜなら、マルクスの『共産党宣言』の結語は、万国の労働者よ団結せよ!ですから、あなたがたの政党はその党名をなのることそのものが、そもそもでたらめだということになります。

野沢さんは、イタリア共産党のように日本共産党という政党名を改める案を出されるべきだと考えます。それが理論に忠実たる姿勢ではないでしょうか?

そして野沢さん、労働者は多数派ですが、それを組織化しなかったのはあなたたち日本共産党です。

なぜ日本社会党が総評の主流になり、労働者の組織化を社会党は実現したのにたいし、共産党は民商だの民医連だのを組織化しなければならなかったのでしょうか?

支持も組織も革新政党の社会党に比べて少なかったのでしょうか?

それは、スターリン主義政党そのものが、労働者に確信をもてない人たちが指導してきた官僚政党だったからです。

スターリン主義者が掲げる二段階革命論とは労働者が革命を掲げることを恐れるがあまりに打ち出された「反革命綱領」だったのです。

あなたがまさに、恐怖をトロしたようにスターリン主義者は、労働者闘いに恐怖を感じる人たちの集団なのです。

したがって戦後の労働者階級の自立的闘いには絶えず妨害・分断策動・分裂行動をとってきたのです。

>もしも革命が自動崩壊論的に実現されるものなら、一人一人は自由分散的であってよく、>組織的に行動する必要性もあまりないことになりますから…。

むしろ日本共産党の革命綱領である二段階革命でない路線の政党があれば叩き潰しにくるわけです。これが七十年代の労働現場で数多く見受けられました。

また社会党総評の闘いにも妨害と分裂策動を展開したのも日本共産党なのです。


>学問の自由がありますから、そうではなかったと思います。宇野氏がもし「トロツキス
>ト」同様の実践的活動に参加されたなら、日本共産党も宇野氏を許しがたいと思うように>なったのではないかと思います。

何いってんですか。日共が宇野を罵倒しまくったのは、正統派・日本共産党の「権威」をずたずたにしたという思いがあったからです。

しかも、「トロツキスト」は宇野に学んだ事実をとらえて、「トロツキスト」の学問だといいなして攻撃していたのが現実ですよ。

しかも本当は「トロツキスト」ではなく、ブントや革共同であってトロツキストは第四インターのみですが、すべての反日共系セクトを「トロツキスト」規定して叩いたのは、日本共産党です。また、総本山以下スターリン主義体制諸国も労働者民衆の抵抗に「トロツキスト」規定をつけて抑圧しました。これらは、すべてスターリン主義による抑圧支配を意味する言葉です。

そのへんのことは、降旗さんの『昭和マルクス主義・・・・』に詳しくありますので、私に打撃をあたえたければ、ちゃんと読んで反論なさってきてください。

>政治的には好き嫌いの感情だけでなく、

何度も繰りかえしますが、国鉄闘争を妨害したカクマルの資金で延命してきたような人物は信用できないといっているのです。

理論と実践でいえば、労働者階級に害悪をもたらしたカクマルシンパを私は許してはならないと考えています。



>村岡氏の理論、たとえば「社会主義一段階革命から議会制民主主義を通じての社会主義革>命への変化」に対しての批判などが必要ではないかと思います。

したがって、こういうやからが今度は日本共産党に接近して、延命しようとしているのだと私は指摘しているのです。

たんに、共産党の側に接近してきたから政治的に利用しようというのは、ちょっとどうかと思いますね。

>私は村岡氏を本で知っているだけで、どんな人か知りません。管理人さんの村岡氏に対す>る判断を否定するものを何ももっていません。

理論ではいくらでもたぶらかせると思いますよ。いいですか、この人物の政治遍歴は著書でもわかりますから。

それから、カクマル派の労組の資金で延命している事実は、村岡の出版社の形態と、彼の著書から調査できますし、彼はそのウィングを共産党に向け始めているということです。

中曽根が国労をつぶした意図、カクマル副議長はそれを理解したうえで国労つぶしに協力したこと、カクマル松崎が統一協会機関紙や警察幹部や自民党議員と交流してきたこと、カクマルは白色テロで国労や動労千葉を襲撃してきたこと、そのうえで総評と社会党はつぶれたということ、それらがどのような意味を今日もっているのかを、情勢的に知ってほしいと思います。

村岡もそういう事情を承知してここまできているのですから、狐にたぶらかされたらアウトです。もっとも、カクマルと日本共産党は反革命で、第二民青という言葉がかつてのカクマル派にはむけられていましたから、野沢さんがカクマルに対して警戒感がないのは仕方のないことだと思います。
 

申し訳ありません。これ以上うまく答えられません。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月14日(金)10時59分12秒 softbank220023144109.bbtec.net
  私の場合、兄から民主青年同盟をすすめられ、同盟員としての学習活動で、科学的的社会主義の理論を身につけました。
レーニンが『青年同盟の任務』などで、理論を重視していました。エンゲルスとマルクスを切り離すこと、エンゲルスを「科学的」と否定することは、マルクスに対してもレーニンに対しても理論的に問題を残すものではないかと思います。
それから、宇野氏の理論が高度で難解であることも、身近な共産党を支持される学者さんの本をまず読んでから、ということにもなりましたし、また私はあまり脳トレなどでも、レベルが低い方ので、本を何回も読まないと理解できないゆえ、聖書のように本を読んでしまったりしています。しかしそれが最新の理論的成果に後れをとることにつながっているのかもしれません(弁解に過ぎませんが…)。

>それは、コミュニケーションの意味ではなくて、日本共産党系の正統派が優位なんだと誇示したいがために引用されてきたのではありませんか?

演説などで「日本共産党だけが」というような表現は、そのような誤解を生むと思うことがよくありました。党側の優位の意識だけでは、理論を高めていくことはできません。優位を誇示したいなどという意識は、自分たちの理論に自身のない証拠ですから、私のような自信のない人間には、当てはまっても、日本共産党や管理人さんのような方には当てはまらないと思います。そんな優位の意識をもたなくても多くの人々に納得のいく見解を表明していけるものと思っています。なにしろ労働者階級は次の社会を担う勢力で、階級のなくなることに何の損失も持たない自由な歴史の主体であるからです。ただ労働者以外の自営業者や農林水産業などの勤労市民を多数者を結集しない限り、次の社会を運営していくだけの力を見出せないということも事実なのですが…。

>日本共産党の雑誌である『経済』では宇野が死ぬ直前まで罵倒してきた

理論的な批判と罵倒とは違うと思います。

>『資本論』とは、資本主義を批判的に暴露したマルクスのイデオロギーですから、「科学的」だとエンゲレス流に展開するのは間違っていると私は指摘したいです。

これは「イデオロギー論」として難しい問題です。マックス・ウェーバーの理念型の哲学として宇野弘蔵氏は、科学的社会主義の哲学の立場から哲学的批判をされていましたが、マルクス主義は、唯物論と弁証法を基礎にしていますから、資本論を「原理論」として、マルクスを乗り越えて発展させるという立場なら、マルクスの世界観(唯物論と弁証法など)をも批判し克服しなくてはならないから、たいへんなことになると思います。もしマルクス主義ではなく宇野「原理論」主義であるなら、宇野氏の世界観の明確化も必要であったと思います。


>労働者階級の立場に立脚して「ブルジョア民主主義」や「ブルジョア経済学」のペテンを根底から突き破る理論書として『資本論』

そうであっても労働者階級の階級立場こそが、『資本論』生む原動力にもなっているのではないかと思います。ペテンを根底から突き破るよりも、民主主義のブルジョア的制限をこえてその拡充の方向を見出す理論書としても存在しているのではないかと思います。

>『資本論』を「聖書」のようにあがめたり、あるいは、学問的なみかたではなく、「賃労働と資本」の資本主義社会を根底から抉り出す労働者側の理論の武器として、現実の階級闘争とともに『資本論』が生かされるというのが本質ではないでしょうか?

科学的社会主義は『資本論』(経済学)だけでなく、哲学(唯物論・弁証法)・政治学(階級闘争の理論)を含めた広い視野から現実の階級闘争に役立っているものであると思います。

>野沢さんは、日本共産党の革命綱領に忠実な理論家として登場されているのだと思いますよ。野沢さんは、大変、真面目で模範的な日本共産党員だとおもいます。

私など吹けば飛ぶような理論の持ち主を、日本共産党が忠実な理論家として評価するはずがありません。研究はもっと進んでいます(実践的唯物論)。私は今、昔々の古書梅本克己の『現代思想入門』(1963年)を読んでいる程度です。模範的でないため、パソコンを使ってストレスを解消している時代遅れの人間です。マルクスは「弁証法的唯物論」と言わなかったということですから。理論も歴史的に発展させ、誤解のないように変えていくべきだとは思いますが…。

>たんに私は、「賃労働と資本」の階級関係を形成してきた資本主義、重商主義→自由主義→帝国主義の段階論的資本主義の生成と発展と没落について総括しているだけですから。

降旗節雄氏や関根智彦氏の見解は、19世紀中葉のマルクスの時代のイギリス資本主義とは大きく変貌した現代資本主義にたいして、「資本主義の再定義」を主張される佐和隆光氏の見解とはまさに逆に、現代資本主義という客観的事物そのものについての資本主義の「本質の喪失」や資本主義の「消滅」といった判断をくだされているのである。(『資本主義とはなにか』重田澄男著1998年より)

上記の重田氏の記述は、降旗節雄氏や関根智彦氏の見解を歪曲したものといえるのでしょうか?現代はもう資本主義は本質的に消滅していると降旗節雄氏や関根智彦氏は、理解されているのでしょうか?
私などは、そのくらい日本共産党の革命路線も、降旗節雄氏の革命路線も、なかなか理論的にすっきりしないものであることを実感している一生涯学習者に過ぎない存在なのです。
 

続き・・・答えられる部分(論破されることは覚悟しています)。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月14日(金)08時38分3秒 softbank220023144109.bbtec.net
  以下の投稿をしようと思っていたら、新しい投稿がありました。それについてはもう少し時間をください。少し前の答えていなかったところの答えられる部分です。それから、【むしろ「何とかして邪魔はできないか」とばかりに、野沢さんとわたしの論戦をずっと監視している右翼もしくは権力の動向のほうが気になりますね。】の部分については、そんなに監視する勢力が本当にいるのか疑問に思います。私などたいした存在ではありませんから。

>追伸 野沢さんは、宇野の批判を展開する学者の意見をあちらこちらからただひたすら引用して書き込まれたわけですが、私は回答していますので、よろしければ野沢さんはそれに対するお答えをお願いします。確かに私はご自由にとはいいましたが、言いたいことだけ言ってあとは、言わないというのはどうかと思います。

はい、わかりました。

>正統派と宇野の意見の違いも理解できない?

そのとおりです。

>見田石介さんの引用と今回もそうですが、宇野を批判している共産党員学者を出せば事足りるだろうと安易なスタンスであれば、ナンセンスです。

重田澄男さんは『資本主義となにか』(青木書店)1998年で、不破哲三氏の「資本主義」用語を批判しています。ただ単に宇野理論の批判書を書いている学者ではありません。共産党員学者なのかどうかなど関心のあるのは、公安警察か共謀罪を計画している権力側ではないでしょうか?

>宇野を批判する正統派学者は、宇野理論の核心を理解しているかといえばどうも怪しいところです。

正統派学者(?)を批判する宇野氏は、正統派理論(?)の核心を理解していたかといえば怪しいかもしれません。

>宇野理論に反対の正統派-共産党員学者はあれこれ宇野を叩いてきたというのが実態です。

論争は相互的ですから、叩いてきたという表現は適切ではないと思います。

>では今回野沢さんが引っ張り出された重田澄男さんについて私の答えにしたいと存じます。

良心的学者であっても、昔から日共の模範的な「民主的学者」だとはっきりされているとしたなら、結論としては得るところのない学者ということになってしまうのでしょうか?

>かみくだいていうと、正統派はエンゲレスの『唯物史観』一直線ということです。

資本論と『唯物史観』はマルクス主義(科学的社会主義)では関連をもつものとして、切り離しては考えません。マルクスとエンゲルスの『唯物史観』も切り離しては考えません。

>宇野の正統派批判に対して、正統派は宇野に反論ができないから、「宇野は『資本論』を理解していない、正統派解釈の『資本論』を宇野は理解できていないから、宇野は正統派を批判をするのだ」というように前提してごまかしてきたということでしかありません。

反論できることだけで正しさ証明できるというような立場は、マルクス主義ではないと思います。マルクスの世界観は、客観的真理の立場であり、現実の実践活動の中でしか、正しさは確証されないと思います。

>野沢さんが村岡到に好感をもたれるのは、彼が非日本共産党の新左翼系統でありながら、宮本顕治に変わる日本共産党の理論的指導者で

ある不破哲三氏と接触してきたり、日本共産党を村岡は評価しているからということではないでしょうか?

端的に言って違います。私が村岡氏を出したのは、万三さんの掲示板のELMの日記さんが、村岡氏を評価しているということなので、著書を読み、革命を暴力でする時代は終わったという見解に安心したからです。私の中学生の同級生が昔、ダムで自殺したということがあり、共産党より左の党派は恐くて、そのような本は読めなかったのです。読んでみて「トロツキスト」に対する評価が変わりました。ただ不破さんとは対話ではなく、一方的に批判しているという感じもしましたが…。

>そもそも村岡到は、自身の新左翼運動に挫折したから、JR総連の資金源に頼って出版経営を行ったり、日本共産党に接近して読者を増やそうだとかを観念しているような人物だと思います。

挫折と決めつけることはできないと思います。発展(進歩)かもしれません。

>なぜなら、私はそんな村岡到を支持してもいませんから、打撃にもならないからです。私に打撃を与えたいのであれば、宇野さんのお弟子さんである降旗さんや鎌倉さんを批判しているような「模範的・民主的な共産党員学者」の文献を引用されたほうがよろしいのではないでしょうか?

人間的に許せないことと、理論的に間違っているということは一応区別できると思います。

>日本共産党の人たちは、『賃労働と資本』の階級対立から『資本論』をみていこうという立場ではないということなのです。

『資本論』自体も、マルクスが階級的に立場から労働者階級のイデオロギーの立場を尊重しながらその運動の主体の明確な指針となるような理論として、科学的な『資本論』としてをつくりだしたものだと思います。エンゲルスの協力しましたが…。

>それが労働力の商品化としての無理が恐慌として突き出されるという宇野原論の展開に結びついていくわけです。

労働力の商品化は、歴史的に人類にとっても資本主義にとっても必要なことであったと思います。

>革命は社会の発展が終わり社会が行き詰れば次の革命になる式の自動崩壊論的なものに描きあげ、社会革命とは労働者の自己解放運動によって動いていくというような把握に日本共産党は至らないから、宇野理論とりわけ宇野左派には賛成できないわけなのでしょう。

日本共産党が革命を自動崩壊論的なものとしてに描きあげているというように受け取られることには、誤解以外のなにものではないとお答えいたしたいと思います。共産党は「組織」をつくり「一人一人の意識」を民主主義的な関係のもとで高め合い、そして多数者革命をめざしています。決して労働者だけで革命を考えている少数派ではありません。もしも革命が自動崩壊論的に実現されるものなら、一人一人は自由分散的であってよく、組織的に行動する必要性もあまりないことになりますから…。

>日本共産党系からすれば、宇野のこうしたアプローチも「トロツキスト」同様に許しがたいものであったわけなのです。

学問の自由がありますから、そうではなかったと思います。宇野氏がもし「トロツキスト」同様の実践的活動に参加されたなら、日本共産党も宇野氏を許しがたいと思うようになったのではないかと思います。

>野沢さんは、大好きな日本共産党に接近している村岡に対して好感をお持ちなのはわかりますが、私は、権力とは闘わないカクマル副議長松崎らに追従してきた村岡、自己の政治遍歴をごまかしながらしたり顔で蠢く村岡到という政治ごろは大嫌いなのです。

政治的には好き嫌いの感情だけでなく、村岡氏の理論、たとえば「社会主義一段階革命から議会制民主主義を通じての社会主義革命への変化」に対しての批判などが必要ではないかと思います。私は村岡氏を本で知っているだけで、どんな人か知りません。管理人さんの村岡氏に対する判断を否定するものを何ももっていません。
 

それは野沢さんのお立場から湧き上がってくる感情なのでしょう。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月14日(金)06時57分6秒 FLA1Aba138.fko.mesh.ad.jp
編集済
  書き込みどうも。ただし、野沢さんのお答えは、野沢さんが私の文章を引用されている事柄とどのような関係をもっているでしょうか?

宇野の展開を絶えず封じ込めようとしてきたのが日本共産党だという指摘をしましたが、野沢さんはこの指摘に答えていらっしゃるでしょうか?

では具体的に野沢さんにお答えしていきたいと存じます。

>イデオロギーを基準にしてなんでも裁断していくなら、コミュニケーションの意味がなく>なってしまうのではないかと思います。イデオロギー的な立場にもいろいろあり、それぞ>れ違いがありますから…。

野沢さんは、宇野の批判を展開していた幾人かの学者の引用をどうだとばかりにはりだされて正統派の優位性を誇示されようと努力されてきましたが、私はその学者の党派性だけではなく、意見そのものををもふまえて反論しました。

それに対して野沢さんは、「イデオロギーを基準にしてなんでも裁断していくなら、コミュニケーションの意味がなくなってしまうのではないかと思います。イデオロギー的な立場にもいろいろあり、それぞれ違いがありますから…。」などといって意見はいろいろあるのですよと一般化するような、論点スライドを展開されてきました。

つまり、党派性の違いを野沢さんは再認識されているわけですが、これは私が長く展開してきた宇野派に対する日本共産党系の党派闘争の一端だということを野沢さんご自身の言葉によって、はからずも証明されたということです。

なお、「イデオロギー的な立場にもいろいろあり、それぞれ違いがありますから…。」といわれた野沢さんは、では何のために原論さえ理解できないといいながら、宇野の批判を展開する学者の引用文をはりだされてきたのでしょうか?

それは、コミュニケーションの意味ではなくて、日本共産党系の正統派が優位なんだと誇示したいがために引用されてきたのではありませんか?

これらに対して私は、反論したということに過ぎません。

>たとえば共産党員であったとしても、宇野理論支持で現実に活動されている方もおられる>かもしれません。

いません。ただ共産党系に歩み寄ったこともある(旧大蔵省とも接近したこともある)柴垣和夫氏などの例もありますが、日本共産党の雑誌である『経済』では宇野が死ぬ直前まで罵倒してきたのが事実ですから、ありえない話です。

むしろ共産党の組織であれば、宇野理論なんかには接近しないほうがよいというような学閥の雰囲気で縛り付けてくるでしょう。はっきりいって大学の研究機関とはそういうのが実態だといわれています。

元日共の藤岡信勝が東大にいられなくなり右翼経営の拓殖大学に移動したのは、藤岡が日共系の学閥によって東大教員になったが、藤岡は反動側になったから学内にいられなくなったということをしめしているのです。

>出版社・雑誌や労働組合・民主団体などをすべてイデオロギー的なものとして否定的にの>み捉えることには、疑問をもちます。

似たような例ですと、「赤旗」記者だった有田某が日共から叩き出されて、共産党系出版社にも手が回って、最後には日テレに囲われた事例などもあります。

組織というのはこういう関係が実態なのです。

あなたが日本共産党を弁護したいお気持ちはわかりますが、実態をふまえられてください。

>資本論じたいが、「科学的にも」「イデオロギー的にも」「科学的イデオロギー的にも」>捉えることのできるようなものではないかと思います。

「科学的」にとらえられるかという展開を私は支持しません。『資本論』とは、資本主義を批判的に暴露したマルクスのイデオロギーですから、「科学的」だとエンゲレス流に展開するのは間違っていると私は指摘したいです。

>階級社会では、資本論もある特定のイデオロギーの立場に立ちながら、

むしろ、資本主義における「賃労働と資本」の階級関係を暴露したのが『資本論』なのであり、特定のイデオロギーというのではなくて労働者階級の立場に立脚して「ブルジョア民主主義」や「ブルジョア経済学」のペテンを根底から突き破る理論書として『資本論』は今日まで流通してきたのではないでしょうか?

>科学的論争によって、現実の階級闘争の指針になるような資本論として明確になっていく>のではないかと考えています。

エンゲレス―スターリンに影響されるような、「科学的社会主義」なる文言で、『資本論』を「聖書」のようにあがめたり、あるいは、学問的なみかたではなく、「賃労働と資本」の資本主義社会を根底から抉り出す労働者側の理論の武器として、現実の階級闘争とともに『資本論』が生かされるというのが本質ではないでしょうか?

>私は一社会人の一学生に過ぎません。そして、管理人さんのように総括的でスケールの大>きい投稿のできるような能力を持ち合わせていません。

そんなに自己卑下なさらないでください。野沢さんは、日本共産党の革命綱領に忠実な理論家として登場されているのだと思いますよ。野沢さんは、大変、真面目で模範的な日本共産党員だとおもいます。

たんに私は、「賃労働と資本」の階級関係を形成してきた資本主義、重商主義→自由主義→帝国主義の段階論的資本主義の生成と発展と没落について総括しているだけですから。


>都合のいい部分に少しだけ自分の意見を加えて投稿するぐらいのことしかできません。

これは私独特の言い回しですのでお気になさらないでください。

むしろ「何とかして邪魔はできないか」とばかりに、野沢さんとわたしの論戦をずっと監視している右翼もしくは権力の動向のほうが気になりますね。
 

疑問しかもてないのです。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月14日(金)06時15分46秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >もともと宇野は、正統派と労農派の資本主義論争をみながら、正統派の『資本論』解釈に批判を突き出したわけですが、その宇野の正統派批判に対して、正統派―日本共産党員の模範的民主的学者の方々は、「宇野は『資本論』を理解していないから我々の批判をするのだ」というような展開によって宇野の批判を封じ込めようとしてきたということでしかありません。

イデオロギーを基準にしてなんでも裁断していくなら、コミュニケーションの意味がなくなってしまうのではないかと思います。イデオロギー的な立場にもいろいろあり、それぞれ違いがありますから…。たとえば共産党員であったとしても、宇野理論支持で現実に活動されている方もおられるかもしれません。出版社・雑誌や労働組合・民主団体などをすべてイデオロギー的なものとして否定的にのみ捉えることには、疑問をもちます。
資本論じたいが、「科学的にも」「イデオロギー的にも」「科学的イデオロギー的にも」捉えることのできるようなものではないかと思います。階級社会では、資本論もある特定のイデオロギーの立場に立ちながら、科学的論争によって、現実の階級闘争の指針になるような資本論として明確になっていくのではないかと考えています。私は一社会人の一学生に過ぎません。そして、管理人さんのように総括的でスケールの大きい投稿のできるような能力を持ち合わせていません。都合のいい部分に少しだけ自分の意見を加えて投稿するぐらいのことしかできません。
 

野沢さん、右翼のいつものやり口ですから相手をしないでください。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月13日(木)23時02分32秒 FLA1Abe127.fko.mesh.ad.jp
編集済
  野沢さんはご存じないでしょうが、この通行人というのは右翼であり、こうした手法で絶えず介入、居座りを絶えず行おうとしてきた人物です。

彼の正体を暴露するためいくつかの書き込みをあえて残したことをいいことに、調子こいているようですが、「エンゲレス」という表記は多数存在しています。

参考  http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4ADBF_jaJP266JP266&q=%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%82%b2%e3%83%ac%e3%82%b9

通行人という人物は、表記を間違っている→だから主張そのものが間違っている、というような揚げ足取りの展開をとって居座ろうとしてくるだけですので、野沢さんは金輪際相手をしないでください。この展開は二度目ですので、繰り返し書き込みしてくると思われますが、一切削除いたします。

なお、野沢さんの意見に通行人は答える形式で居座ろうとしてきますので、関係書き込みはすべて削除いたします。

通行人は、野沢さんと私の対談を邪魔したいのが本心ですので、絶対に相手をしないでください。

他の掲示板で活躍濃くされていた長壁さんという人物がいましたが、この方も挑発を絶えずうけとある掲示板がめちゃくちゃになったこともありましたので、相手をなさらないでください。

この通行人の狙いは、掲示板つぶしにありますので相手をしないでください。

野沢さんと私の意見は立場そのものが違いますが、通行人は私をなんとか攻撃したいと年中考えている人物であり、そのために野沢さんに接近して邪魔しようとさえする人物ですから相手をなさらないでください。

通行人の所業についてはおいおい説明したいとも考えています。

野沢さんはご存じないと思いますが、通行人のこの同じ言いがかりは、二度目ですので相手をしないでください。

なお、この件はこれで終了します。

野沢さん、通行人は野沢さんに対する私の答えに対して、「長々とムダ話を!」「まるで民主党みたい! その人の本質を、主張で判断するのでなく、出自で決め付ける」「普通はエンゲルス」などという言いがかりをはかって妨害し、あなたに接近して気を引こうとさえしますので警戒なさってください。

この人物の手法は、対立しているところに片方に介入して気を引いて片方へは邪魔をしたり、暴力団関係者のように言いがかりをつけて居座ろうとするのが狙いですから相手をなさらないでください。

すでに、日共系と新左翼系の歩みよりに危機感を表明していますので、この人物の目的は分断策動です。

なお、「さざなみ通信」では二十労組の連携に対する私の評価に打撃をうけた、維新政党新風というファシスト極反動政党から選挙に立候補していた瀬戸弘幸というネット右翼が、自分の運営するブログにわざわざ私の文章をまるごと引用して挑発し攻撃していたことさえありましたので、こういう右翼はネット上では、相手をなさらないでください。(瀬戸弘幸という右翼は、私が元中核派系民主団体を支援したという書き込みにはふれないで、わざと「カクマル派」の全学連旗をそえて、私の文章を引用して攻撃していたことからも、2ちゃんねるでさまざ蠢いているネット右翼の一員だということが証明されているようなものです。)

なぜならば、こんなつまらない奴らを相手にするのは時間の無駄であるし生産的ではないからです。

妨害、邪魔、破壊、分断目的の非生産的な右翼相手にかかりつけになると掲示板は死を意味することになるからです。

ですから、右翼は相手しないと私はすでに表明しているのです。私の方針は右翼は削除対象ですので、野沢さんは通行人という右翼の相手をしないようよろしくお願いします。

ただし、闘争現場で右翼と対峙する(妨害する右翼は実力で追い払う)のはいくらでもできますので、ここでは相手をなさらないでください。

追伸 野沢さんは、宇野の批判を展開する学者の意見をあちらこちらからただひたすら引用して書き込まれたわけですが、私は回答していますので、よろしければ野沢さんはそれに対するお答えをお願いします。確かに私はご自由にとはいいましたが、言いたいことだけ言ってあとは、言わないというのはどうかと思います。
 

野沢さんへ

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月12日(水)23時13分33秒 FLA1Aaa277.fko.mesh.ad.jp
編集済
  >まだ私は、自分の言葉を使った表現で問題提起できる立場にはありません。

なるべく、自分の言葉と、引用される学者の文章にそってご自分の見解などを伏せた形式でないと、たんに、宇野に批判的な学者の意見を小出しにしてああだこうだと展開しているだけになりますから、ラチがあかないのではないでしょうか?

この点を注意してください。


>まだ原理論さえ理解できていない状態ですから…。

ということは、正統派と宇野の意見の違いも理解できないのではりませんか?
宇野に批判息な学者の意見を羅列すれば事足りると思っておられるとすれば、ナンセンスです。


>私としては、今のところ以下の重田澄男さんの批評に賛成の立場を表明することで、精一>杯というところです。

見田石介さんの引用と今回もそうですが、宇野を批判している共産党員学者を出せば事足りるだろうと安易なスタンスであれば、ナンセンスです。

宇野さんは、もともと講座派と労農派の対立を止揚した方ですが、宇野さんは河上肇-久留間鮫造あたりの正統派のマルクス主義を理解したうえで、独自の見解を出されたわけですが、宇野を批判する正統派学者は、宇野理論の核心を理解しているかといえばどうも怪しいところです。

もともと戦後直後、講座派も労農派も参加したマルクス経済学者たちの座談会で、正統派の解釈してきた『資本論』に対して、宇野が批判を展開したことが発端ですが、その反論として久留間鮫造あたりが行った宇野への指摘を引き出しにて、宇野理論に反対の正統派-共産党員学者はあれこれ宇野を叩いてきたというのが実態です。

では今回野沢さんが引っ張り出された重田澄男さんについて私の答えにしたいと存じます。

重田澄男さんは、経済理論学会員で、イラク戦争反対決議に賛同された良心的学者だと思います。

通常、自民党ブルジョア独裁政権がイラク戦争に「参戦」している「戦時体制」のなかで、平和憲法や「大学の自治」が今日でもあるにせよ、数の力でブルジョア議会を独占的に支配してきた自民党ブルジョア独裁政権が五年も進めてきたイラク戦争「参戦」に反対するというのは、なかなか大変なことです。

それだけで、左翼教員のレッテルを貼られてしまうからです。

といっても、国家権力の養成機関ともいうべき、右翼が経営する国士舘大学でも、マルクス経済学は今日では存在しますので、「赤い先生」たちの将来が暗いということだとも言い切れません。

しかし学者が戦争反対をあげることはなかなか勇気がいることだと思います。

さて重田澄男さんですが、京大経済のご出身ということは、日本共産党宮本指導部の牙城である京都の学生さんだったということが出発点であり、京大経済そのもののマル経とは正統派が主流ですので、そもそも宇野派は京大経済では存在できない雰囲気でもありますから、重田澄男さんのお立場は昔から日共の模範的な「民主的学者」だとはっきりされているようです。

>マルクスにおける理論形成史のどの時点のいかなる著作において資本主義範疇が確定し、>それはいかなる用語によって表現されたかの確定が示すところですが、

マルクスの『資本論』は『経済学批判要綱』や『剰余価値学説史』から形成されてきたものですが、根底には『賃労働と資本』という階級的立場からつきだされたブルジョア経済学批判だと思います。

ただ、正統派に多いのが、マルクスの『賃労働と資本』からではなく、エンゲレス流の『反デューリング論』からマルクスの『資本論』をとらえる傾向がやたらと強いことです。

かみくだいていうと、正統派はエンゲレスの『唯物史観』一直線ということです。

>宇野理論は、マルクスの理論形成史における資本主義範疇の確定とそれにたいする用語表>現とその変遷の吟味をまったくおこなっていません。より正確に言えば、おこなうことが>できないという致命的欠陥をもっているものです。

もともと宇野は、正統派と労農派の資本主義論争をみながら、正統派の『資本論』解釈に批判を突き出したわけですが、その宇野の正統派批判に対して、正統派―日本共産党員の模範的民主的学者の方々は、「宇野は『資本論』を理解していないから我々の批判をするのだ」というような展開によって宇野の批判を封じ込めようとしてきたということでしかありません。

宇野の正統派批判に対して、正統派は宇野に反論ができないから、「宇野は『資本論』を理解していない、正統派解釈の『資本論』を宇野は理解できていないから、宇野は正統派を批判をするのだ」というように前提してごまかしてきたということでしかありません。

>なお、この「資本家的生産様式」についての問題は、村岡さんがとりあげられている《冒>頭商品》論とも関連があります。

話が本題からそれますが、私は村岡到とは最低の下衆だと思っていますのでまったく評価していません。

その理由は、彼はもともと中核派からカクマル派との対立過程で革共同全国委員会に嫌気が差して(逃亡して)日本革命的共産主義者同盟・第四インターナショナル日本支部の活動家に変わるのですが、四トロとは折り合いが悪く、現在はJR総連の資金源で延命しているような人物です。JR総連は、国鉄分割民営化でどのような働きをしたのか、いうまでもありません。

そんな勢力にたよって延命している人物を私は信頼することは金輪際ありえません。

ただ、野沢さんが村岡到に好感をもたれるのは、彼が非日本共産党の新左翼系統でありながら、宮本顕治に変わる日本共産党の理論的指導者である不破哲三氏と接触してきたり、日本共産党を村岡は評価しているからということではないでしょうか?

つまり非共産党系の新左翼が共産党を評価しているからなんとなくいい人に見えてしまうということでしょうが、それは狐にたぶらかされているも同然だと断定しましょう。

そもそも村岡到は、自身の新左翼運動に挫折したから、JR総連の資金源に頼って出版経営を行ったり、日本共産党に接近して読者を増やそうだとかを観念しているような人物だと思います。

ただしそれが悪いとかよいとかいう判断ではなく、あくまでも村岡到はそういう流れに行きついている「物書き」に過ぎないということなのです。

これと似たようなやつが、早稲田民青上がりの宮崎 学であり彼は、元日共活動家という経歴をもって新左翼の側に近づいてきた人物でした。しかし結局は公安スパイとして蠢く存在になってしまいました。

もっとも、村岡到は公安スパイということではないにせよ、カクマル副議長松崎が指導している巨大労組の資金源に頼っているのですから、国鉄民営化と国労・総評解体を知っている人からすれば、村岡到という人物の本質は知れたものなのです。

そんな人物が日本共産党に色気を使って勢力を拡大しようとしているのだとしか私は見えませんから、村岡到という人物の対談を出されても、釈然としないのです。

ですから、重田澄男さんが宇野の批判に触れた箇所があるからといって、村岡到との対談を引用されて宇野理論を批判したおつもりになっておられたとすれば、とても気の軸なことだと存じます。(といっても国鉄民営化闘争時、当初、金子光広共産党書記長時代に、日本共産党はカクマル松崎副議長と手打ちを一度して、カクマル執行部の動労全国集会に金子共産党書記長を駆けつけさせて、カクマル執行部による動労集会で講演させたことがありました。このときカクマルは共産党と連携して、民営化に反対していこうと見せかけていたのですが、その後カクマル副議長松崎たちは、鉄労・同盟民社党の労使一体の帝国主義労働運動と連携して、国鉄民営化に賛成するような報告産業会のファシスト労働運動に舵をきっていくのです。)

なぜなら、私はそんな村岡到を支持してもいませんから、打撃にもならないからです。私に打撃を与えたいのであれば、宇野さんのお弟子さんである降旗さんや鎌倉さんを批判しているような「模範的・民主的な共産党員学者」の文献を引用されたほうがよろしいのではないでしょうか?

もっとも私はそれらに対しても反論したいと存じますが。


 >《冒頭商品》は『資本論』の冒頭で取りあげられているので、『資本論』全体にとって>の規定的カテゴリーとしての始元範疇という理解が多いようですが、それは〈資本家的社>会の社会関係〉にとっての基軸的要因をなすものではありません。村岡さんも引用されて>いるように「商品」は「資本家的生産様式が支配している社会の富」の「要素形態」であ>るとされているのです。
>すなわち、資本家的生産様式においては生産物は基本的には商品として生産されるもので>あるところから、そのような《富》のとる要素形態として「商品」が取りあげられたもの>であって、「資本家的生産様式」という《社会関係》の要素形態として「商品」を取りあ>げたものではありません。

日本共産党学者の『資本論』解釈に多いのが、「商品交換論」というか、「単純商品経済史観」です。日本共産党の学者たちは、これですべてを結論ずけるため、『賃労働と資本』の階級暴露があいまいになり、労働者階級の理論的武器としての『資本論』ではなく、『資本論』は何か「唯物史観」の歴史のような解釈になってしまうのです。

もともとそれらは、スターリンに指導されて結成された日本共産党・正統派の革命綱領である二段階革命論にそうような解釈であり、労働者の自己解放闘争としての「マルクス主義」というのではなくて、社会が発展したら生産関係がぶっ壊れて革命になる式の「自然科学」=「社会科学」というようなエンゲレス流の「科学的社会主義」という傾向に即したものに過ぎないわけなのです。

それらは、日本共産党の理論的指導者である不破哲三氏が、『資本論』はエンゲレスの『反デューリング論』の立場から掘り下げていくべきだというように発言していることと関連しているのです。

日本共産党の人たちは、『賃労働と資本』の階級対立から『資本論』をみていこうという立場ではないということなのです。


>この点について『資本論』より前の『経済学批判』(1859年)では「社会」規定なしに端>的に「ブルジョア的富」とされているところです。このように「商品」は「富」の要素形>態であるということを明確にして範疇的位置づけをあたえる必要があります。

マルクスの『経済学批判要綱』は、確かにマルクスの『資本論』を記す前提になっているのですが、そもそもマルクスが哲学の領域から経済学にシフトしたきっかけは、エンゲレスの国民経済学批判を受けてはじまっており、『資本論』にいきつく過程で、エンゲレスの「単純商品経済史観」や「唯物史観」の影響を受けた箇所もあります。

しかし、恐慌論については、エンゲレスの過剰生産論ではない過剰資本論のアプローチも出しているのがマルクスなのですが、日本共産党の人たちは、エンゲレスの過剰生産論や「単純商品経済史観」や「唯物史観」だけを一面的に強調して、マルクスの問題提起である「賃労働と資本」や過剰資本をとらえる箇所を切って『資本論』を解釈してきたわけなのです。

ちなみに、エンゲレスの恐慌論は、過剰生産に基づく理論展開ですので、周期的恐慌の論証はまったくできないものになっています。

このへんについては、宇野さんの弟子である伊藤誠さんが比較して検討されています。

宇野さんは、マルクスの過剰資本論や「賃労働と資本」の部分をコア(核)にして『資本論』解釈を立て直したわけです。

それが労働力の商品化としての無理が恐慌として突き出されるという宇野原論の展開に結びついていくわけです。



>なお、「資本家的生産様式」という用語は、用語表現とその移り変わりという問題意識か>ら直訳的表現にしたもので、村岡さんのように「資本制的生産様式」という用語で示して>も一向にかまいません。「生産様式」のとる「資本家的」あるいは「資本制的」形態であ>るという用語であればそれでいいのですが、

「賃労働と資本」の階級対立にふれた展開だと思いますが、この核心をあまりふれずに流していこうとしているようです。

>それを「生産様式」とかかわりのない抽象名詞としての「資本主義」という用語で表現し>て、生産的基礎とは別の流通形態の特徴でもって近代社会の規定的要因をとらえようとす>る宇野理論にはマルクス理解としてまったく賛成できないのです。

確かに、流通形態を重視したのは宇野ですが、それは「賃労働と資本」の階級対立を根底とする資本主義特有の具体的経済運動-資本の自己増殖運動という資本主義運動の把握を日本共産党の人たちは軽視しているからに他ならないのです。

エンゲレス的な単純商品経済史観を根底に、社会発展の価値法則であるかのように近代を捉え、その諸関係が行き詰れば社会は自動的に変革されるような公式論的な唯物史観によってたつ日本共産党は、「賃労働と資本」という階級対立―階級闘争を基底とする資本主義の核心を持たず、革命は社会の発展が終わり社会が行き詰れば次の革命になる式の自動崩壊論的なものに描きあげ、社会革命とは労働者の自己解放運動によって動いていくというような把握に日本共産党は至らないから、宇野理論とりわけ宇野左派には賛成できないわけなのでしょう。

表層的にいえば、日本共産党系学者たちは、宇野がエンゲレス的な過剰生産論や商品交換論=単純商品経済史観や唯物史観を論証できないとしたことが気に入らなかったということです。

日本共産党系からすれば、宇野のこうしたアプローチも「トロツキスト」同様に許しがたいものであったわけなのです。


ただ、面白い話に、あれだけ日共が散々罵倒してきた一部宇野派と日共系学者の交流があるということです。これは、野沢さんが好感を寄せている村岡至と日共指導部のある種の手打ちと同様の事柄を彷彿とさせてくれています。具体的には、大内力などの宇野右派と、日本共産党系はお互いに接近するという場面があるということです。

詳しく言えば、宇野右派である大内力のお弟子さんである柴垣和夫などの「戦後日本資本主義」の美化論者(旧「大蔵省出版局」から柴垣和夫の著作が出ています。)と、改良主義的な日本共産党の社会福祉国家論―国家独占資本主義「段階」論者が意気投合するという具合なのです。

>村岡さんのご著書のなかの諸見解は、私にとっても賛否こもごもの様々な論点が提起され>ていると思われ、それがきわめて率直に問題点として示されていますので、ゆっくりと考>えながら読みたいと思っているところです。

何度もいいますが、村岡到というのは自分の延命のために、カクマル副議長の組織する労組団体の資金にたよって、その範囲から許可される方面の論壇をああだこうだといってるだけの人物であり、次は日共産指導部に接近してウィングを伸ばそうとするだけの小賢しい人物だとしか私は見ていませんので、あまり村岡を信頼しておりません。

野沢さんは、大好きな日本共産党に接近している村岡に対して好感をお持ちなのはわかりますが、私は、権力とは闘わないカクマル副議長松崎らに追従してきた村岡、自己の政治遍歴をごまかしながらしたり顔で蠢く村岡到という政治ごろは大嫌いなのです。

なお、2ちゃんねるで、村岡到の批判をダシにして他人の個人攻撃を展開するためのスレッドを立ち上げている、愛知県在住の新左翼系政治ごろがいますが、私はこの人物を相手にしておりません。

この人物は、四トロ系「トロツキー研究」に投稿した経歴があり、イラク戦争の泥沼化の過程のなかで、わざわざネオコン張りの新植民地主義的言説を主張して恥じない人物でもあり、元中核派でございと偽装までして口先ではカクマルを批判しながらもカクマル雑誌関係者の掲示板に自ら入り浸りながらカクマル雑誌を隠蔽し、嘘がバレると一転してこの雑誌関係者の罵倒を平然と行うといった不可解極まりない言動を展開してきた度し難い
政治ごろでもあります。

彼のカクマル批判や村岡批判は、おためごかし以外ありません。

こんな政治ごろも村岡到もろとも闘う大衆に包囲され打倒されてしかるべきだと思います。
 

「宇野理論」に賛成できない立場でも、大反動には連携して立ち向かわなければならないと思っています。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月12日(水)19時50分21秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >それから、学者の意見をダシにされるのは別に悪くはありませんが、できれば野沢さんの意見をそえて展開されるだとか、野沢さんご自身の言葉や提起を行われる展開を望みます。

まだ私は、自分の言葉を使った表現で問題提起できる立場にはありません。まだ原理論さえ理解できていない状態ですから…。私としては、今のところ以下の重田澄男さんの批評に賛成の立場を表明することで、精一杯というところです。


 マルクスにおける理論形成史のどの時点のいかなる著作において資本主義範疇が確定し、それはいかなる用語によって表現されたかの確定が示すところですが、宇野理論は、マルクスの理論形成史における資本主義範疇の確定とそれにたいする用語表現とその変遷の吟味をまったくおこなっていません。より正確に言えば、おこなうことができないという致命的欠陥をもっているものです。
 なお、この「資本家的生産様式」についての問題は、村岡さんがとりあげられている《冒頭商品》論とも関連があります。
 《冒頭商品》は『資本論』の冒頭で取りあげられているので、『資本論』全体にとっての規定的カテゴリーとしての始元範疇という理解が多いようですが、それは〈資本家的社会の社会関係〉にとっての基軸的要因をなすものではありません。村岡さんも引用されているように「商品」は「資本家的生産様式が支配している社会の富」の「要素形態」であるとされているのです。
すなわち、資本家的生産様式においては生産物は基本的には商品として生産されるものであるところから、そのような《富》のとる要素形態として「商品」が取りあげられたものであって、「資本家的生産様式」という《社会関係》の要素形態として「商品」を取りあげたものではありません。この点について『資本論』より前の『経済学批判』(1859年)では「社会」規定なしに端的に「ブルジョア的富」とされているところです。このように「商品」は「富」の要素形態であるということを明確にして範疇的位置づけをあたえる必要があります。
 なお、「資本家的生産様式」という用語は、用語表現とその移り変わりという問題意識から直訳的表現にしたもので、村岡さんのように「資本制的生産様式」という用語で示しても一向にかまいません。「生産様式」のとる「資本家的」あるいは「資本制的」形態であるという用語であればそれでいいのですが、それを「生産様式」とかかわりのない抽象名詞としての「資本主義」という用語で表現して、生産的基礎とは別の流通形態の特徴でもって近代社会の規定的要因をとらえようとする宇野理論にはマルクス理解としてまったく賛成できないのです。
 村岡さんのご著書のなかの諸見解は、私にとっても賛否こもごもの様々な論点が提起されていると思われ、それがきわめて率直に問題点として示されていますので、ゆっくりと考えながら読みたいと思っているところです。

<出所>
村岡到:重田澄男さんからの批評など2003.6.10
参照ホームページ↓
http://www.nn.iij4u.or.jp/~logos/
 

更なる反省(保留していた投稿 3/1)

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月12日(水)19時04分55秒 softbank220023144109.bbtec.net
  誤解を生まないように、少しだけ…

>あなたの立場は明確だと思いますよ。日教組批判と全教擁護だとかはっきりしてるではありませんか?

日教組批判と全教擁護というような対立より、今の情勢では、集会の会場使用拒否等での共闘を支持いたします。

>立場の違いは明確なわけですから、あなたはいろいろと書き込んでくるのではありませんか?

立場の違いが明確な場合、書き込む内容自体が、立場の違う相手の考えを尊重する立場からのものでなくてはならないと反省させられました。

>あなたは共産党支持者として弁解しているのだと思います。

この掲示板においても、管理人さんのブログのコメントにおいても、誤った投稿姿勢の上に、一方的な共産党支持の立場からの弁解に終始していたことを反省いたします。本来なら、速攻削除されるべき投稿にたいしても適切な助言・アドバイスをいただき、ありがとうございました。
 

野沢さんへ。学究的な提起についてお答えします。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月12日(水)10時46分26秒 FLA1Aae137.fko.mesh.ad.jp
編集済
  まず。野沢さんとは見解が違いますが、学問的追求の立場から討論ができることを嬉しく思います。仮借ない検討を期待し、わが国の経済学及び社会科学研究の進展に大きく寄与することを期待しておりますと冒頭に掲げた事柄が実現できて嬉しく思います。
「明るい共産党をつくる会」さんや「わいわい通信」さんたちとの論戦もありましたが、こうした論戦は、とても意義深いことと存じます。

>高須賀義博著『マルクス経済学の解体と再生』御茶ノ水書房1985年

日本共産党そのものの出版物からではない引用も私の批判を受けて入れて下さっていることと感じます。


>p95
 >わたくしは、「宇野派」が解体したということをまだ納得しきれないでいるが、にもか>かわらず、

これも私が「宇野の死後、宇野シューレは、大内力の「国家独占資本主義段階論」の宇野右派と、降旗節雄・鎌倉孝夫の「現代帝国主義論」の宇野左派に分岐したといっていい」と冒頭掲げた事柄を鮮明にしめす具体的実態だと思います。

ただし、宇野の理論は、原論と段階論と現状分析にわたっていましたが、宇野の死後、現状分析において、左派と右派の分岐が現実に現れたということです。その意味で野沢さんが後半引用される宇野教条主義が今日も続いているような指摘は間違いです。

かつて、私は宇野右派である大内力の『国家独占資本主義』と『国家独占資本主義破綻の構造』を批判しましたので、野沢さんは私の立場を理解していただけたら幸いです。


>「宇野派」が、自己の経済学の根本問題との対決をさけ、

宇野理論と正統派・講座派とのながねんの対立、論争は激しく、宇野が死ぬまで正統派の雑誌である『経済』は宇野を罵倒し叩き続けました。

宇野派は東大経済などを拠点として、東大では主流であった共産党の学閥と対峙してきたのはいうまでもないことです。

むしろ、宇野が『経済政策論』で「科学的社会主義」を掲げる日本共産党の影響やマルクス経済学の学問への介入を批判的に述べた実態について、これまでに日本共産党はまったく理論的な反論ができないのが実態でもあります。


>瑣末な論点を自派の内部でだけ通用する密教的用語で語り

労働力の商品化の無理をさしているのでしょうが、『資本論』その他で労働力商品は概念としても理論としても突き出されているのですが、正統派は労働力商品化の無理を根底とする恐慌論という把握をどうしても認めたくはないということのようです。

>なお宇野理論はマルクス経済学の最高水準であるというプライドだけは捨てきれないでい>る状況には危機的なものを感ぜざるをえないのである。

くしくも、日本共産党や正統派経済学を支えていたソ連スターリン主義の破綻によって、彼らの理論そのものがカウツキー主義化や社民化せざるをえなくなっていることそのもので彼らの理論は破綻してしまったことが如実になっただけである。

もちろん、日本共産党系学者のとらえる現状分析は、『帝国主義』論の立場ではなく、アメリカ帝国主義の黄昏のみに原因を押しだすような過ちを繰り返している。
結局彼ら日本共産党の本質は、反米愛国でしかないのである。したがってマルクス主義を転向すれば元日共学者の藤岡信勝のようなつくる会ファシストに転落していくのである。

それが、日本共産党員学者たちは、とどのつまりアメリカからの民族独立、ブルジョア民主革命という二段階革命路線に規定される実態をしめしているだけでしかない。

とりわけ、なんだかんだいっても日本共産党は「国際共産主義運動」(ママ)のうしろ立てであったソ連が崩壊したことは痛手であり、その後日本共産党は、中国共産党と正常化交渉を行って、中国スターリン主義の延命である中国市場化-労働力を他国地本に放出しながら中国共産党は延命していく路線を絶賛しているのが日本共産党なのである。

とりわけ、彼ら日本共産党指導部は、中国共産党の近代化路線と日本資本とを結び付けるがごとく党員学者を動員してアピールする有様をみせており、彼ら日本共産党の牙城である立命館大学等の教員たちを動員して、東アジア経済圏を提唱させるという始末である。

もっとも日本の新保守主義・新自由主義者たちは、アジア経済圏化そのものをアメリカから叩き潰された歴史を何度もふまえているためか、アジア経済圏化そのものに挫折し、この道をおおっぴらにすることを避け棚上げしつつ、現状ではアメリカとともに同調してアメリカとともに参戦し、日本国内では右翼を使って反東アジアの宣伝につめて東アジアと敵対姿勢を強め、アメリカには東アジア経済圏化を促進しない姿勢をみせつけてきた。

もっと掘り下げれば日本の保守層には二種類あって、アメリカから一歩距離を置いて東アジア友好関係を強調して円ブロックを形成しようというグループと、親米路線と東アジア敵視世論を強めてアメリカと歩調をあわせようというグループとに分かれている。しかも彼らは小選挙区制度のなかで、大政翼賛会的な政治を狙っているようでさえある。

こうしたなかで延命しようと、日本共産党は前者の保守グループに秋波を送っているのである。

これらは満州事変以降、満鉄調査部の職員として転向した戦前のマルクス学者と同様の動きでしかないだろう。

彼ら日本共産党は、「戦前、命がけで侵略戦争に反対した唯一の党」というマルクス経済学の最高水準であるというプライドも捨て去ろうとしているのは、それだけ日本共産党が帝国主義に屈服したよえなまさに左翼政党としては危機的状態にあるということいがいなんであろうか?

中国の近代化路線とは、アジア諸国の軍事独裁政権のもとで行われた「開発独裁」と寸分変わらない、あの新自由主義路線をそそのかしたシカゴ学派のものどもの教えをこいて進められ、とてつもない搾取と超過利潤と労働者への酷使をもとにして形成してきたものにほかならず、だからこそ労働争議が絶えないわけだが、日本共産党はそのような帝国主義の矛盾やスターリン主義そのものの矛盾をまったく批判できず、まして賛美するという姿勢はいったいマルクスの共産党宣言を卑しくも党名に掲げている集団がなすべきことなのだろうか?

宇野理論的にいえば、帝国主義の実態における現状分析として、中国バブルも検討せねばならないし、日本共産党系学者たちの提唱する東アジア経済圏構想の二番煎じは、いったいどのような将来や結論を生じさせてくるのだろうか?

私はそのへんを重点的にほりさげていきたいと思っている。


>p96
 >我国のマルクス経済学では教条主義を克服する努力が著しくかけているといわなければ>ならない。

わざわざ教条主義という言葉を用いなくてはならないのは、彼らがマルクス主義を逸脱していることは承知しているからである。

彼らは、日本共産党、正統派という名前で、マルクスに忠実な人々に対して教条主義とレッテルを貼って、改良主義と帝国主義への屈服をお説教しているということなのである。

もっとも、宇野右派からは新自由主義賛美のような学者やカウツキー主義の再評価をするようなとんでもない学者も出てきてはいるが、日本共産党が全国一強い京都市で、それら「模範的・民主的学園」としてしられる立命館大学当局からそれ以上の学者がぞろぞろ出ているというのも驚かずにはいられない。

立命館大学の「国際ミュージアム」は東アジア諸国の戦争追求にそう体裁をガス抜き的に提示せしめて、経済的には再「進出」のような学問を学内あげて提唱するのである。

つまり、過去を反省する姿勢をみせながら、新たな超過利潤を形成する側に転換しているのでさえあるのだ。

こうした学者は、レーニンの「帝国主義論」の資本輸出論を引用しながら、せっせと東アジア経済圏化構想にそった学問を提唱してきた日本共産党学者の大西広京大教授にもみられる危険な傾向でさえある。

>スターリン教条主義者は自然退場しただけでなく、

さすがに自分たち正統派はスターリン経済学の影響がありましたなどと口がさけてもいえないだろうが、歴史的・具体的にも彼らはスターリンの指導した体制に影響を受けて学閥を作ってきた人たちである。

ソ連の崩壊などに対して、日本共産党とソ連共産党の冷え切った時代を押し出して、「私たちはソ連崩壊をもろ手を挙げて支持します」だとかいうのはあまりにも白々しいとしかいいようがない。

彼らは、スターリンそのものの理論をいまだに体系的に批判できないのだから。


>宇野はマルクス教条主義だけでなくスターリン教条主義を徹底的に批判したにもかかわら>ず、「宇野派」の内部には宇野教条主義が根強く残っている。

スターリン教条主義とは日本共産党およびその党員学者そのものを意味するが、彼らがそのおかえしに、、「宇野派」の内部には宇野教条主義が根強く残っているなど弱弱しく叫ぶことしかできないのが彼らの「悔しさ」が出ているようで悲惨ですらある。

なぜなら、私たち正統派をスターリン教条主義だといっているくせに。宇野派は宇野教条主義で同じではないか?と言い返しているにすぎないからである。

>また『資本論』解釈学の分野でも、スターリン教条主義は影をひそめたものの、マルクス>教条主義が残っている。

『資本論』におけるスターリン教条主義とは、日本共産党系学者さんたちの分野を示していると思うが、これが払拭された形跡はない。

驚く事に、この人はマルクス教条主義だといいつのって、自らのマルクス主義からの逸脱を正当化していこうとさえしているということである。

日本共産党は、マルクス主義という呼称をやめ「科学的社会主義」という言葉を持ち出して、教条主義とやらの払拭を宣伝したことにあわせるような意見を、模範党員たちは提唱しているにすぎないということだろう。

>そして、困ったことに、我国の教条主義者は自分および我国のマルクス経済学は世界の最>高水準であると信じているのである。

マルクス経済学の興隆は戦後日本でとくに進んだのは事実であり、欧米のマルクス主義者は、日本のマルクス経済学に大きく影響したのも事実であり、資本主義国トップクラスの東京大学経済学部でマルクス経済学が興隆したのは、とても意義が深いが、こうした流れにそえなかったのが宇野と対立した日本共産党系学者たちだったという事実でしかない。

宇野の評価は海外でも高いことを、妬んでの発言でしかなかろう。
それというのも、海外の学者をもひきつけた宇野理論の展開は、独創的でありマルクス経済学が興隆した日本で生まれたものに他ならなかったからである。

それは、スターリンの指導によって形成された政党とその提灯持ちの党員学者によって形成されてきた講座派・正統派の学問的研究では決して生み出されなかっただろうからである。

というわけで、野沢さん、正統派としての意見に対する私の反論は納得していただけましたか?

それから、学者の意見をダシにされるのは別に悪くはありませんが、できれば野沢さんの意見をそえて展開されるだとか、野沢さんご自身の言葉や提起を行われる展開を望みます。

なお、改憲情勢や労働情勢や世界情勢の展開のなかで、反日共系左翼と、日共系・社民系・新社会系などの共闘ないし連携、末端党員たちの連合などに危機感を表明している右翼・権力の書き込みがあるようですのであえて掲載しました。

なお、この右翼もしくは権力はずっと私を追い掛け回し2ちやんねる等で罵倒の限りをつくしていますので、なるべく相手をしない方針でいどみます。

今後は削除する方針を徹底しますので、野沢さんもご安心ください。

石原は革新美濃部をめちゃくちゃ罵倒しましたが、自らの都営銀行の財政的破綻などでピンチにいたっています。

安部の敗北以降、沖縄の運動の爆発、そして大反動を象徴させてきた石原最大のピンチ、最後の自公政権になるかもしれない解散総選挙をめぐる情勢などさまざまな年になります。

こうしたなかで、かつて革新美濃部を押した革新勢力が共闘したような関係を今こそ引き継ぐべきだと私は提唱してきました。

それは理論や政治的対峙を度外視して、大反動には連携して立ち向かわなくてはならないというのも政治のリアルな実態ではないでしょうか?
 

ある古書店で見つけました。私はなるほどと思いました。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月11日(火)21時09分9秒 softbank220023144109.bbtec.net
  高須賀義博著『マルクス経済学の解体と再生』御茶ノ水書房1985年

p95
 わたくしは、「宇野派」が解体したということをまだ納得しきれないでいるが、にもかかわらず、「宇野派」が、自己の経済学の根本問題との対決をさけ、瑣末な論点を自派の内部でだけ通用する密教的用語で語りあい、なお宇野理論はマルクス経済学の最高水準であるというプライドだけは捨てきれないでいる状況には危機的なものを感ぜざるをえないのである。

p96
 我国のマルクス経済学では教条主義を克服する努力が著しくかけているといわなければならない。スターリン教条主義者は自然退場しただけでなく、宇野はマルクス教条主義だけでなくスターリン教条主義を徹底的に批判したにもかかわらず、「宇野派」の内部には宇野教条主義が根強く残っている。また『資本論』解釈学の分野でも、スターリン教条主義は影をひそめたものの、マルクス教条主義が残っている。そして、困ったことに、我国の教条主義者は自分および我国のマルクス経済学は世界の最高水準であると信じているのである。
 

民主党の社会党化を糾弾する!

 投稿者:通行人  投稿日:2008年 3月10日(月)18時05分59秒 203-165-222-44.rev.home.ne.jp
  給油法でも日銀総裁人事でも、民主党はかつての社会党と同じ、反対のための反対政党と化してしまった。
いまの日本の状態は政権交代可能な民主主義とはほど遠い。
危険な民主党を粉砕し、日本の議会制民主主義を守れ!!
 

反日共系左派はどこに行ったの?

 投稿者:通行人  投稿日:2008年 3月10日(月)15時45分58秒 203-165-222-44.rev.home.ne.jp
  ここの運営者だけではない。
最近、奇妙に思うのは昔いた反日共系左派がゴリゴリのスターリン主義党である日共を批判せず、一部では行動まで共にしているように見える点。
もちろん、私はごく少数の、ほとんど社会に影響を与えないサヨク連中をつぶさにフォローしている訳ではないので、ごくごく表層的な感想に留まるものの、まったく相反する(はずの)両者の接近はつねづね不思議に感じている。
理由はいくつかあろう。

・かつての反日共系左派が理論的に混乱を来たし破綻した
・日共がかつての反日共系に近い立場に変わった
・サヨク全体の基盤が縮減した結果、やむなく戦術的に野合せざるを得なくなった

これらすべてが理由とも言えるかもしれぬ。
ともあれ、寂しいことである。
かつての反スターリン主義の理想はどこに行ったのか?
 

現代の治安維持法=共謀罪新設を破棄させましょう。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月 8日(土)08時43分23秒 FLA1Aay191.fko.mesh.ad.jp
編集済
  野沢さんどうもです。
サイトのご紹介ありがとうございました。

党派を超えて、主義を超えて共謀罪は絶対阻止しましょう。
理由は、現代の治安維持法だからです。
これを制定されれば即、改憲とあわせて自衛隊が海外で戦闘することになるでしょう。

これらは戦前と同じ動きです。つくる会教科書で戦後の反戦意識を解体させて、戦争育成を図り、共謀罪で戦争や失業に反対する市民を抑圧していくつもりでいるのです。
改憲を前倒しして自衛隊海外派兵の恒久法制定だとか、共謀罪制定がもくされています。
非常にヤバイですね。

これまで共謀罪は阻止しましたが、三浦事件を持ち出してきていて、有事法制制定時や、
教育基本法改悪時に似たような世論策動が展開されつつあります。

必ず国家権力はことをおこすとき、キャンペーンしてきますので(満州事変→第二次大戦参戦、国鉄ヤミカラキャンペーン→国鉄解体・総評解体、年金問題キャンペーン→自治労つぶし)、今回は本当に山場だと思います。

日本共産党も公安監視団体ですし、いまでも弾圧はあるわけですから、共謀罪を制定されれば日本共産党の「党活動」はほとんど逮捕されてしまうことになりそうです。

よって本来なら党員あげて、共謀罪阻止の闘いをやってほしいぐらいですが、中核派も含めて共謀罪反対運動をさけているような気がします。

中核派はたとえ改憲されても労働運動によって階級情勢を展望しようという路線(安保闘争の敗北を彼らも経験しているので、革共同結成本来の労働者階級の闘争に戻ったということでしょう。)に向かっているようですから、まずは今は労働組合にシフトしているようです。

確かに彼らなりにも時間的に切迫しているのでしょうが、労働組合へ一直線だけではなく、彼ら中核派自身も狙われるような共謀罪についてはもっと反対運動を取り組んでほしいものです。

日本共産党も社会党健在の時代であれば、社会党への対抗上、取り組んだでしょうが(といっても社会党が解体したから敵は本性を現してきたといっても過言ではなく社会党が健在であれば今のような情勢にはいっていないでしょう)、選挙第一だから票田にならないことは党をあげて取り組まないのかもしれません。

こうしたなかで、市民や弁護士や労働組合が中心に反対運動をやってここまできました。

で政党では、民主党と社民党の議員さんが一番頑張って反対していますので、私は彼らに大きく期待しています。

野沢さんにはいろいろな注文をつけましたが、書き込みを制限したわけではありませんので、自由に書き込まれてください。

右翼は駄目ですが、共産党の方とは論争も共闘も成り立ちますので。

ともかく、この件では右翼も左翼も労組も市民も狙われますから、主義を超えて反対していきましょう。

なお、「通行人」(右翼団体員もしくは権力でしょう)という私を付回してきたネットストーカーが書き込んでいる内容をわざと残しました。これが彼ら国家主義側の意見なのです。
 

共謀罪には反対でなければならない。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月 7日(金)16時21分37秒 softbank220023144109.bbtec.net
  私(野沢)は共産党支持なのですが、以下のホームページの講演を聴いて共謀罪には反対しなければならないと思いました。もうこの掲示板には書き込まないと言ってしまったのに、申し訳ありません。

http://tochoho.jca.apc.org/nkyz.html

渡辺 治さん(一橋大学教授)
講演 「現代警察の戦略と共謀罪」(2005年7月1日)

憲法改悪を許すのか?阻止するのか?⇒分岐点
 

共謀罪反対は極悪犯罪集団の陰謀

 投稿者:通行人  投稿日:2008年 3月 7日(金)13時42分39秒 116-64-130-18.rev.home.ne.jp
  まともな社会改革を目指す、真の左翼(「サヨク」でない)なら、共謀罪には賛成でなければならない。

凶悪な犯罪予備集団の反対を粉砕して、断固共謀罪を制定しよう!!
 

サヨクには痴漢が多かったんじゃなかったかな?

 投稿者:通行人  投稿日:2008年 3月 7日(金)13時40分14秒 116-64-130-18.rev.home.ne.jp
  具体的な統計では知らないが、印象としてはそんな感じだ。
観念極左には、引きこもりが多いのではないか?
 

(無題)

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月 7日(金)04時38分58秒 FLA1Aay191.fko.mesh.ad.jp
  日本共産党盗聴事件で死んだ警官2人。

うち一人は車の中に排気ガスをホースで 引き込み自殺。
もう一人は脂肪肝だという。旦那が警察に出勤してこないと共稼ぎの女房に警察から連絡が入り、女房が家に帰ったら、既に刑事がいたという。

旦那は 便所で倒れ、死んでいたということにされたていたという。死んだ二人は40
代だという。警察で首吊り自殺したが、マスコミなどにいろいろとキャンペーンされたくはないから、病死にみせかけ刑事が自宅に運んで便所に転がしたとの指摘も一部マスコミでなされている。

日本共産党の緒方さんの告訴と、その後の盗聴合法化法案(実際、事後報告が遵守されていないから違法の疑いが強いため廃案にすべきだろう。)が出てきた間でこのようなことがあったということである。

当時は非合法であった盗聴がバレ、被害者の日本共産党国際部長の緒方さんから公安警察と国に対して国家賠償請求を起こされたため、盗聴の実行犯(警察庁警備局の組織的指令である可能性が高い。)である公安デカたちが、公安警察内で処分された結果(バレたから詰め腹きらされたのだろう)、自殺にせまられたのだろう。

このため、盗聴の合法化が警察官僚側(公安警察内部では全容が知れ渡っているから、組織的対応といえるだろう)から打診されてきたのだということだろう。

しかし、盗聴法は事後報告が規定されているが、まったく守られてはいないので、廃案にすべきだろう。

この公安警察官二人の自殺は、民衆を弾圧している公安警察そのものの因果応報として帰結している点を私は指摘したいと考えている。

自民党の松岡(勝共連合)自殺や新井将敬(こいつも勝共)の自殺など、権力っていうのは、こういう事例がやたらと多いのが特徴的でもある。自分の命をたつぐらいだから、権力とは他人の命も簡単に思っているのではなかろうかと私は思えてならない・・・。
 

(無題)

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月 7日(金)04時37分49秒 FLA1Aay191.fko.mesh.ad.jp
  1986年に共産党の幹部宅を盗聴した神奈川県警の、実行犯の警官2人は、実は「首吊り」と「排ガス自殺」していた。-週刊宝石7月22日号より-


警察に「盗聴」などという手段を与えたらいかに危ないか、よくわかります。以下に要約しておきます。

電話盗聴を見つけた共産党の緒方靖夫氏が、NTT職員と調べると近所のアパートの一室まで、電話線が続いている。

すぐ警察を呼んだが、「これは事件ではない」と警官。数日後には警察がドカドカと入って「証拠隠滅」(緒方氏)を始める。

東京地検は緒方氏の告訴を受けて捜査し、県警警備部公安一課の数人が特定され、「盗聴しようとしたことは明白」と結論したのに「起訴猶予」や「不起訴」。早い話がおとがめなしとなった。

さらに、1人が排ガス自殺、もう1人は警察施設内で首吊り自殺していた。どちらも表沙汰にはならなかった。2人とも事件の鍵をにぎるとされていた人という。

首吊り自殺をした警官は、自殺の事実は隠され、「脂肪肝の悪化のため死亡」と発表されていた。葬式は警察が仕切って密やかにやってしまった。

盗聴法案にわずかな修正(事後報告の徹底化。しかし守られてはいません。つまりザル法。ですから盗聴法を廃案にすべきです)をほどこしただけで諸手をあげて賛成してしまった公明党の見識を疑います。(盗聴法は緒方さんの告発以後、警察官僚が盗聴合法化をすすめたのがきっかけだといわれています。公明党の事後報告という修正決議によって盗聴法は成立してしまっていますが、修正決議の課題である事後報告は全く守られておらず、盗聴法は廃止、そして事後報告を遵守しない公安警察は廃止・縮小の方向が望ましいでしょう。そのうえ、共謀罪新設を伺い2003年以降ことさら政治弾圧を連発してきている公安警察は、今でさえ事後報告という修正決議の重要課題すら遵守してはいませんので、危なっかしくて仕方がないといえるでしょう)

将来もう1度野党に戻り、ときの権力に反対の声をあげたときに、盗聴被害を受けるのは創価学会の幹部だと、なぜ考えられないのでしょう。(戦前の特高のように創価学会を弾圧しないという確約が権力側とあるのかもしれません。といっても元公安デカ島袋のように公安デカには創価学会員もいる模様です。しかも戦後新宗教団体は公安警察の監視団体に入っていることは明らかですし創価学会は監視しているという指摘も公安関係から出ています)

池田大作氏のスキャンダル(信平訴訟)や国会証人喚問や宗教法人法改正浮上で、創価学会は恫喝されていたため、完全に牙を抜かれてしまったのでしょうか。(今回、自治労社民の又市さんや民主系自治労も狙われた。)
 

3・20共謀ひろばⅡに是非ご参加ください

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月 6日(木)21時34分49秒 FLA1Aay191.fko.mesh.ad.jp
  3・20共謀ひろばⅡに是非ご参加ください
             共謀罪新設反対 国際共同署名運動

 2月22日に行われた衆院法務委員会で、死刑を乱発し冤罪という国家犯罪を否定した暴言実行大臣鳩山は共謀罪
法案を「できる限り速やかに成立」させたい意向を改めて表明しました。昨年の就任後の8月28日に「サミットま
でに成立を」と言っていたものが、7月7日の洞爺湖サミットー6月11日司法・内相会同(東京)を前に極めて現
実味を帯びた情況に入ってきたといってよいでしょう。
 この思想と団結を侵害する稀代の悪法、現代の治安維持法を全力で迎え撃ち、今度の通常国会(国会上程から足掛
け6年、13度目の国会)でこそ永久廃案を勝ち取って行きたいと思います。最初の攻防局面である3月20日に、
昨秋に続き共謀ひろばⅡを以下の要綱で開きます。ぜひ多くの方をお誘いの上ご参加ください。なお、前売りは主催
者にお申し込みくだされば当日受付でお渡しします。


2008年3月20日(木・休) 共謀ひろばⅡ
会場:文京区民センター
  (都営地下鉄大江戸線・三田線春日駅下車3分 営団地下鉄 丸の内線後楽園駅下車10分)
入場料:600円(当日 前売りは500円)
主催:共謀罪新設反対国際共同署名運動(東京都港区新橋2-8-16 救援連絡センター気付 03-3591-
1301 Fax03-3591-3583)


第1部「サミット戒厳態勢を撃つ」
  14時開場 14時30分~17時

 ◇セッションB(3階B室)
 《排除・監視強化―警察の横暴を撃つ》
 ■排除・弾圧の実態を暴く  木下ちがやさん(一橋大学大学院 G8サミットを問う連絡会 共訳『新自由主義』
作品社)
 ■サミットと監視カメラ  浜島望さん(Nシステムを追跡する“一矢の会” 著書『警察の盗聴・監視術』技術
と人間社 ほか)

 ◇セッションC(3階C室)
 《テロ脅威の嘘と入管・指紋強制》
 ■テロリストって誰  林克明さん(ジャーナリスト 近著『トヨタの闇』ビジネス社 『チェチェン 屈せざる
人びと』岩波書店)
 ■入管規制が狙うもの  寺中誠さん(アムネスティ・インターナショナル日本事務局長)


第2部「共謀罪を永久廃案へ」
  17時30分開場 18時~20時
 ◇セッションA(3階A室) - 全体集会 -
 主催者から 足立昌勝(関東学院大学教授)宮本弘典(関東学院大学教授)山脇晢子(弁護士)他
 講演■監視社会と共謀罪 田島泰彦さん(上智大学教授 憲法学 メディア法 著書『人権か表現の自由か』日本
評論社 ほか)
   ■私と共謀罪    松野信夫さん(民主党参議院議員 法務委員 著書『水俣病裁判―人間の尊厳をかけて
』)

※ホットコーナーがあります … 当日は休日なので近くに食事ができるところが限られています。第1部と第2部
の間に軽食(おにぎり、サンドイッチ)、無農薬コーヒー、お茶などを用意します(有料)。

※共謀罪反対行動は、3月11日(火)に8時30分~13時まで霞ヶ関弁護士会館前を拠点に法務省に向けた霞ヶ
関一斉街宣。3月28日(金)8時30分~13時まで国会前(第2議員会館前)で情宣活動・座り込み昼集会が予
定されています。
3・20共謀ひろばⅡとともにぜひご参加ください。

『共謀罪新設反対 国際共同署名 』からの掲載です。
http://www.kyoubouzai-hantai.org/


共謀罪成立のための、「三浦逮捕、三浦逮捕、共謀罪の国際犯罪だ」という権力側の策動を木っ端微塵に粉砕し、共謀罪を今国会で葬り去ろう!ブルジョア的基本的人権さえ踏み潰す自公政権を選挙で打倒しよう!
 

「三浦氏の逮捕は『共謀罪』制定の世論化が狙い!」 

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月 5日(水)17時10分16秒 FLA1Aay191.fko.mesh.ad.jp
  共謀罪制定を策動してきた自公政権側は、「サミット」を控えた今国会と、サミット後の解散総選挙と、ブッシュ政権末期の今しか共謀罪制定はないと焦りに焦っているようである。

有事法制のときは北朝鮮拉致問題で煽り立てて、有事法制に反対していた民主党を黙らせて成立させ、教育基本法改悪のときはいじめ事件を煽り立てて教育基本法改悪を教育改革だと嘯いてこぎつけたように、必ず国家権力というものは、何らかの目的で世論策動を展開しようと策動するものである。

鈴木宗雄の実刑判決とタイミングを合わせて(共同正犯)、渡米先の三浦を共謀罪で逮捕させ日本のテレビ・新聞・週刊誌・ネットで「共謀罪」を大宣伝しようという作戦である。

もちろんこんなことを想定しているのは、官僚たちである。

なぜ、こういう作戦が仕掛けられてきたかといえば、発布から施行までの時間を考えると、「サミット」を控えた今国会が山場になると彼らも決断しているのである。

では、これまでの過程を噛み砕いて説明していこう。

共謀罪はいわゆるテロの闘い=イラク戦争過程から日本では進められてきたが、イラク戦争を遂行してきたブッシュ共和党政権が末期に入り、イラク戦争批判者のオバマ民主党候補が大統領選挙で勝利する可能性が出てきていることと、サミット後の解散総選挙では自公政権が終焉する可能性もあることから、共謀罪制定を策動している自公政権側は今制定しないと時期を失うとばかりに焦っているというわけである。

共謀罪制定の理由は、二転三転し当初のマネーロンダリングなどの「国際犯罪」防止を掲げる国際条約批准のためとする概念が、いつしか「テロとの闘い」に利用主義的に歪められ、「テロ謀議罪」と変えられて登場し、それでも駄目なら今度は「条約刑法」という何がなんだかよくわからない呼び方を連呼して煙に巻くほうほうで成立させようという動きが際立っていた。

ときの鳩山大臣は、「アルカイダのお友達発言」を行い共謀罪の必要性を鼓舞したかったのだろうが、逆にそれが仇となって矛盾を追求されるようになり、「テロ謀議罪」とする共謀罪制定は困難になった。

しかしながら、情勢的にいって今国会で成立しなければ共謀罪成立は本当に困難になると判断したため、鈴木宗雄の判決と渡米中の三浦を「共謀罪」で逮捕してもらって、それをネタにして世論化を図って、反対派を黙らせ成立させようという作戦にしているのである。

有事法制時や教育基本法改悪時と同様に、連日連夜、三浦、三浦のニュースばかりになっている。

こうした状況をみると、「国家権力は、これで共謀罪成立をいける」という思惑なんだなと私は直感したが、共謀罪新設反対 国際共同署名 のみなさんも権力側のこの作戦に気づいているようだ。http://www.kyoubouzai-hantai.org/

私が何度も公安警察の指示によってテレビ報道されてきたのも、「共謀罪」とサイバー規制法が狙いだというのとっくに承知しているが、権力側のいつもの手口は大衆をテレビを通じて騙くらかしていくというようなナチスドイツの時代とまったくかわっていないということである。


ここで面白い情報を提供しよう。

「三浦 共謀罪」で検索するとまず、第一番に『三浦元社長の逮捕状に「共謀罪」 - goo ニュース』 http://azby.search.nifty.com/cgi-bin/search.cgi?select=1041&cflg=%8C%9F%8D%F5&htmltype=2&Text=%8EO%89Y+%8B%A4%96d%8D%DF&model=05a が出ていくる。

そこで、『三浦元社長の逮捕状に「共謀罪」 - goo ニュース』http://news.goo.ne.jp/topstories/nation/20080227/3eb16500c2c498ef5b6b09a66c27bf27.html?fr=RSSを開くと、共謀罪の説明が出てくる。

つまり、三浦逮捕そのものが、共謀罪の宣伝になっているのである。

そして注目すべきは、「編集部のチェック」というのがあって、共謀罪の詳しい説明と三浦逮捕の関連が論じられている。

とりわけ重要なのは、「編集部のチェック」米法のコンスピラシー(Conspiracy)についての説明の結語としてある、「多くの国で、殺人の陰謀などを明白に犯罪と規定している。」という展開である。

三浦逮捕の根拠にもなった要件であると同時に、これを根拠に、三浦逮捕は共謀罪に関係した国際犯罪だとメディアを使って大宣伝し、共謀罪制定にこぎつけようとしているということである。

テロ防止だの、条約刑法だの、アルカイダはお友達発言、などと二転三転してきた共謀罪制定のための策動が、三浦逮捕でしめようということらしい。

(詳細は、「編集部のチェック」http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%B6%A6%CB%C5%BA%E1/detail.html?from=websearchを参考にされたい。)

ゲリラ路線を放棄した某新左翼党派へのそうとうな重圧がここ数年仕掛けられたのも、実はその党派を挑発して再びゲリラなどを展開してくれやしないかという淡い期待をこめられて策動され、ゲリラを根拠一挙に、「テロ謀議罪」として成立させたかったのではなかろうか、しかしその某新左翼党派は、挑発を知り抜いて権力側の挑発にはいっさいのらなかったのではなかろうか?

九大第二次弾圧事件の裁判で、私は「共謀罪成立があんたらの狙いでしょ」と一括したが、それがどうも効いたようで公安警察・公安検事側は、起訴を断念した。

それは私も同様で、法大弾圧の数ヶ月前から開始されたテレビ報道等によって私を挑発させて、私が何か事を起こすのをまって、「共謀罪」新設の根拠にしようと彼らは考えてきたのではなかろうか?

また、公安警察の暴露等を行う私を妨害するために、生活の乱れから某新左翼党派から除名になった全逓の元活動家(アッテンボローという人物)らや元新左翼党派活動家(今や宗教右翼になっているものさえいる!)たちを動員して、私を「公安スパイだ」といいなしているというわけである。

実際、共謀罪にはサイバーテロだのサイバー規制だのが盛り込まれているのだから。
つまり、これは、権力側が税金を使って(公安警察が土足で踏み込んでくることを意味する)言論の自由を剥奪したいということであり、私らのように、戦争反対だとか権力批判をインターネットで展開することを取り締まりたいということ以外何であろうか?

破防法が当初、暴力団・組合をたてにし、凶器準備集合罪が暴力団をたてにして、実は学生運動・労働運動つぶしに使用されてきた事実をみれば彼らの狙いはどこにあるかは明らかである。

前総理大臣だった勝共安倍は『美しい国へ』で将来階級闘争が激化する可能性を予測していたほどだから、彼らは急ピッチで戦前のような治安維持法を制定したいということなのである。

それが共謀罪なのである。

それゆえに、これでもかとばかりに公安警察の嫌がらせも露骨にやられてきたのである。

だが私も某新左翼党派も挑発にはのらず今の情勢を迎えている。これらに焦って、権力側は政権末期のアメリカブッシュ政権に頼み込んで、三浦を逮捕させてもらったというわけだろう。

こういう関連性が如実に出ているのが今回の三浦逮捕劇の真相なのである。

だが、権力側の不祥事続出によって国家暴力装置側に対する不信は高まっていて、彼らのごまかし、策動が有事法制や教育基本法改悪のときと同じようにいくのかといえば、ノー!である。

共謀罪に反対するすべての市民、政党は権力側のたくらみを徹底的に暴きぬいて戦争国家化を阻止していこう!


『共謀罪新設反対 国際共同署名 』参考
http://www.kyoubouzai-hantai.org/

共謀罪成立のための、「三浦逮捕、三浦逮捕、共謀罪の国際犯罪だ」という権力側の策動を木っ端微塵に粉砕し、共謀罪を今国会で葬り去ろう!ブルジョア的基本的人権さえ踏み潰す自公政権を選挙で打倒しよう!
 

残った質問の答えです。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月 1日(土)20時01分5秒 softbank220023144109.bbtec.net
  ある特定政党とは?

>労働組合の組織で、ある特定政党への投票が強制される状態も、改善されるよう願ってい>ます。

ある特定政党とは、具体的にどこの政党ですか?お答えください。それから、共産党系労組は、建前ではわれわれは共産党ではありませんだとか、政党支持の自由がありますと嘯(うそぶ)きますが、あれは総評社会党に対する対抗として残っているということでしょう。

そうかもしれないと思いましたが、ある特定政党とは日本共産党かもしれません。
 

ぶどうちゃんにも謝罪いたします。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月 1日(土)19時40分1秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >私は、ぶどうちゃんと私の全労連批判に対してあなたが横槍を入れて介入してきたと私は指摘しているのです。

ぶどうちゃんにも謝罪いたします。ブログコメント違反でした。もう横槍を入れて介入したりいたしません。
 

姿勢をあらためます。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 3月 1日(土)07時56分15秒 softbank220023144109.bbtec.net
  また都合のいいところについての書き込みかもしれません。私がやっと答えられるものが、管理人さんにとっては、都合のよくないものになっていたのかもしれませんが、以下の部分に答えさせていただきたいと思います。

>そんな方とは議論の対象には値しないと私は指摘しているのです。

私のイデオロギーや社会主義に対する考え方が、今後に変わる可能性はゼロではないと思い、質問や批判的投稿をしたりしましたが、結局掲示板あらしにしかなりませんでした。今後は、もうこの掲示板に書き込むような行為は致しません。

>フランスやイタリアの場合、共産党系労組として展開していますし、日本でも共産党系労組として色づけされているのですから、堂々とそうなさるべきではないでしょうか?

このことについては、知識もなく、あまりよくわかりません。少しずつ学び、知人などにも意見を聞いたりして考えていこうと思います。

>姿勢をあらためていただきたいものです。

自分の信じ支持している政党が、批判されていることに耐えられないという自分の至らなさを、すぐあらためるは、私にとってはとても難しいことです。ゆえに、私はもうネットから少し距離をとる方向でも、自己の姿勢をあらためたいと思うようになっています。

>あなたは結局自己弁護的な書き込みに終始されているということです。

たしかに「一身上の質問」というより、共産党支持を弁護するような質問でありました。申し訳ありませんでした。自己を弁護するような目的での掲示板への書き込みは、もういたしません。

>あなたは共産党の立場であり、私は日本共産党批判の立場だということをあなたは理解すれば事足りるのです。

わかりました。ただ公安警察廃止では一致できると思います。
いろいろご迷惑をおかけいたしました。
 

次です。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月 1日(土)02時22分6秒 FLA1Abc199.fko.mesh.ad.jp
     >でないと野沢さんは、横槍を入れたというだけになってしまいますので、野沢さんご自身の立場を落とすことになろうかと存じます。

>「都合のところだけ切り文して、質問してくるという行為」は、たしかに多く、一方的な>質問攻めになってしまっていて対話にはなっていません。

これ答えになってます?私はそんなことをここで指摘してます?

私は、ぶどうちゃんと私の全労連批判に対してあなたが横槍を入れて介入してきたと私は指摘しているのです。

「都合のところだけ切り文して、質問してくるという行為」を指摘しているのは別の話ですよ。あなたは、議論そのものの前提をまったく別の話題を出してごまかそうとされてはいませんか?そういう姿勢を私は指摘しているのです。


>ただ、私以外の共産党支持者や他党支持者の方にまで関心をもたれることもないような一>身上の質問に終始したこと、それから自分には素朴な問いかけと思っていたことでも、す>ごい問題にもなってしまうということなど、反省させられました。

あなたは結局自己弁護的な書き込みに終始されているということです。

自分では素朴な質問だったのが、「すごい問題」になってしまうものだとあなたは要約されていますが、誰も、「すごい問題」だと指摘してはおりません。

たんに、あなたは全労連批判に反論したかったということだけです。そして私はあなたの反論に答えたわけですが、あなたはその答えに反論なさればよいことです。

あなたは共産党の立場であり、私は日本共産党批判の立場だということをあなたは理解すれば事足りるのです。
 

野沢さんは私の意見を理解してます?

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 3月 1日(土)02時15分52秒 FLA1Abc199.fko.mesh.ad.jp
  野沢さんは、私の意見を理解できています?私はあなたの姿勢について指摘しているのです。

>私は、親鸞に親しみをもちながらも「信じない自由」を行使している一共産党支持者で
>す。たしかに社会的視野が狭く、労働運動にも詳しくないので質問が多くなってしまった>のかもしれません。私としては、たんに降旗節雄氏の本を読んだり、見田石介氏の本を読>んだりして、いろいろ悩み考えている一市民にすぎませんから、確信をもった回答の準備>もありません。

あなたの立場は明確だと思いますよ。日教組批判と全教擁護だとかはっきりしてるではありませんか?

あなたにとって都合のいい部分だけを回答するのはやめてくださいと私は指摘しているのです。私は、すべて答えていますから、あなたもそうしてくださいといっているのです。確信があるなしの問題ではありません。


>何に答えていいのかも見当がつきません。

そうですか?

立場の違いは明確なわけですから、あなたはいろいろと書き込んでくるのではありませんか?

ご自分の立場から、日教組などを批判したり、2・1ゼネストに対する話を自由法曹団が「そういっていた」という展開を持ち出されているではありませんか?

何に答えて良いのか見当がつかないのではなくて、都合が悪いことは答えないという姿勢をあなたはとっているではありませんか。

そんな方とは議論の対象には値しないと私は指摘しているのです。

>ただ労働運動については、労働者の自然発生的な気持ちをも大事にした労働組合活動をし>てほしいし、

労働運動は、労働者の利害を第一にすべきであって、党派の綱領や組織化のためにあるのではありません。ここが共産党や党派が関わる労働運動は不足しているわけです。


>労働組合の組織で、ある特定政党への投票が強制される状態も、改善されるよう願ってい>ます。

ある特定政党とは、具体的にどこの政党ですか?お答えください。それから、共産党系労組は、建前ではわれわれは共産党ではありませんだとか、政党支持の自由がありますと嘯きますが、あれは総評社会党に対する対抗として残っているということでしょう。

>もし、共産党が労働組合にたいして、そのような強制的なことをしていたならたいへんだ>と思い、質問をたくさんしてしまいました。

野沢さん、婉曲的な言い回しではなく率直にいってほしいものですが、全労連は建前では政党支持の自由を掲げ、われわれは共産党ではないといったりしますが、ほとんど共産党員でしめられていますよ。こうした事実を隠さないで堂々と共産党系の労組ですというべきです。フランスやイタリアの場合、共産党系労組として展開していますし、日本でも共産党系労組として色づけされているのですから、堂々とそうなさるべきではないでしょうか?

むしろ、組織化のためにそれらを建前でははずしていくというのは見え透いているので私は逆効果だと思います。

>質問に答えらないにもかかわらず、質問をしてしまったことはお詫び致しますが、けっし>て「相手を説得するなり反論につとめるなり」の目的をもって質問したのではないことだ>けは、わかっていただきたいと思います。

あなたは都合で選んでいるような感じが露骨だと指摘しているのです。あなたは共産党支持者として弁解しているのだと思います。それ自体は否定しませんが、姿勢をあらためていただきたいものです。
 

昨日の「お笑い公安警察」の動向

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月28日(木)15時28分50秒 FLA1Abc199.fko.mesh.ad.jp
編集済
  公安警察が私の周辺をうろつきまわっている話は何度もしているが、昨日の公安警察の動向について指摘しておきたい。

盗聴で私を日ごろ監視している公安警察は、昨日私が「私用」で某所にでかけることを察知し、威嚇しようと決めたらしい。

ちなみに、公安警察は、私が「私用」ででかけることそのものに対して、威嚇を繰り返す行動を常にとってきている。それが「威嚇」になると観念している模様だ。実態は、威嚇と嫌がらせと、暇をこいてる公安警察がそれを「お仕事」にしているのである。

私は目的地に私が近づくちょうどそのとき、目的地隣の駐車場にパトカーが常駐し威嚇を開始しはじめた。携帯電話等で位置情報はつかんでいるということだろう。

なお、私の書き込みのせいか公安警察は、公安ご自慢のこうこうと怪しげな光を放つ赤ライトを車上につけた白いワンボックスカーや、でかい青い護送車のような、右翼団体が乗り回すようなでかいバスのような警備車両を接近させるのではなくて、パトカーを接近させてきている模様だ。

しかも私服警官=公安警察の接近について暴露しているので、彼ら公安警察官は、通常の警察官のように制服を着用している模様である。

で、私は目的地そばに常駐しているパトカーに乗っている警察官の顔を確認し、目的地に戻り私用を済ませた。

目的地の某所で用事を済ませること三十分以上の間、なんとパトカーは目的地隣の駐車場ではなくて、私が用事を済ませた目的地から数十メートル離れた道路上のまん前、目的地にちょうど対置するようにパトカーを配置しなおして、私が用事をすませ目的地から出てくるのを、ずっとまっていたのである。公安警察よ、わざわざ遠路遥遥お疲れさんということであろうか!?

つまり私が目的地から出てくるのを承知で対置してパトカーを配置していたということである。

私に対して公安警察は「威嚇」しているぞというわけである。通常、警備公安はデモだとかに対して威嚇・警備するのだが、私生活にまで介入してきているのである。

これは憲法そのものもおかまいなしに公安警察は嫌がらせをしているのである。

私が目的地に使うために使用した道路であり、目的地から帰路する道路をあえて選んで公安警察はパトカーを配置していたというわけなのだ。

私は当然、その道路を選択しパトカーを横目に通過したのだったが、なんとパトカーには、助手席と運転手だけではなく、後ろにも二人の警察官が乗っていて合計四人もの公安警察官が私1人を監視していたということである。

私はとっさに携帯電話で様子を伝えるため実家に電話をし、パトカーにのっている警察官に聞こえるように「公安警察が四人もいるよ」と告げたのだったが、うっすら車上の窓を開けていた運転手=ボスは聞こえたのかにやついていた。

後ろの警察官は、面割れしないように顔をうつむき加減にしていたのが印象的だった。だがうつむいても公安警察の独特の陰湿な顔面はすぐわかるので、うつむいても尾行にはきづくというものである。

運転手である警察官は、私がはっきりと確認しただけでも三度みた公安警察官であるので、制服と制帽をかぶっていても、公安デカだということはとっくにバレているのである。

まず一度目について。この公安デカは、2003年・2004年の秋頃に地元福岡で行われたイラク戦争反対デモ&集会を監視していた短髪の白髪頭の公安デカで、解散後デモ参加者の人たちと交流会がてらに二次会のような趣で居酒屋に出かける際、私たちを付回してきた公安デカだったが、その尾行に気づいた某セクト活動家の人が指をさして「あれは公安だよ」と教えてくれ、指を指された公安デカは物陰に隠れるという具合だった。

次の二度目は、2007年の五月に行われた教育基本法「改悪」のための地方公聴会反対運動の際、ずっと市民(といっても、中核派&西田戦旗系、平田一派系、カクマル系、解放派系しかいなかったのだが)団体を監視していた公安デカのなかに、一度目に目撃した公安デカがいたことである。

私はその公安デカめがけて「税金使って嫌がらせするなよ!」と抗議したが、彼はずっと黙ったままだった。

おそらく権力側は、地方公聴会を市民団体「弾圧」というニュースで埋め尽くされたくはなかったのだろうか、いつものような公安デカ達の口汚い罵声や挑発はまったくなかったのがとても印象的だった。

そもそも地方公聴会とはいうものの、建前であって、地方公聴会が行われていることそのものすら詳しい情報はしらされてもいなかったようである。

そして昨日現れた公安デカの一団にその公安デカが運転手として紛れ込んでおり、年齢的にも態度的にも一団のボスであるのは間違いなかったということである。

三度目にして私の目の前に現れた公安警察官が、私を常時監視している公安デカのボスであるのはどうやら間違いなさそうであり、パトカーにのっていた合計四人組みが私を監視している公安警察官だといってよいだろう。

公安警察官は、常時携帯電話や実家の電話を盗聴し、情報をえて嫌がらせや威嚇を展開してきたが、昨日の「堂々たる威嚇」に対して、よほど公安警察はこんなことを仕事にしないと、仕事ないんだなぁと哀れに思うほかなかった。

もちろん、この掲示板を陰湿な「お笑い公安警察」はチェックしているだろうが、制服やパトカーに変えてもわかるというものだ。

公安警察の嫌がらせの理由と狙いは、私のインターネットつぶしが第一であり、共謀罪新設制定―「サイバーテロ」規制法のてこにしようということであり、戦争に反対するものに対する威嚇であり、私の国家権力暴露をやめさせたいということなのである。

三浦某が共謀罪で逮捕されたのは、三浦ネタで共謀罪を大宣伝しようという権力側の思惑と、今年は司法制度「改革」=陪審制度導入の年に向けた年(改憲にあわせた体制ということ)にすると警察庁長官は発言しているように、権力側はこれらを総括して策動しているということである。

なぜ権力側が緊急になっているのかといえば、ブッシュ政権の末期と、イラク戦争に批判的な民主党オバマ候補が有力視されているから、イラク派兵している日本の権力側は、ブッシュ政権が終わる前になんとか共謀罪新設等の策動にこぎつけたいということであるし、サミット前に共謀罪を制定したいからである。

そのためには、有事法制の制定と同様に反対派の有力な政治勢力である民主党などを黙らせるための世論づくりが緊急になっていてそれが今だということなのである。

共謀罪を彷彿とさせる鈴木宗雄の判決と合わせて、あの三浦某の逮捕劇で共謀罪を宣伝しようという権力側の策動なのである。

これらを策定しているのは、もちろん国家権力だろう。

日本では最高裁が判決で無罪を確定しているから、権力はアメリカにお願いして逮捕させたというのが真相ではなかろうか?

むしろ海外ネタで論じれば共謀罪大宣伝には効果的だとふんでいるのかもしれない。

なぜなら、共謀罪は国際条約批准のために必要だという建前でそもそも導入されようとしてきたからだ。

「知人にアルカイダの友人がいる」などと物議をかもす発言を現職の法務大臣が繰り返すことで、テロとの闘いを宣伝しようとしたが、テロ謀議罪という宣伝でも共謀罪を制定させられないと踏んだ権力側は、再び国際犯罪・国際条約批准のために必要なのだという理由付けに先祖がえりしてなんとか、共謀罪を制定させたいということなのだろう。

アメリカのイラク戦争の理由が、二転三転したように日本の共謀罪制定の理由付けも二転三転しているということなのである。

ここまでして共謀罪生制定を促したい権力の本質は何なのかといえば、戦争体制で必要な法律は、有事法制や新しい教育基本法などほとんど出来上がっているが、戦争反対者や労働運動を展開するものを処罰する治安維持法が戦後日本にはないこと、そして戦争を禁止している日本国憲法とあわせて戦争体制に欠かせない治安弾圧法が制定されていないことを、どうしても打開しなければならないと権力側が考えているからに他ならない。

三浦某の逮捕に対して弁護士が背景を暴露・予想していたし私の掲示板の指摘もあってか当初、ロス市警は秘密にしていたが、昨日共謀罪で三浦某逮捕にふみきったことを明言するにいたった。

連日、三浦某が再びネタにされはじめているのは、鈴木宗雄判決とあわせて、明らかに共謀罪制定のための世論づくりにあるのはいうまでもない。

有事法制の制定のてこには、北朝鮮拉致問題と北朝鮮脅威論が鼓舞されたが、今回は国際犯罪と共謀罪がセットになって登場しているということである。

もちろんこの策動がどうなるかはわからないが、徹底して権力側の策動と狙いを暴露して共謀罪制定に反対していくことが重要になっているだろう。

また二転三転してテロとの闘い論を持ち出して共謀罪制定に再び着手する可能性も今後あり予断は許せないだろう。

私がこうした指摘をやるから、公安警察は私の暴露を「やめろ」とばかりに威嚇を繰り返してきているのだ。

と同時に、第六天の魔が修羅の生命に他ならない公安警察にのっかかっている様相だと私は認識するにいたっている。

おかげで公安警察は新たなネタを提供してくれたことになり、誰が私を監視しているか公安デカの面割ができたので大きな収穫になった。

彼らは威嚇・嫌がらせのつもりなのが、逆効果になっているのである。

「お笑い公安警察」(具体的には、福岡県警公安三課)よ、ネタ
提供してくれてありがとうというわけである。
 

管理人さんと対等に議論などしようとは思っていませんでした。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 2月28日(木)14時44分17秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >でないと野沢さんは、横槍を入れたというだけになってしまいますので、野沢さんご自身の立場を落とすことになろうかと存じます。

「都合のところだけ切り文して、質問してくるという行為」は、たしかに多く、一方的な質問攻めになってしまっていて対話にはなっていません。ただ、私以外の共産党支持者や他党支持者の方にまで関心をもたれることもないような一身上の質問に終始したこと、それから自分には素朴な問いかけと思っていたことでも、すごい問題にもなってしまうということなど、反省させられました。
 

迷っている人と確信をもっている人では、違いがあると思います。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 2月28日(木)12時37分55秒 softbank220023144109.bbtec.net
  私は、親鸞に親しみをもちながらも「信じない自由」を行使している一共産党支持者です。たしかに社会的視野が狭く、労働運動にも詳しくないので質問が多くなってしまったのかもしれません。私としては、たんに降旗節雄氏の本を読んだり、見田石介氏の本を読んだりして、いろいろ悩み考えている一市民にすぎませんから、確信をもった回答の準備もありません。何に答えていいのかも見当がつきません。ただ労働運動については、労働者の自然発生的な気持ちをも大事にした労働組合活動をしてほしいし、労働組合の組織で、ある特定政党への投票が強制される状態も、改善されるよう願っています。もし、共産党が労働組合にたいして、そのような強制的なことをしていたならたいへんだと思い、質問をたくさんしてしまいました。質問に答えらないにもかかわらず、質問をしてしまったことはお詫び致しますが、けっして「相手を説得するなり反論につとめるなり」の目的をもって質問したのではないことだけは、わかっていただきたいと思います。  

あと野沢さん

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月28日(木)10時10分9秒 FLA1Aaa105.fko.mesh.ad.jp
編集済
  再三、野沢さんに対しては注意してきましたが、都合のところだけ切り文して、質問してくるという行為はおやめください。

確かに、日本共産党を批判し、全労連を批判していますから、その支持者は反論なさりたいのはよくわかりますし反論する権利を私も認めます。

ただし、わたしはあなたの質問に「すべて」答えていますが、あなたはあまりにも私の質問に答えてない事柄が多すぎます。

また、都合のいいところだけを質問して、私の質問には答えないという野沢さんの姿勢ですと、主旨そのものが歪曲されてしまいますので、一問一答で対応していくのが望ましいと存じます。

私は、あなたの意見や主張にすべて答えていますので、野沢さんも一問一答で望んでください。

相手に質問だけして、自分が質問されれば答えないという姿勢は論争としては論につまっている証拠でしかありません。

そして、また論につまると別の質問をきりだすという姿勢もおやめください。

それから、日教組批判はあなたが展開してきたわけですが、私はそれに反論しましたが、野沢さんは、私の反論と私の質問に対して答えず、都合のいい部分だけを質問してくるという展開をとっていますがこうした姿勢もおやめください。

また、ぶどうちゃんと私が展開した全労連批判に野沢さんは介入し、私に質問と意見提示をされていますが、私は野沢さんの展開にも答えを出していますので、私の回答に対して野沢さんはきっちりとした回答をおよせください。

でないと野沢さんは、横槍を入れたというだけになってしまいますので、野沢さんご自身の立場を落とすことになろうかと存じます。

ですから、回答にはちゃんとした対応や、一問一答をこころがけてください。それから、私の意見を歪曲して要約して反論したおつもりになられるのも、おやめください。

論じているお互いの立場は根底的に違うわけですから、あくまでも一問一答で研鑽していく姿勢をこころがけてください。

野沢さんは、長く共産党のなかで接してこられてきたから、共産党ではない他の意見を持つ左派の人びとの論争になれていらっしゃらないかもしれません。

「赤旗」購読と、党内の運動=共産党の選挙応援を主とする党活動に専念されてきたと思いますが、「共産党の正しさ」をマニュアル的に伝えるだけでは限界があると思います。

たとえば、2・1ゼネストの話題をしているのに、野沢さんは労組ではない民主団体である自由法曹団の意見を出して、自由法曹団は「ああいっていますよ」という展開では、なんら説得力はありません。

野沢さんの反論は、こうした展開が多く、「あの人はああいってるよ」式では説得力がないというものです。

ご自分の主張で相手を説得するなり反論につとめるなりなさらないとあなたの展開は、共産党員の言葉をそのまま引用しただけのまったく徒労に終わることになるかと存じます。
 

全労連加盟の労組は共産党支援団体ですよ

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月28日(木)00時31分18秒 FLA1Aaa105.fko.mesh.ad.jp
編集済
  >全教という労働組合は、日本共産党員たちが分裂行動をとってつくった分裂組織なのでし>ょうか?

そうです。

総評や日本教職員組合の非主流派とよばれた人たちが分裂して全労連を結成しましたが、その前提は統一労組懇でしたね。

で非主流派とは、総評・社会党に対抗した共産党員やその支持者をさしました。
総評が解散して連合に加盟していく段階のなかで、彼らは割れたのですが、割れる以前から、分裂行動を展開していたのは、原水禁運動でも明白でしょう。

彼らは、政党支持の原則を訴えましたが、ようは共産党を支持する自由を要求したものだったといえます。


>全労連加盟の全教は、本当に組合民主主義のない上意下達の共産党への集票マシーンとい>えるような組織なのでしょうか?

現在も、政党自由をうたっていますが、共産党の有力な支持母体ですし、執行部は共産党員でしめられています。

実際、全労連で共産党を支持しない人、その他の革新政党支持を主張する人はかなり肩身が狭い思いをしていることと存じます。

ぶどうちゃんがいろいろとそのへんは、語られています。

>それから、全教は、日本共産党のような政治結社というような「労働者の経済的要求より>も政治的権力を闘いとるというような組織」になってしまっているゆえ、労働者を差別し>ているといえるのでしょうか?

共産党の指導は、選挙が全てですから、労組の活動の中心は選挙になりますので、労働運動が中心ではないといえます。

また共産党からはみ出る運動をやる人は組織から干されるようになっていますし、げんに関西生コン労組は共産党から除名され、社会党・総評が支援する展開になりました。

労働者を差別というよりも、共産党の票田というようにとらえているのではないでしょうか?
 

全教について、教えてくださいませんか。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 2月27日(水)21時03分8秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >野沢さん、日教組運動で圧倒的に日本共産党が正しければどうして、日教組を奪還できず、全教という分裂組織を結成したのでしょうか?( 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月24日 04時14分43秒 )

全教という労働組合は、日本共産党員たちが分裂行動をとってつくった分裂組織なのでしょうか?
全労連加盟の全教は、本当に組合民主主義のない上意下達の共産党への集票マシーンといえるような組織なのでしょうか?
それから、全教は、日本共産党のような政治結社というような「労働者の経済的要求よりも政治的権力を闘いとるというような組織」になってしまっているゆえ、労働者を差別しているといえるのでしょうか?
 

ここまでヤバい、今の日本!私の感想。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月27日(水)12時44分34秒 FLA1Aaj153.fko.mesh.ad.jp
編集済
  ほとんど戦前と同様の体制になってきているといってよいだろう。石原都政のもと大反動の様相であり、公安警察が戦前の特高のように突出してきているということだろう。

問題は、公安警察の取調べそのものが、戦争反対という思想信条に入り込んできているということである。

だが、この右傾化・軍国化の流れが簡単に権力の思うがままに、そのまま進んでいくということは世界を見れば、いいきれない。

アメリカの反ブッシュの流れは政権が共和党から変わる可能性も見せているし、ジュリアーニ元ニューヨーク共和党市長のようなものはすでに大統領選挙から脱落した。


なお、判決文では「彼は他にインターネットとかの手段があったにもかかわらず、落書きという安易な行動をとった」として例の反戦落書き青年は1年2ヶ月の懲役をうけたという。

ということは、インターネットによる戦争反対等は問題ないといっているに等しい判決といえよう。

つまり公安警察は、私のインターネット等を妨害したり、ナチスのゲシュタポや戦前の特高のような政治警察もろだしの汚い嫌がらせをするのは筋違いだということである。


『 教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会 』ここまでヤバい、今の日本!
斎藤貴男(ジャーナリスト)×キー(反戦落書き裁判被告) から掲載しました
http://www.kyokiren.net/_voice/saito&key
 

つづき

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月27日(水)12時39分20秒 FLA1Aaj153.fko.mesh.ad.jp
  ●地域住民を巻き込んでの監視・摘発体制
キー:東京都が平成13年度に、『ジュリアーニ市政下のニューヨーク』というパンフレットを発行したんです。ニューヨークってもともと観光都市ですよね。ニューヨークは移民が多いし、ストリートチルドレンも結構いた。そういう社会的貧困層のなかでは犯罪も起こるし風紀が乱れたり、いろいろある。そういう問題を解決した、とそのパンフレットには書いてある。警察が取り締まり、地域住民も追随するかたちで。でもやっぱり排除されるのはアフリカやヒスパニック系の人たちだった。最後には歯止めが利かなくなって、死亡事件にまでいたる事態が結構起きているんです。路上でのコミュニティも解体させられて周辺部に追いやられる。すごくきれいになって観光都市化が進むんだけど、周辺には貧しい場所がある。つまり、要塞化してるわけです。だから、はっきりいって生活安全条例もなめちゃいけないんです。ソフトパワーだけど。

斎藤:なめちゃいかんどころか、これはとんでもない問題だと思うけど。思いつくままにいくつか言うと、警察庁が監視カメラをどんどん入れなさいという大綱をつくって出してたり、警察の予算でそうするだけじゃなく、江戸川区の小岩のように商店街が積極的に住民から一人頭500円ずつ集めてみたり。金の出所はいろいろだけど、すべて映像は警察に行くような流れがいつの間にかできちゃってる。監視カメラは顔認識システムだとか総背番号制度とリンクしていくので、カメラに映った人間が、「どこの、誰で、今何をしているのか」すべて警察が握るということができるわけ。一方逆に生活安全条例みたいにローテクで、人間の人力でお互いを見張る仕組みというのもいっぱいできています。

 産経新聞だけに載っていてあまり報道されていないんだけれど、都の条例でコンビニのエロ本が規制されるようになったでしょ。シール貼らなくちゃいけないって。

キー:たしか、「青少年健全育成条例*」。

斎藤:あれはあれで手間もカネもかかるものだから、やらない業者も結構いるわけです。そこで文部科学省が音頭をとって、所轄の警察、町内会、自治体、PTA、教員を組織化した協議会を設置する。そしてそのグループで日常的にコンビニを見回る。こういう方針が打ち出された。警察とか町内会、自治体だけなら普通の生活安全条例と同じなんだけど、これにPTAと教員を導入したのがミソでね。教員っていうのは、今の世の中ではまだしも「戦争反対」の立場を取る人の多いかたまりなんです。PTAもいざ戦争となれば、子どもの命を考えますから反対に回る人も多い。それを警察の指揮下におく、というのが非常に大きな狙いかなと思います。

 何年か前の大晦日に世田谷区の一家4人惨殺事件というのがありました。犯人はまだつかまっていないわけですが、あれも口実になった。あそこの周りの愛犬家たちは、毎朝一定の時間帯に散歩するわけですね。それを「ワンワンパトロール隊」として組織して、これも警察の指揮下に置くわけです。あの周りの愛犬家はみんな、今や警察の別働隊にさせられているわけです。もちろん犯罪捜査は大切だけれど、それとこれとは意味が違うだろう。

 あと、新聞配達の人も、早朝とか夕方とか毎日決まった時刻に動く人たちで、中日とか読売とかが所轄の警察と協議会をつくって、同じことをやる。警察は「早朝に新聞配達をする人は危険だろうから、パトロールしますよ」とか何とか言って、そのバーターでね。これにはいろんな余波があって、そんなことを販売店が日常的に続けていれば、やっぱり警察に逆らう記事はあんまり書けなくなるだとか、新聞社総体としてはそういうことにもなるわけです。

 短い時間では喋り尽くせないほど、「犯罪予防」だとか「テロ対策」の名の下に、あらゆる人の営みが、なんでもかんでも警察の支配化に置かれつつあるということです。

〈つづく〉


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「ゼロトレランス」
=寛容さゼロ。アメリカの荒廃した学校に秩序を取り戻すため、学校現場で採用されている方法。一切の例外を認めず、あらゆる非行、不法行為、逸脱行為を厳しく取り締まるというもの。違反を犯した生徒は即座に退学、または警察に引き渡される。実際アメリカの学校内の秩序が著しく向上したとして、高い評価をされ、地域の治安維持にも採用されようとしている一方、ちょっとした間違いや過ちも認めず、本人が違反を犯すつもりがなくても厳しく罰せられるため子どもが傷つくこと、いきすぎた過剰な処分が横行したり、学校を放り出された子どもがギャング化するなど、さまざまな問題を指摘する声もある。
「割れ窓理論」
80年代にアメリカで唱えられた犯罪捜査の思想で、ビルのちょっとした割れ窓を放置しておくと、そのビルの管理が行き届いていないということで犯罪や治安の荒廃の温床になり、やがては深刻な犯罪の温床となる。したがって、ちょっとした割れ窓も見逃さずに、徹底的にその一帯を管理・統制していくべき、という理論。ジュリアーノ前ニューヨーク市長がニューヨークの治安回復にこの理論を採用し、その発想に基づく捜査を90年代以降すすめ、ニューヨークの犯罪はその結果減少したと伝えられている。しかし対談にもあるように、貧富の差や自警団とマイノリティの対立を招くなどの問題も指摘されている。
「生活安全条例」
「安全・安心なまちづくり」をスローガンに、全国1000以上の自治体で採択・施行されつつある条例。そのなかには監視カメラの設置を義務づけたり、公共の場での喫煙を禁止・罰則規定を設けるなど、警察と自治体、市民組織が一体になって、市民的自由を制限する内容のものも多い。
【参考】監視社会を拒否する会 http://www009.upp.so-net.ne.jp/kansi-no/index.htm
「青少年健全育成条例」
「青少年の健全な育成」をはかるため、各自治体が発令する条例。東京都では、青少年の目に安易に触れないようにするために、ヌード写真や過激な画像等を掲載している雑誌、書籍、ビデオなどは立ち読みできないようにビニールで包装することが義務づけられてる。しかし「健全な育成」に「有害」かどうかの判断は東京都に委ねられているため、「有害指定」を受けないため、出版社が内容を自粛する可能性がある。これについて「言論の自由への介入」と反発する声も挙がっている。

東京都健全育成条例改定に反対する市民有志Webサイト
http://www.savemanga.com/index2.html

『 教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会 』ここまでヤバい、今の日本!
斎藤貴男(ジャーナリスト)×キー(反戦落書き裁判被告) から掲載しました
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ここまでヤバい、今の日本!

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月27日(水)12時33分22秒 FLA1Aaj153.fko.mesh.ad.jp
  ここまでヤバい、今の日本!
斎藤貴男(ジャーナリスト)×キー(反戦落書き裁判被告)

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● 公園のトイレに落書きをしただけで、なんと1年2ヶ月の懲役?!
斎藤:今日の往復インタビューは教育基本法のことについてということですが、今、僕らがこの国で置かれている全体状況というのは、教育の問題も含めて、相当ヤバイものがある。教育基本法とは直接関係はないのだけれど、キーくんの事件というのも、このままいったらどうなってしまうのかという最悪の近未来をイメージするには、丁度いい、といったら失礼だけれど、ふさわしいものがあるので、その話から伺います。

 事件の概要から聞かせてください。

キー:昨年4月17日に、東京・杉並区の西荻わかば公園という小さな児童公園の公衆トイレ外壁に「戦争反対」「反戦」「スペクタクル社会」という落書きをしたのを、道路に面した近所の住民に見られて(恥)、即警察に通報されて、近くを巡回していたパトカーによって、準現行犯逮捕されました。容疑は器物損壊です。

 事件当日は夜だったこともあって普通の署の刑事(荻窪署)の取調べだったんですが、落書きの内容が政治的内容ということで、翌日から公安刑事の取調べを毎日6時間から8時間くらい受けました。そして事件後12日目の4月28日に、容疑が器物損壊から建造物損壊に格上げされ起訴されました。建造物損壊というのはものすごく重い罪で、器物損壊は3年以下の懲役か罰金刑なんですが、建造物損壊は罰金刑はなくて、5年以下の懲役刑になります。落書きで建造物損壊罪が適用されたっていうのは、僕が知る限りでも初めてのことです。

 なんでこんな重い罪を適用されたのかっていうと、書いた内容が政治的内容だったからです。昨年の3月20日以降の反戦デモへの弾圧、それと一体となったものだということです。事件後、僕を支援してくれる「落書き反戦救援会」という支援団体が結成されて、その救援会と担当弁護士によって、5月30日に勾留理由開示公判を開いていただき、その公判を流すかたちで保釈になりました。それまでのあいだ、44日間荻窪署の留置所と東京拘置所にブチこまれました。

 6月16日から公判が行われ、被告人である僕と弁護人は一貫して無罪を主張しました。検察側の論告求刑は懲役1年6ヶ月。今年の2月12日の判決公判では懲役1年2月、執行猶予3年の有罪判決になりました。もちろん納得できないし、不当なので控訴しました。その控訴審判決公判が9月3日に行われましたが、控訴棄却で2度目の有罪になってしまいました。ああぁ…

 その判決文はといえば、一審判決文の垂れ流し。被告人・弁護人の論旨をまったく省みず、かつ省略するという、手抜き極まるふざけた代物でした。僕は判決文の朗読が終わると、裁判長にあくまで平和的な態度で質問したんですが、裁判長が突然退廷命令を告げて、警備員にケリを入れられたり、柔道技で投げつけられるなどして、強制的に退廷させられました。あまりにふざけた判決-判決文、また僕への暴力的排除-暴行。これに怒った傍聴者が抗議すると、今度は全員強制退廷の命令が強行され、みんな廊下に叩き出されて。そこでわれわれと警備員でもみくちゃ。もう、一種の騒乱状態というか大衆団交状態の事態に発展。かたや裁判長はそそくさと逃走しちゃうし。まさにスペクタクルです。この最中、警視庁公安二課が乗り込んできて、われわれは退散することにしました。しかしまったくこんな不当な裁判を、法治国家の枠組みさえも大きく逸脱する判決を二度も食らわされ、絶対に納得できません。最高裁に上告します。ここまでが一番最近の近況です。

斎藤:質問しかけてキーくんは追い出されてしまったということですが、何を質問しようとしたのでしょう。

キー:公安刑事の取調べでは、「君はノンセクトか」とか「政治的なことに関わっていたら人生だめになるゾ」とか、反戦落書きをしたので「イラク戦争をどう思う」とか「君は戦争に反対なのか」とか、事件の事実関係よりも僕の思想・信条を重点的に聞かれました。「私には子どもがいるが……君は今の教育をどう思うんだ」、とか(爆笑)。事件後僕のアパートに家宅捜索が入って、政治的内容のビラが押収されたんです。そのアパートは結局この家宅捜索によって解約されてしまったんですけれど。あと僕の背後関係とかを執拗に聞いてきて。これだけをとってしても、この起訴が政治的な起訴であるということは自明です。なのに1審-2審とも裁判長は「政治的な意図ではない」と言い渡すばかりで、ちゃんと納得できるような説明はなかったので(そもそも説明できないのだが)、まず家宅捜索や思想背景を公安が調べたことについて聞こうとしたんです。

斎藤:「裁判長」と一言くらい言っただけで?

キー:ええ、まぁ。それだけでもう、警備員がドヤドヤッて来て。

斎藤:警備員は何人くらいいたの?

キー:傍聴者と同じくらい、40人…もっとかな。いすぎだろっていう。

斎藤:最初から控えさせておいたわけね。

● 公共空間へのこだわり
斎藤:言わずもがなのことだけれど、昨年の4月17日に落書きをしようと思ったきっかけは何ですか。

キー:…一番の動機は、戦争反対です。最近はあまり言ってないけど「戦争反対」。「なんで落書きで反戦を訴えようとしたのか」とよく聞かれるんですが、公共空間を使って表現行為をすることに意味がある、大ありだと思っているからです。後、中毒気味ではあるのですが、個人的には落書き断固支持者だから(笑)。法的には落書きは犯罪行為ということで罰せられますけれど、一定程度、というよりも落書きは重要な表現手段ですし。落書きが軽犯罪ならまだしもまさか建造物損壊になるとは思わなかった。もっというと、最初の器物損壊のときだってものすごく重いと思った。事件後12日目に建造物損壊に格上げされて、ものすごくびっくりして、怒りよりも「これからの人生どうなってしまうんだろう」という絶望的な心情になりました。起訴をされるということは裁判をやらなければならないわけで、裁判にどれくらいの時間や費用がかかるのか、精神的にかなりの負担がかかりましたし、もう不安で一杯で。

斎藤:戦争反対を表現するやり方としては、デモもあるだろうし、今だったらネットで投書をするという方法もあるだろうし、なのに公共空間というものにこだわった理由っていうのは?

キー:それは僕が街路とか都市とかいうものにこだわりがある、同時に好きだからです。判決文でも「彼は他にインターネットとかの手段があったにもかかわらず、落書きという安易な行動をとった」と。インターネットで反戦を訴えるということとトイレに反戦落書きをするということを、まったく同列に論じているんですね。これを裁判長だけでなく――2ちゃんねらーはともかく――反戦デモでビラ撒きしてるだけで同じように文句を言われたり(苦笑)。笑ってますが、イタイんです。僕の立場から言わせてもらえば、媒体も空間も違うし、まったく同列に論じることはできない。要は政党だけではもちろんなく、市民の側も民主化してるというか。確かに落書きは逮捕されるという点において違法なんだけど、街路を使って表現することは――デモとかと一緒で――重要な表現手段だと僕は当たり前ですが考えます。

斎藤:あと、「スペクタクル社会」と書いたわけだけど、これはどういう意味なんですか。

キー:日本語訳しますと「茶番な社会」。この、紛れもなく現代社会。

斎藤:フランスの思想家のギー・ドゥボールっていう人が唱えた概念ですね。映画館のお客さんのようにしか市民が状況に関われなくて、ただ見せられているだけ。ひとりひとりの意思が反映されることなく、ただ観客にさせられているだけ、こんな理解でいいかな。

キー:はい。

斎藤:取調べのときに「それはどういう意味だ」ってこともずいぶん聞かれたと言ってたけど、警察はその言葉にも関心を持ってたみたいだった?

キー:持ってましたね。

斎藤:全然知らなかった?

キー:ええ。「なんだ、この言葉は?!」って。

斎藤:無視されてしまった弁護側と被告側の主張ですが、主なところはどういう争点を柱にしていたんですか。

キー:さっき言った「政治的」捜査-起訴ということのほかに、そもそも建造物損壊罪の成立は何を根拠とするか、という点です。建造物損壊となるには、建物を使用不能にするか、あるいは外観・美観を著しく損ねるか、です。「使用不能」という点においては、当たり前ですが、トイレはその後も普通に使えるわけです。つまり外観・美観の問題になるわけですが、僕の落書きによって「見た人がものすごく不快な思いをする」ということを検察側は論告求刑でも言ってますし判決文でも言ってる。でも、外観・美観というのは、人によって感じ方がさまざまなわけです。街に氾濫する落書き(グラフィティ)。多くの人は(大)嫌いであるとか、何のことはないかもしれないが、これが好きな人もいる。興奮する人もいる。そういう曖昧なものを権力側が一方的に「著しく損ねた」と押し付けてくるのは、法律的には、実のところおかしい。曲がりなりにも法治国家であるし。というか違法なんです。

斎藤:「戦争反対」というのが不快なんだろうね、彼らにしてみれば。でも、元々そこには大きな落書きがあったんでしょ。

キー:僕のより少しだけ小さい落書きがありました。「悪」「タツ」というヤンキーが書いたような落書きが。でもあくまで「被害者」と自称している杉並区はそれまでまったく放置していたんです。その杉並区は(逮捕された)翌日僕を告訴したんですが、その告訴手続きがものすごくズサンで、どれが僕の落書きかもわからなかった。警察が杉並区に告訴するように促した。杉並区は落書きで告訴なんていうことは、これまで経験がなくて被害届すら出したことがない。

斎藤:そりゃないだろうね、普通。

キー:警察に促されて追認するかたちで告訴をした。自治体の自立性もなにもあったもんじゃない。警察に飼われた犬、杉並区は警察犬(笑)。

斎藤:言いなりだよね。あと、場所的に、住民が敏感だったという背景もあったのかもしれない。

キー:たぶん。あの公園付近は一軒家が多いですし、おそらく防犯協会とか自警団的なものがあっただろうと。また(ボロ)アパートなどが並ぶ地区よりも、パトカーの巡回は多いだろうと思います。あくまで憶測ですが、現場地域のブルジョア層と警察は結託してますね。事実、バトカーが夜間巡回してたし。僕が以前住んでたアパート地区では、夜間にパトカー巡回なんて目撃したことないし。

斎藤:金持ちの町だから…。あと、オウムが来そうになったときもめたよね。

キー:はい。異物を排除するような背景は事件以前から実はあっただろうなと。あと、声を大にして言いたいのは、やはりこれは政治的な事件だということ。裁判でも毎回公安刑事が来ていますし、普通の事件とは一線を画す、クドイですけど公安事件だということです。検察が裁判所よりも上にあって、裁判所は検察の言いなり。判決も検察の主張に沿ったものでした。公安事件だから。

斎藤:検察が裁判所より上にあるというのは、具体的にはどういうこと?

キー:公安の検察というのもあって、僕の事件だけじゃなくて、反戦デモなんかで逮捕されたりした場合、2泊3日とか、拘留を10日延長するとか、さらに10日延長とか、公安が裁判所に申請するんですけど、ほとんど公安検察の言うとおりになるんです。

斎藤:裁判所は独自の判断ができないということだね。

● 戦争と差別と監視の国へ
斎藤:ところで、キー君の場合「戦争反対」と書いた内容を許さないということになるわけだけど、一方で「落書き自体を許さない」という流れもあるよね。警察でいえば生活安全局が唱道している、最近流行の「ゼロ・トレランス*」。そういう意味合いはあまりなかったの?

キー:僕の場合には違いますが、落書き一般を考えるときにはそれは限りなくあって、落書きを警察だけが取り締まるんじゃなくて、住民参加型行政、自治体や住民も一体となって取り締まる。「割れ窓理論*」を模範に浸透していて、落書きはもちろん、犬の糞の放置の取締りや監視カメラの大普及とか(泣笑)、そういうのが着々と進行し、勢力を拡大していますね。したたかです。

斎藤:結果として、キー君の判決はいろんな受け取られ方をすると思うんですけれども、「戦争反対」を叫ぶとこうなるんだぞ、という見せしめがひとつ。で、もうひとつは、落書きするとこうなるぞ、っていうメッセージが込められているよね。

 日本ではここ数年、今の「割れ窓理論=ブロークンウィンドウ・セオリー」というのをしきりに使って、例えば警察白書などにも紹介してる。一昔前は「検挙に勝る防犯なし」というのが日本の警察のスローガンであったものを180度転換して、今の警察の犯罪捜査のやり方は、何も起こらないうちから予防するんだとなったわけです。だから、この場合で言ったら、「落書きするようなやつは、他で何をするかわからない、犯罪者予備軍だ」という受け止め方をする。

 この事件から、キーくんは、今の日本の社会がどういう状況になっていると考えていますか。

キー:僕の事件もそうですし、公共空間の締め付けっていうのがものすごく強くなってきたなって感じですね。タバコのポイ捨てを取り締まれ、とか、千代田区では喫煙自体を取り締まっている。犬の糞や落書きもそうですけど、今まで普通に行われてきた、営まれてきた行為が、「マナー」という名の下にできなくなっていく。どんどん都市が農村化していくというか、いろいろな人がいて、雑多なものがあって、自由に移動する――ということができなくなっていく。行為そのものが決められて、国と行政がだめだというものは抑圧され、規制され、時には逮捕されて僕みたいに弾圧される。インターネットで反戦を訴えるのはいいけれど、街頭でやるのはどんどん取り締まられる。相当ヤバイです。

斎藤:要するに、戦後僕らは少しずつ自由を獲得してきたのだと考えていたわけですね。本当の自由はとてもまだまだだったと思うけれど、多くの人が自分のやりたいことをやり、封建時代だとか戦時中だとかに較べればまだしも少しずつ自由を勝ち取る過程でいたんではないかと思います。

 よく僕は「このまま行くと日本は、戦争と差別と監視の国になっちゃうぞ」という警告を発しているんですけれど、じゃあ今までが平和で平等で監視のない素晴らしい社会だったかというと、そうではないですね。理不尽な差別も偏見も相変わらずだったし、朝鮮戦争やベトナム戦争にも協力していたわけだし、監視だっていろんな形であった。ましてや日本人が平和だ平等だと言えてきたのは、差別の上に乗っかってきたからこそだ、という恥ずべき歴史でもあった。だけれど、少しずつそれだけじゃいけないよ、という程度のコンセンサスはあったんだろうと思うんです。だから90年代に入って、在日であることを隠して日本名できた在日の人たちが――たとえばにしきのあきらなんかが「実は」と言うことができるようになったということは、まだしも、少しずつ、いい方に向かっていた証拠じゃないかと思うんです。

 ところが90年代半ばくらいから、つまり戦後50年を過ぎたあたりから、急速に揺り戻しがあって、人々が自由にものを考えたり行動したりということ自体に対する反発がものすごく強くなってきた。だから、自民党や民主党の政治家たちが必ず言うのは、戦後「押し付け憲法」のせいで国民が権利ばかりを主張するようになった、と。その見返りとしての義務をまったく果たさなくなった、と。

 冗談じゃないよ。我々は税金だって払っているし、義務なんか嫌というほど果たしている。だけど、本来あるべき自由を、なかなか謳歌するところまでなっていない。まだその発展途上の段階だったんだけど、その程度の自由も認めたくないという人が、今社会の中枢にいて、一方ではなかなか自由を謳歌することのできない一般の人たち、むしろ自由を持て余してしまっているような人たちが「統制してほしい」というような流れが、確かにあるような気がするんです。

●「生活安全条例」のおぞましさ
斎藤:そういう中で、公共空間への縛りというものが急速に強まっている。具体的には「生活安全条例*」というのが今や全国1000以上の自治体で制定されて、警察と自治体と地域社会――具体的に言うと町内会とか――が共同で防犯対策に当たらなければならない云々と条例で制定されている。例えば、ビルを建てる業者さんはあらかじめ所轄の警察に相談して監視カメラをつけるようにしましょう、とかね。

 さっきキー君が触れた千代田区の場合、タバコのことばかりが強調されて何にも問題が明らかにされないんだけれど、あれは「禁煙条例」じゃなくて、あくまでも「生活安全条例」の一つのバリエーションなんです。たまたま千代田区の区長はそういうことに熱心だったから禁煙と一緒にしたんだけれど、禁煙のところだけとってみても、この問題の本質ってすごく出ていると思うんですよ。月に2回合同パトロールの日というのがあって、その日は警察と自治体、町内会が全部で30人くらいでそのあたりをウロウロしてタバコを吸ってるやつをつかまえる。

 僕自身は本当はタバコが好きじゃないんだけれど、実験したことがあります。千代田区の神田駅前でタバコを吸ってみたんです。そしたら、ものの1分もしないうちに、黄緑のユニフォームを身を包んだ男性に咎められる。「タバコ吸わないでください」と。こっちは実験ですから無視して吸っていたら、その人が他の人も呼んできて、5、6人に取り囲まれた。「吸うな」と言われても構わず吸っていたら、今度は問答無用で取り上げられた。で、新しいのにまた火をつけたら、その中の一人が「おい、こいつわざとやっとるぞ」と。「科料じゃない。罰金5万円だ」と言い出した。そしたらもうひとりが「まあまあ」と言いながらずずいっと身を乗り出してきて、「あんたどこの人か知らないが、ここは千代田区だよ。千代田区に来たら千代田区の掟に従ってもらおうじゃねえか」というわけです。

 「生活環境条例」。確かにこれに従っている。やめれば科料、やめなければ罰金5万円とちゃんとそこに書いてある。だけど、その条例が決まる直前までみんながやれていたことが、ある日、区長と区議会が決めたというだけで180度ひっくり返っちゃった。このことの異常さにもうちょっと僕らは敏感であるべきではないのか。

 今はタバコの話だけをしたけど、実は他にも千代田区の条例で禁じられている行為があります。例えば、ラーメン屋さんが店の前に看板出してる。これもいけない。麹町界隈では、お客がいる店内に見回りの人が看板を放り込んだ、とかいうトラブルが続出しています。

 公共空間というのは天下の往来であって、みんなの場所だから誰もがそこを堂々と歩くことができる場所だった。ところが、こういう条例ができると、全国1000以上の自治体で、公共空間というのは行政と警察のものだ、そこを普通の人間がヘコヘコと頭を下げて通らせていただく、しかもその通り方にも、タバコを吸っちゃいかんとかあれやっちゃいかんこれやっちゃいかんというのが全部決められていて、逆らうと罰金だ、こういうことにされちゃったということです。

 警察官とか自治体の人間は教育されているので、そういう本音の部分はなかなか言わないけれど、僕を取り囲んで「罰金だ」と言った人たちは町内会の人たちだったんですね。だからつい本音を喋っちゃった。本当は警察でも自治体でもないのに、権力の切れっ端を与えられて舞い上がってるんです。だから、より深刻なのは、普通の人が権力の手先になることを喜んでしまっていて、逆らうやつは許さん、というメカニズムになっていることです。これは戦時中の隣組と同じ空気だと思いますね。

キー:僕はタバコを喫むんですが、どうやって反撃しようかというときに、文書を提出するとか勿論あるわけですが、まずもって怖気づいちゃいけないと思うんです。堂々と吸っていいと思うんです。路上における主従関係でいえば、警察ではなく、僕らが主人公であるはずです。

 行政も自治体も「割れ窓理論」とか知っていて、その日本版が生活安全条例と目されている。でも、そういうことと関係なく堂々とすればいいと思います。その場で、街頭で。

斎藤:それは大事なことなんですが、おそらくこのサイトの読者は、それだけを言うと必ず反発してくるでしょう。タバコが嫌われる理由はあるわけですね。狭いところで吸えば煙い。多分に情報操作のにおいもあるけれど「受動喫煙」の問題もある。あと、街を歩いている場合で問題なのは、指に挟んで歩いていると、ちょうど子どもの目の高さになるんで非常に危険――これは僕自身、子どもがいたときに思ったので、わかる部分もいっぱいあるんですね。だけど、それこそマナーの問題であって、そのことをきちんと広報するとか、それで子どもが傷ついたりした場合の罪を重くすることがあってもいい。だけど、その行為そのものをすべて禁じて、「逆らったら罰金」というのは、これは明らかにいきすぎだし、いつも子どものことを考えているお母さんたちの思いを逆手に取る非常に汚いやり方だと思う。

 吸う人間がちゃんとマナーをわきまえる、これは当然だけど、それはそれぞれの人の生き方の問題だということです。それなのに、なんで行政が介入するのか。これはもっと言えば「健康増進法」とかいろいろ他の問題もいっぱいあるんですけれど、人の肉体の使い方に行政が介入する、一定の規範をつくる、ということの恐ろしさを多くの人たちにどうかわかってほしい。

 さっきの実験のときにね、僕はその日は2時から合同パトロールがあるってことを知っていたんだけど、2時5分前くらいになったら、駅前の「マツモトキヨシ」の店員さんがワアーっと出てきて店の外に置いてあった商品を全部店の中に入れるわけ。「どうしたんですか」って聞いたら、「いやあ、2時になったらお上が見張りにくるんだよ」って。いつの時代ですかって言いたかったね。まるで江戸時代の町人が殿様が駕籠に乗ってやってくるからビビッて土下座して待ってるみたい。いつのまにかお上と取り巻きの町内会が強くなっちゃった。このことは非常に恐い。だから、キー君の事件は、ただ単に「戦争反対」と書いたことだけじゃなく――それ自体非常に大事なことなんだけど――ゼロトレランスの部分と、少なくともそのふたつの意味合いがあるってこと。

●地域住民を巻き込んでの監視・摘発体制
キー:東京都が平成13年度に、『ジュリアーニ市政下のニューヨーク』というパンフレットを発行したんです。ニューヨークってもともと観光都市ですよね。ニューヨークは移民が多いし、ストリートチルドレンも結構いた。そういう社会的貧困層のなかでは犯罪も起こるし風紀が乱れたり、いろいろある。そういう問題を解決した、とそのパンフレットには書いてある。警察が取り締まり、地域住民も追随するかたちで。でもやっぱり排除されるのはアフリカやヒスパニック系の人たちだった。最後には歯止めが利かなくなって、死亡事件にまでいたる事態が結構起きているんです。路上でのコミュニティも解体させられて周辺部に追いやられる。すごくきれいになって観光都市化が進むんだけど、周辺には貧しい場所がある。つまり、要塞化してるわけです。だから、はっきりいって生活安全条例もなめちゃいけないんです。ソフトパワーだけど。

斎藤:なめちゃいかんどころか、これはとんでもない問題だと思うけど。思いつくままにいくつか言うと、警察庁が監視カメラをどんどん入れなさいという大綱をつくって出してたり、警察の予算でそうするだけじゃなく、江戸川区の小岩のように商店街が積極的に住民から一人頭500円ずつ集めてみたり。金の出所はいろいろだけど、すべて映像は警察に行くような流れがいつの間にかできちゃってる。監視カメラは顔認識システムだとか総背番号制度とリンクしていくので、カメラに映った人間が、「どこの、誰で、今何をしている
 

公安警察出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月27日(水)09時40分31秒 FLA1Aaj153.fko.mesh.ad.jp
  公安警察(こうあんけいさつ、英:security police)とは、公共の安全と秩序、すなわち「公安」を維持することを目的とする警察の捜査部門の総称。

[編集] 概要
警察庁警備局が一元的に指揮・管理を行い、地方の警察本部に属する警備部の公安課・公安係・外事課・外事係が末端部分を担う。特に首都である東京都を管轄する警視庁では警視庁公安部として独立し、警察官約2000名を擁する巨大組織となっている。主に国の治安・国家体制(新左翼からは天皇制、自民党政権と目されている)を脅かす事案、若しくはそういった事態につながる可能性がある事案に対応する。

公安警察は、一般に戦前以来の特別高等警察がGHQの指令により解体された代わりに創設されたとされることが多い(特高に関わり公職追放となった警察官僚達もこれにより復権している 例:町村金五)。犯罪組織(暴力団)や右翼団体・左翼団体・オウム真理教(現アーレフ)・創価学会(現在は政権党との関係で対象外)・新興宗教・朝鮮総連(韓国を国家承認しているため民団は対象外)・中華人民共和国関連団体(中華民国とは国交がないが従来友好関係で対象外)・労働運動・反戦運動など、団体別・領域別に運動を監視し、必要とあらば公権力を発動する。一般に、刑事事件担当の警察官よりも、公安担当の警察官のほうが昇任試験に合格しやすいとされる。試験の条件は同一であるものの、9時5時勤務で勉強に割ける時間が多い上、公安警察を志望する者は野心家が多く、出世が早いといわれる。実際、警察の幹部職員は公安出身者が多い。

公安警察は諸警察活動のなかでも国家に対する犯罪行為を取締るのが主任務なので、警察では最も優遇された扱いをされているとされる。刑事警察・交通警察・生活安全警察等は、それ以外のいわゆる市民犯罪を主たる対象として警察活動を行うので、警察内部では公安警察に比べ格式が低い扱いをされることが多いといわれる。

また、地下鉄サリン事件が起こるまで全くノーマークだった各種宗教団体は、事件後に公安から監視されることになった。

公安はその成り立ちから、左翼勢力監視が主業務であり、左翼を抑えるために右翼団体と癒着し、その力を借りているという見方がある(鈴木邦男『公安警察の手口』など)。右翼団体の者に「日教組などの左翼系団体の本部に突っ込んで、男を上げろ」と犯罪を唆す言動をしたり「泥棒や人殺し如き放置しても大勢(たいせい)に影響はない。だがアカを野放しにしたら日本は滅びる」と言明した関係者もいるという。また、左翼が関係する集会ではしばしば公安警察が参加者全員の顔写真を撮影し、参加者の身元を調査することが多いとされる(面割り。その主催者が過激派の関与を排除している市民団体であったとしても例外ではない)。

法務省の外局である公安調査庁(公安庁、公調)とは、捜査対象が重複するためにライバル関係にあると言われる。その一方、内閣情報調査室や防衛省情報本部(特に電波部)などの幹部の多くは、警察(キャリア職員)からの出向者である。

公安警察は、事件解決や対象の継続的な監視を目的としており、収集した情報を首相官邸や関係省庁等に提供することはほとんどない。一方公安調査庁は、日本政府の政策の判断材料となるように情報を分析・評価し、首相官邸や関係省庁等に提供する点で違いがある。たとえば、同じ北朝鮮情報を扱うにしても、公安警察が日本国内の工作員の存在の把握を第一目標とするのに対し、公安調査庁は北朝鮮本国の政治・経済情勢の把握と報告を目標とする。公安警察には逮捕権等が付与されるが、公安調査庁には与えられていないのはこのためである(司法警察機関ではない)。

一見、同様の活動をしているかに見える両機関であるが、収集した後の情報の扱い方によって、公安警察は捜査機関、公安調査庁は情報機関に分類される。

国や地方自治体の公安委員会は、警察そのものを監督する行政機関であり、公安警察とは呼称が似ているが全く別の組織である。


[編集] 公安捜査
[要出典] 公安捜査は、扱う事件の特殊性と情報保持の観点から、完全に公安部門限定で行われる。これは全国統一的体制であり、公安部門に属する警察官はたとえ同じ警察官であっても、それが公安以外の所属であるならば情報交換は行わない。 さらに、たとえ他部門が同じ事件を扱っていたとしても、共同で捜査を行うことは無く、やはり情報交換はされない。

この為、公安は警察部門の一つにあって警察組織から半独立しているような閉鎖的体制が敷かれており、指揮命令系統も他部門とは全く異なる独自的なものとなっている。

このことから、他部門(特に他の捜査部門)の所属警察官と捜査活動において対立することがよくある。

オウム真理教事件の際は、事件に関係していた警察官の情報を公安部が掴んでいたにもかかわらず、同じ事件を捜査していた刑事部にその情報を一切公開しなかったことで捜査に支障が生じたこともあった。


[編集] 公安警察と反体制勢力
公安警察の捜査の対象となっている団体の所属者を「転び公妨」などと揶揄される軽微な罪で逮捕し・または刑事・交通の管轄で「厳重注意」がせいぜいのはずの事案に託けて、監視対象団体への家宅捜索などを行うことがある。逮捕された者には不起訴になるケースもあるが、公安警察の目的はむしろ逮捕を足がかりとして、事情聴取や押収資料からの情報収集であるとされる(このような逮捕のあり方を別件逮捕という)。その一方で、団体の活動は日本国憲法によって保障されているため、別件逮捕に頼らざるをえないという主張もある。
例 立川反戦ビラ配布事件に代表される広報チラシのポスティングに係る市民団体や日本共産党関係者への検挙事案、北朝鮮による日本人拉致問題を根拠にした在日本朝鮮人総聯合会への捜索・車庫法違反(ディーゼル自動車の車庫飛ばし)を理由にした滋賀朝鮮初級学校への捜索など在日朝鮮人や朝鮮学校への各種事案、大阪・「釜ヶ崎パトロールの会」関係者の逮捕拘束(世界陸上への天皇皇后来場に備えての“清掃”ではないかと非難されている)
捜査の段階で電話盗聴、盗撮を行なっている。人権侵害として訴えられる場合も多かった(最近では通信傍受法が制定されたので、警察が捜査上必要な場合、通信傍受や盗撮は法的要件を踏まえた上で許可状を受ければ合法とされているが、公安の行為は国民をも見張るものであるため、ほとんどが非合法である)。
例 日本共産党幹部宅盗聴事件。また過去には代々木にある日本共産党本部ビルの向かいの一室を秘密に借りてビルに出入りする人を隠しカメラで監視、個人特定をしようとしていた事が発覚している(共産党埼玉県委員会「質問・疑問何でもお答えします」)。
基本的に捜査費用は機密事項とされているため、その用途は公開されない。そのため予算の配分が妥当なのかどうか、判断することが難しい状態になっている。
元来の成立目的が国内左派勢力の監視摘発であったことから、伝統的に調査・監視等の主軸を国内の左翼勢力に置いており、右翼は元より(先述の通り、癒着さえ囁かれている)、カルト的な宗教団体・海外諜報機関・海外テロ組織等に関する調査・監視行動は従来主任務とされておらず、地下鉄サリン事件や北朝鮮による日本人拉致問題などを発生させてきたとされる。近年それらも監視対象に組み入れ、徐々にそのウェイトを高めつつあるとされる。
日本共産党は「公党たるわが党を監視する事自体が憲法違反であり、不当極まりない」と非難・批判している。
社会民主党は「盗聴法(通信傍受法と同義、同法に批判的な勢力が主として使用する用語。詳細は同項目参照)は人権を侵害しているから必要ない」と非難・批判している。
在日本朝鮮人総聯合会は「総連は在外公民団体に過ぎず、家宅捜索は民族差別に等しい弾圧である」と非難している。
今日でも左翼系団体が関連する集会では、ウインドブレーカーを着て目深に帽子を被り更にサングラスにマスクを着用した異様な風体の私服刑事が、離れた場所から参加者の顔写真を撮影する風景を見かけることが出来る。
公安は刑事警察と捜査手法が全く異なり、大半の警察活動と相反する立場にあるので、公安以外の警察活動を執行する警察部門とは情報交換が行われない、人事交流がない等の点で警察内部においても閉鎖的な部署となっており、特に刑事部門とは不仲にあるとされる。

[編集] 参考
大野達三『警備公安警察の素顔』(新日本出版社)ISBN 4406015922
警備研究会 『日本共産党101問』(立花書房)ISBN 4803715246
青木理『日本の公安警察』(講談社)ISBN 4061494880

公安警察
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E5%AE%89%E8%AD%A6%E5%AF%9F
 

反共主義フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月27日(水)09時37分53秒 FLA1Aaj153.fko.mesh.ad.jp
  反共主義(はんきょうしゅぎ)とは、共産主義に積極的に反対する立場や運動を指す。反語は容共。

[編集] 方向性
反共主義は、右派・左派とは関係ないとされている。例えば米国では、左派色が最も濃かったニューディール期の民主党政権はウィルソン主義の立場から第二次世界大戦・冷戦・ベトナム戦争などを主導した。一方、右翼的と見なされたリチャード・ニクソンやロナルド・レーガンの共和党政権はリアリズムの立場から外交でデタントを推進し、冷戦終結に関わった(特に親中派は利権繋がりで共和党政権の高官が多い)。また、社会民主主義政党の国際団体である社会主義インターナショナルは1962年の『オスロ宣言』で反共主義を採択し、西欧・北欧の社会民主主義政党の多くは共産主義とは絶縁した。このように反共主義は国内政治の左派・右派と全く関係はなく、この場合は外交におけるタカ派・ハト派である。


[編集] 歴史上の変遷

[編集] 19世紀
反共主義の始まりは、俗説ではロシア革命の時と言われる。実際には産業革命の頃から既に始まっていた。

当初の反共主義勢力の目的は、高まる労働運動への破壊だった。19世紀半ばでは、イギリスを初めとする西欧では労資紛争が絶えず、ラッダイト運動が日常茶飯事の状態であった。

1871年(明治4年)には、世界初の労働者政権であるパリ・コミューンが成立した。この時、資本家を初めとする反動勢力はこれを潰そうと躍起になり、僅半年でパリ・コミューンを転覆した。

その後、共産主義勢力は、第二インターナショナル運動へと進んだ。それに対し、反共主義勢力は、ビスマルク政権の社会主義者鎮圧法(但し、ビスマルクの社会政策はラッサールの提言によるものである)、山県有朋政権の治安警察法などのように、弾圧法で社会主義・共産主義運動を弾圧した。


[編集] 第二次大戦まで
1917年(大正6年)、ロシア革命の時期が、反共主義勢力の高揚期であった。チャーチルを初め反共主義勢力は労働者政権の再来と高揚を恐れた。「共産主義を赤子のうちに捻り潰せ」と大号令し、反革命戦争を主導した。

日本では、日本共産党が、労働者の解放のみならず、天皇制の廃止を掲げたために、当時の田中義一政権は三・一五事件や四・一六事件を主導し、徹底的に赤狩りを行った。その頃から猛威を揮った特高警察は、当初は共産党への弾圧を目的としていたが、次第に宗教界や言論界、反戦運動、戦時統制へ反対する人々にも弾圧を加えて行った。

又、1929年(昭和4年)を境に世界恐慌の時代に入ると、ファシズムや軍国主義が台頭し、共産主義を弾圧した。しかし、こういった運動には転向者、戦後は左翼とされる者が多かった。例えば、昭和研究会、革新官僚、満鉄調査部はその典型と言える。日本でファシズムを主導したとされる近衛文麿も後に「国体の衣を着けたる共産主義」と総括している。日本の北一輝も単なる反共主義者とはいえず、二・二六事件の当事者の将校たちは、ボリシェヴィキの蜂起教範から多くを学んでいたことが判明している。これは何も日本に限ったことではない。ファシズムの創始者ムッソリーニはかつてはレーニンから直に信任された社会党のカリスマであり、ムッソリーニ当人が「ファシズムの精神的父」と呼んだソレルの修正主義的マルクス主義にムッソリーニが国家主義を混合してファシズムは成立したという説もある[1]。ソレルが亡くなった時にヨシフ・スターリンとムッソリーニがともに追悼したことはそれを象徴する出来事と言われている。ヒトラーも元々はレーテ活動家[2]で、ヒトラーも「わが闘争」の中でマルクス主義の指揮制度や集会を好例に挙げ、「私はボルシェヴィズムから最も多く学んだ」と認めている。ゲッベルスも「ボリシェヴィキどもからは、とくにそのプロパガンダにおいて、多くを学ぶことができる。」と認めていることだが、ナチスは共産党のプロパガンダ活動も手本にした[3]。党歌の旗を高く掲げよも共産主義者のヴィリ・ブレーデルの詩の焼き直しであることが今日わかっている。ナチス左派のように共産党やソ連との同盟さえ考えた一団もいた。そのため、ファシズムと共産主義(マルクス・レーニン主義)は同類ではないかと指摘されている。このような指摘を裏付けるための研究はハンナ・アーレントが全体主義の系譜を明らかにしたことによって注目され、全体主義の研究が進んでる最近では研究者としてアンドレ・グリュックスマンが知られている。ソ連などの崩壊で大量の資料が公開されたことにより、インテリジェンスな裏付けも可能になり、近年では思想史的な研究だけでなく、実証的な研究も盛んになっている。こういった主張や研究は反共保守層にも受容・歓迎され、2006年8月31日、9月5日のジョージ・W・ブッシュ大統領の演説、三色同盟といった反共保守層からの言葉や発言にも表れている。


[編集] 熱戦と冷戦
第二次世界大戦でファシズムや軍国主義が衰退すると、戦後の荒廃や混乱に乗じて東ヨーロッパ・中国・南米が共産主義化し資本主義国の政府は自国に革命が波及するのを恐れてアメリカ合衆国と同盟を結び、共産主義運動を弾圧する。

ロシア革命でも白軍を支援したチャーチルは、第二次世界大戦(熱戦)の終結後に「鉄のカーテン」演説を行い、1940年代のスターリンとトルーマンの霸権争い(冷戦)を形容した。

冷戦時代の反共主義勢力は、スターリン政権下のソ連の全体主義を持ち出して、労働運動を潰そうとする事が特徴である。下山事件に始まるレッドパージはその典型で、その後も反共主義勢力は、この手口で労働運動や社会主義運動の芽を潰していった。反共が積極的な意味での主義に発展した悪名高いマッカーシズムであった。しかしマッカーシズムなど過剰な反共主義は本来共産主義とは無縁であった人々からの反感も招くこととなり、やがて衰退していった。

冷戦中、アメリカ合衆国は反共主義を取る国ならば軍事政権や独裁政権でも支援した。チリのピノチェト、南ベトナムのゴ・ディン・ジエム、韓国の朴正煕~全斗煥に対する援助はその代表的な例である。

日本においても、55年体制下において、政権を握り続けた反共保守政党の自由民主党(自民党)がアメリカ、社会主義政党の日本社会党がソ連の資金援助を受けており、55年体制はそのまま冷戦状態を象徴していた。

日本においては、社会党から分離した民社党と労働組合は「自民より右」と称されるケースもままあり、ピノチェト政権や韓国の朴正煕政権など軍事独裁政権を積極的に支援した。特にピノチェト政権については、軍事クーデターを起こしたことを支持する立場を取った。日本社会党も1980年の社公合意以降、他の保守政党との連携と日本共産党排除を積極的に行なうようになり、相乗りオール与党体制を確立した。連合もこの流れを受け継いでいる。

1970年代以降、西欧諸国の共産党の多くはソビエト連邦から距離を置き、プロレタリア独裁と計画経済に基づくソ連型社会主義路線を放棄。議会制民主主義と多党制を擁護するユーロコミュニズムの路線を確立する。1960年代以降の日本共産党も基本的にはこの路線に近い立場をとっている。


[編集] 新自由主義
1980年頃、レーガンやサッチャーが政権をとると、新保守主義(ニューライト)が台頭する。彼らの特徴は、特に政治的・軍事的な反共政策より、経済的な反共政策(社会主義へは勿論、社会民主主義への攻撃でもある)を強めている点である。労働貴族やヤミ専従など労働組合の問題点をマスコミ報道で強調し、労働組合・労働運動のイメージダウンを図る戦略が多い。現在の反共主義は、経済的な反共主義(新自由主義)という様相が強い。

新保守主義政治家や財界は、労働運動の牙城となっていた多くの組織を解体・民営化し、社会保障や、労働者保護法制の撤廃を手掛け、労働者を擁護する多くの制度・思想を一掃した。

1989年(平成元年)、ベルリンの壁が民衆の手で破壊され、東欧で次々と東欧革命が起こると、西側諸国の反共主義勢力は、「共産主義(社会主義)は死んだ」とし、「自由主義・資本主義の勝利」を喧伝した。これに伴い、日本共産党や共産主義から社民主義に路線転換した左翼民主主義者(旧イタリア共産党主流派)等を例外として、先進諸国の共産主義勢力も衰退した。

しかし、資本主義の絶対化、価値観の単一化の進行は、世界中で社会貧富の二分化(格差社会の拡大)、環境破壊、地域紛争など様々な問題をはらんでいる。また共産党一党独裁下でありながら市場経済体制を取る中華人民共和国への対応は分かれている。

反共主義
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ナチ党 ナチス ヒトラー

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月27日(水)09時25分43秒 FLA1Aaj153.fko.mesh.ad.jp
編集済
  「市民などに構っているひまはない」「戦時に市民など存在しない」「わが国民が試練を負けても私は涙を流さない。それに値しない。彼らが私を選んだ運命だ。自業自得だろう」=敗戦が決定的となった45年4月、ソ連軍の砲声が響くベルリンの首相官邸地下要塞(ようさい)では側近たちがヒトラーの56歳の誕生日を祝っていた。側近がベルリンからの退避を勧めた際、「首都を前線にして戦う」と応じないヒトラーに、さらに市民の避難を進言した時、側近の軍需大臣・シュペーアら軍幹部に言い放った言葉(ナチス政権崩壊時の独裁者を描いたオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督のドイツ映画「ヒトラー 最期の12日間」より)。


「決して忘れられない黙示録(もくしろく=95年ごろローマの迫害下にある小アジアの諸教会のキリスト教徒に激励と警告を与えるために書かれた新約聖書の最後の一書でこの世の終末と最後の審判、キリストの再臨と神の国の到来、信仰者の勝利など、預言的内容が象徴的表現で描かれている)的光景だった」「私は麻痺(まひ)させられた」==ナチスの党大会(『意志の勝利』-1935年)やベルリン五輪の映画(『美の祭典』―1938年)を撮り、その傑出した撮影技術とリズミカルな編集により、世界の注目を浴びた(03年9月8日101歳で死去した)レニ・リーフェンシュタール(Leni Riefenstahl;1902~2003)のヒトラーが演説を始めた瞬間を回顧する言葉。



「ナチスが共産主義者を弾圧した時、共産主義者でない自分は行動しなかった。ナチスは次に社会主義者を弾圧した。社会主義者でない自分は抗議しなかった。ナチスは、学生やユダヤ人に弾圧の輪を広げ、最後に教会を弾圧した。牧師の自分は立ち上がった。時すでに遅かった。『抗議するには誰のためではない、自分のためだ』」=ヒトラーに抗議し、収容所に送られたドイツの牧師マルティン・ニーメラーの言葉(04年8月8日付『朝日新聞』-「風 ロンドンから-外岡秀俊」から)。


ドイツ(独逸)は、962年から1806年まで神聖ローマ帝国(第1帝国)の主要部を構成したが、多くの領邦国家が分立していた。1871(明治4)年にバルト海南岸に臨む、ウィスラ川下流域からネマン川下流域に至る地方のプロイセンを中心として22の君主国と3つの自由市の統一により連邦国家ドイツ帝国を建設、ここにプロイセン王を皇帝、プロイセン首相のビスマルク(Otto von Bismarck 1815~1898 社会主義を弾圧する一方、社会保険制度を採り入れた、いわゆる「飴(あめ)と鞭(むち)」政策を遂行し、「鉄血〔兵器と人血〕宰相」といわれた)を宰相とする近代国家としてのドイツ帝国(第2帝国=ビスマルク・ドイツ帝国)が成立する。



第1次大戦末期の1918年、戦況の悪化とロシア革命の影響のもとで、ドイツに革命が起る。すなわち、同年11月のキール軍港の水兵の反乱を契機に、労働者の蜂起が起こり、多数派社会民主党のエーベルトが臨時政権を樹立して皇帝や諸王侯を追放、第2帝国は崩壊するのである(ドイツ「11月革命」=革命から共和制への移行期、つまり1918年~19年を「1918~19年のドイツ革命」ととらえている)。



1919年1月、ドイツ中部、チューリンゲン州の小都市の(18・19世紀にヘルダー・ゲーテ・シラーらの文化人が集まり、ドイツ精神文化の中心となった)ワイマールで招集された国民議会は、ヴェルサイユ条約を受諾してドイツの国際的地位を確定するとともに、新憲法(ワイマール憲法)を制定し、共和制の基礎を築くことになる。ワイマール共和国(制)の誕生である。



さて、革命を契機に1919(大正8)年に結成されたドイツ労働者党は、翌1920年に党名を国家社会主義ドイツ労働者党(通称「ナチ党」)に改称するとともに、「大ドイツ主義」「反ユダヤ主義的人種政策」「反大企業的社会経済政策」を柱とする25条の党綱領を発表、1921(大正10)年には党首にヒトラーを選出する。





ナチ党綱領(抄)1920年



4.民族同胞たる者にかぎり、国家公民たることができる。信仰のいかんを問わず、ドイツ人の血統をもつ者にかぎり、民族同胞たることができる。したがって、ユダヤ人は民族同胞たることを得ない。

10.各人の活動は、全体の利害に矛盾することを許されず、全体の範囲内において、かつ全体の利益のために、行なわれなければならない。

嬉野満寿夫『ドキュメント現代史(3)』より引用





ヒトラーは1923(大正12)年、軍部のルーデンドルフ等と共に、政権奪取を狙ってミュンヘン反乱(「ミュンヘン一揆」)を起こすが、即日鎮圧され失敗、投獄される。獄中において著したのがナチズムのバイブルともいわれる『我が闘争』であった。ヒトラーは出獄後、その政治戦術を大衆運動に転換させる。



ところで、1930(昭和5)年に採択された第1次大戦のドイツ賠償問題の解決案であるアメリカ代表ヤングを長とする委員会が、アメリカのドーズを長とする委員会が1924年に採択された「支払い期限の延長とアメリカ資本の導入」を骨子とするドーズ案を修正した「賠償額の軽減や年賦支払い方式」を定めた案(いわゆるヤング案)には、左翼政党以外のほとんど団体、すなわちナチ党を含む保守派・在郷軍人団体・農業団体が反対したが、最終的に承認され(世界恐慌により実行不能となった)、これでヴェルサイユ条約によるドイツ監視機構はほとんど撤廃されることになる。



1930年3月大連合政府倒壊した後、帝政復活を目標とするカソリック系のブリューニング政府が樹立されるが、少数内閣のためと政権のデフレ政策による失業者の増大や社会政策の後退政策ならびに給与引き下げ断行に政策が国民の不満を増幅させ、たちまち国会解散に追い込まれる。



ヒトラーは、ヴェルサイユ体制や深刻な経済不況と失業に対する国民の不満を利用して勢力を拡大し、1930年9月9日に行なわれた総選挙ではナチ党が1、200万票を得て第2党に躍進する。だが、ヒンデンブルク大統領はパーペンに組閣させる。貴族中心の国会議員ゼロで組閣されたハーベン内閣では、国民の信頼を得るのには程遠く、逆に共和国への国民の信頼は急速に地に落ち、強力な政権待望論が彷彿(ほうふつ)するところなる。



そのため1932(昭和7)年7月の総選挙ではナチ党は230議席(得票率37.4%)を獲得、第1党に踊りでてる(ただし過半数には達しなく、共産党も89議席を獲得して躍進する)。すなわち、ナチ党(ヒトラー)は、当時最も民主的といわれたワイマール憲法の下で大衆の心をつかみ、選挙のたびに票をのばしていったことになるが、ヒンデンブルク大統領(85歳)とシュライヒャー将軍ら保守派はヒトラーの要求を拒否して保守派の傀儡(かいらい=あやつる操り人形)政権を任命、社会民主党(SPD)との連携を解消して、軍備拡張の道をたどり始める。



そして1933(昭和8)年1月30日、シュライヘル内閣の総辞職に伴い、ヒンデンブルク大統領の指名でヒトラー(44歳)が首相に就任する(この年の3月4日、ルーズベルトがアメリカ合衆国大統領に就任)。ここにヒトラーは合法的手段によってワイマール(ドイツ)共和国の政権を獲得することに成就する。それはまた、武装闘争からの戦術転換したヒトラー作戦の成功をも意味した。大統領ら保守派には、ヒトラーを傀儡政権として利用しようとの企みがあったが、組閣後ヒトラーは電撃的に国会を解散、保守派のもくろみはものの見事に崩壊したのである。



ヒトラーが政権の座に就いた当時のドイツは、政党間の争いで半内戦の状態あり、失業者は560万人以上の最悪の状況であった。



ヒトラー政権は、1933(昭和8)年2月27日、自ら国会放火事件を引き起こして国会議事堂を焼失させて社会不安を意図的に作り出し、それを政敵の共産党の仕業として党員をいっせいに拘束、そうした下で国民の基本的人権と市民的自由権を大幅に制限する大統領緊急令(「民族と国家のための大統領令」)を発布するとともに、3月3日には共産党の最高指導者テールマンを逮捕する。



かかる中で行なわれた1933年3月5日の総選挙は、もはや「自由選挙」とは程遠いものであった。選挙は、ナチスの武装部隊による武装襲撃や流血の惨事が繰り広げられる異常な状況で行なわれた。その結果、ナチ党は、前年の1932年11月の総選挙時の196議席(このときは34議席・200万票を失った)・得票率33.1%から288議席・得票率43.9%と得票数で600万票近く、得票率で10ポイント、議席数で100近くも増大させる大躍進を遂げた。連立相手の国家人民党52議席(得票率8.0%)と合わせて国会の過半数を制したヒトラーはここに独裁政権への道を確実に歩むこととなった(共産党は100議席・得票率16.9%から81議席・得票率12.3%に減少した)。



総選挙の「勝利宣言」を出したヒトラー政権は、選挙直後の3月8日には、共産党の議席の剥奪(はくだつ)宣言を発布して共産党を権力で国会から排除、3月23日には、連邦議会が内閣(ヒトラー政権)に立法権を委任(まかせる)する「国民及び国家の危難緩和のための法律」(いわゆる「全権委任法」「授権法」)を賛成441票・反対94票の圧倒的多数で可決した。ヒトラー政権は、すでに圧倒的多数を握り形骸化しつつあった議会に最後の鉄槌(てっつい)を加え、議会の議決なしにいかなる法律でも成立させることを可能な体制を確立したのである。



この法律の成立により、20世紀を代表する民主主義的憲法を意味したワイマール憲法は事実上停止状態に陥り、ワイマール共和政は崩壊する。共産党なきあと、法案に反対したのは社会民主党だけであった。しかし同党は、ナチス独裁に反対する本格的な闘争を何一つ組織しなかったばかりか、5月1日のメーデーにはナチスの「国民労働デー」を祝ってパレードするよう訴えたことにみられる迎合的態度に終始し、結果的にヒトラーの独裁政権を補完する役割を果たした。





全権委任法(抄)

第1条

 ドイツ国法律は、ドイツ国憲法に定める手続きによるほか、ドイツ国政府によってもこれを議決することができる。

第2条

 ドイツ国政府が議決したドイツ国法律は、それがドイツ国議会およびドイツ国参議院の議事対象とならないかぎり、ドイツ国憲法に背反することが許される。

嬉野満寿夫『ドキュメント現代史(3)』より引用




委任立法に賛成する議会





ヒトラー政権は「国民革命」と称して、州・自治体の権力を突撃隊(SA)などを使って掌握し、大都市のほとんど市長をナチ党員に交代させた上に、5月2日、ナチス突撃隊と親衛隊を使って全国の労働組合総同盟の建物や事務所を武装占拠し、組合幹部を一斉に検挙したのち、労組はドイツ労働戦線に吸収されるなど、「強制的同一化(Gleichshaltung)」と呼ばれる、あらゆる団体組織のナチへの統合政策を遂行、6月22日には社会民主党を結社禁止とする(最後に残ったカトリック中央党も7月5日に自主解散)。こうして「一つの民族、一つの帝国(Reich)、一つの総統」というスローガンが完全に現実のものとなっていった。そして10月に国際連盟を脱退する。



つまりヒトラーは、1月30日の成立から6ヶ月、総選挙からわずか4ヶ月で独裁体制を確立することに成功するのであるが、1934年、ヒンデンブルク大統領の死に伴い大統領をも兼任する形で、「総統」(Fuhrer und Reichskanzler)に就任、中世の神聖ローマ帝国(ドイツを中心とする地域を支配した第1帝国=962~1806)・近代のビスマルク・ドイツ帝国(第2帝国=1871~1918)に次ぐ「第3帝国」(Das Dritte Reich)を成立させ、ヒトラーは、初代君主となったのである。



議会の機能を停止させナチ党独裁体制をしき、公然と人権侵害を行い民主制の原則を否定したナチズム的バーバリズム(barbarism=野蛮な行為)は、ここに極まったわけであるが、かような非民主的政治体制(ファシズム)が、民主憲法(政治)の中から生まれたとこもまた事実であった。



さて、バーバリズムを最も象徴的に放言する出来事が、1933年5月の夜、ベルリンはじめドイツ各地の大学都市で行なわれた、ヒトラー政権によって禁止された「非ドイツ的」な著者たちの書物を町の広場に積み上げて焼き払ったセレモニー(焚書〔ふんしょ〕の儀式)であった。宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルス(37歳)にそそのかされた学生たちは熱狂し、「マルクスを焼け、フロイトを焼け、ハイネを焼け」というスローガンを叫び、焼かれる書物の炎のまわりで歌い踊ったのである。



ドイツの小説家で、ヒューマニズムの立場から一貫してナチスを批判してスイスとアメリカに亡命したトーマス・マン(Thomas M.1875~1955)がいう「本を焼く政治体制」であったが、それはやがて、ドイツの詩人・評論家でフランス7月革命を契機にパリに亡命、ドイツの反動と俗物性を痛烈に批判する評論を書き、民衆の解放をめざす革命詩人として活躍したハイネ(Heinrich Heine 1797~1856)が1823年に記した「本を焼く者は、ついには人間を焼くようになる」との予言者的警告を現実のものにするものとなった。



ヒトラー政権は、シャハト(Horace Greeley Hjalmar Schacht 1877~1970)財政下の好景気と最先端を行く新しい時代の党というイメージとがあいまって、世論の主導的な立場にある中間層、特に若者や大学生の間に熱狂的支持を得て、確実に勢力を拡大する。



そのヒトラーは1934年6月30日、15年来の同士であったSAのレーム隊長以下幹部をクーデター(一揆)企図の容疑で逮捕、80人以上を殺害した。この粛清(レーム事件)は、レームがヒトラーの権威を脅かすことを恐れたヒトラーと航空相へルマン・ゲーリング(41歳)やナチ党の武装組織である親衛隊(SS=Schutzstaffel)全国指導者はハインリヒ・ヒムラー(34歳)によって行なわれた。




ヒトラーとレーム



1935(昭和10)年10月14日には、「軍備の平等を認めないのはドイツへの差別である」との大義名分を持って国際連盟を脱退(翌年ヴェルサイユ条約を破棄)したヒトラー政権は、翌月の国民投票と総選挙で圧倒的に支持された後、スペイン内戦への介入・オーストリアやチェコスロヴァキアの併合等を断行し、「大ドイツ」の復活を企図して1939(昭和14)年9月1日にポーランドを侵略、これを皮切りに第2次世界大戦へと突入する。



その過程で、ユダヤ人、シンティ・ロマ(いわゆるジプシー)、ロシア人・ポーランド人・セルビア人などのスラヴ人、精神障害者、身体障害者、同性愛者、ナチスに抵抗する人々に対する言語に絶する迫害と大虐殺(破壊と殺戮)を行った(1941年9月に初めてアウシュビッツ〔Auschwitz ポーランド南部の都市オシベンチムのドイツ名。1939年9月3日にドイツによって占領され、その約1ヶ月後の10月8日に「第3帝国」に統合され、アウシュビッツになった〕で毒ガスによる虐殺実験か行われて以来、アウシュビッツ収容所だけで150万人の命が奪われたが、ユダヤ人犠牲者は総計すれば600万人に及ぶ。なおこの数は、第2次大戦中の日本の戦死・行方不明者〔軍人・軍属〕240万人〔一般市民・原爆被害者を含める約310万人〕といわれるところから比較しても驚愕すべきものである)。





衣類を脱がされた囚人たちは、警備の指図で1回に250人くらいずつ部屋に連れ込まれた。扉に錠が下ろされ、それから1~2缶のチクロンBが壁の隙間から注ぎこまれた。チクロンBガスはこのような目的のために用いられるものであり、青酸の天然の化合物を含んでいるものなのだ。犠牲者を殺すに要する時間は天候によって異なる

が、10分以上かかることは稀であった。



30分後に扉が開かれ、死体はここで囚人の指揮者の手で除去され、穴の中で焼かれた。焼却の前に死体から金歯と指輪が奪取された。焼く時には、薪を死体の間に積み重ね、およそ100ぐらいが穴の中に入れられたところで、パラフィンをしみこませたぼろ布で火がつけられた。穴の底にたまった脂肪は集めて置いて、雨が降った際に火が消えないようにするためにバケツでかけるのに用いられた。このような状態で穴一杯の死体を焼くには6~7時間かかったがこの人間の体の焼ける臭いは、風の吹かぬ時ですら収容所に充満したのであった。



新しい改良されたガス室では、ガスが送りこまれてから30分たつと電気調整機が活動し始め、死体は昇降機によって焼却炉へと持ち上げられた。そしておよそ2千の死体が12時間かかって5つのかまどで焼却されたのである。



衣類や所持品はことごとく、よりわけられて貯蔵された。貴重品は毎月ベルリンの国立銀行に送られ、衣類はクリ-ニングをした後で、軍需会社に送られて奴隷労働者用に用いられた。また、歯から取った金は溶かされ、月に1度武装親衛隊の医療部へと送られた。



かくしてアウシュビッツは「死の収容所」なる名前を得たのである。


V.E.フランクル/著/霜山徳爾/訳『夜と霧』-ドイツ強制収容所の体験記録(みすず書房 -1997.1)より





他方、戦車などの戦闘車両を迅速に展開させるためにドイツ国内を縦横に走る高速自動車道「アウトバーン(Autobahn)」を建設、また、一般大衆でも購入可能な比較的安価な国産車の製造を命じ、大衆車フォルクスワーゲン(Volkswagen)を誕生させた。



開戦当初は「電撃戦」が効を奏し、戦局はヒトラーの思うとおりに運び、一時、ナチの占領下もしくは親独政権下におかれた地域は、中立国(スイス、スウェーデン、トルコ)を除くヨーロッパ大陸部のほぼ全域に及んだ。



ヨーロッパの大半を手中に収めたナチスドイツは1941年6月、独ソ不可侵条約を破棄してソ連領内に電撃的に侵攻、スターリンをあわてさせる。独ソ戦の始まりである。戦局は当初ドイツ側が優勢で、前線はモスクワ近郊まで迫っていた。しかし例年より早く訪れた(ナポレオンを敗退させた)「冬将軍」でドイツ軍の進撃は鈍り、さらに翌年9月からシベリアから投入されたソ連軍の精鋭部隊による総攻撃にあい(スターリングラード〔現ヴォルゴグラード〕の攻防)、約5ヶ月にわたる激戦で、ドイツ軍の最精鋭部隊20万は壊滅、戦局はソ連有利に傾き始める。やがてソ連軍は反撃に転じ、ナチ占領以下のソ連領内はもとよりポーランドやバルカン半島にも進撃を始める。


東側でのソ連軍の猛攻に遭遇している一方でドイツは、西側からアメリカ軍を主力とした連合国軍が反攻作戦にさらされる。その本格的な反撃が1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦であった。さらに1943年に降伏していたイタリアなど地中海方面からも連合国軍は上陸、ナチスドイツは3方面から完全に包囲され、その敗北は決定的なものとなる。



そして1945年5月、首都ベルリンへのソ連軍侵攻を目前にして、前日結婚した愛人エヴァ・ブラウンと共に自決、ベルリンはソ連軍に占領されてドイツ軍は無条件降伏、ここにナチ党・ヒトラー政権は消滅、5年以上にわたるヨーロッパ史上最大最悪の戦争は終結するのであった

『ナチ党 ナチス ヒトラー』 から掲載しました
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/natitou.htm

(感想)
戦前の特高、ナチスのゲシュタポ、戦後のソ連スターリン主義のKGB、韓国のKCIA、特高の残党がつくった日本の公安警察の手法は大変にかよっている。自作自演を得意とする秘密警察・謀略組織のヒントは、ゲシュタポの国会放火事件のやり口にあるといってとよい。日本の反共ファシスト石原慎太郎およびその取り巻きは、反共主義のナチスヒットラーと同類項であると断じられてよい。
 

くまさんどうも。なかなか面白そうなサイトですね。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月26日(火)01時08分56秒 FLA1Aap007.fko.mesh.ad.jp
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  ■年金・保険の目的

1.日本の年金制度は、ナチスの年金制度を真似たものと考えてよい。つまり、国民から無期限の金を集め、軍備と私腹に充て、年金の支払期限が来たら、いろいろ理由を付けて、税金で支払えばよい。今の日本は正にこの考えに乗っている。
http://blogs.dion.ne.jp/ukazublog0618/archives/5651504.html

2.特攻隊、自決など、進んで死んでいった日本兵は、天皇のためというより、残った家族と借金のために死んでいったと考えたほうがわかりやすい。石原も何故か同じことを示唆している。保険・年金の情報が歴史の本や、マスコミの論評から欠落している。こういう場合、ウラがあることが多い。戦死者に保険金が支払われていた。

3.実際、日本の年金はどこにあるのかさっぱり分からない。まずその掛金総額はいくらか。数百兆円はくだらないだろう。どこにあるのか、現金、株券、銀行預金、土地・建物、いったい何に化けているのだろうか。

4.本来、日本の保険・年金は、戦争の遂行が目的であり、最後は、戦争の勝利で、相手国から分捕る賠償金などで穴埋めするか、敗戦のドサクサのインフレでうやむやに出来る。最初から、シナリオは出来ている。

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※年金の目的は、軍備の調達と国民の搾取であったことは、歴史的に明らかだ。

※日本人は、命を金と引き換えにすることをいとわない不思議な民族だ。借金のカタに生命保険を取ったり、旦那が死んでくれれば生命保険がいくら入るなどとうそぶく主婦もいる。戦争さえも年金・保険金まみれだ。

1934年 国際連盟を脱退した日本による条約破棄の通告によって終わりを告げた。日本が国際連盟を脱退したことにより世界は無条約時代に突入し、再び建艦競争の時代となった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6

1935年 一般兵士向け生命保険が拡大する。
http://blog.livedoor.jp/hri826/archives/50616222.html

1939年 ドイツ陸軍の機動部隊約150万人と5個軍がポーランドに侵攻。第二次世界大戦が勃発

1941年 日本軍ハワイ真珠湾を攻撃

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「特攻の母」は、特攻隊員は愛する者たちのために散っていったのだと言う。だが、死ぬことが自己目的化した特攻と、愛する者たちを守ることの間に、一体どのような関連性があるのだろうか。私には生命保険という以外に納得できる合理的な答えが一つも見つからないのだが。

石原慎太郎はこうも言う。
http://ch10405.kitaguni.tv/d2007-05.html
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1941年 船員保険 制定

1942年 労働者年金保険 制定

1944年 厚生年金保険 制定

1945年 広島・長崎に原爆投下、日本無条件降伏。

(私の感想)
年金制度は第二次大戦に参戦した日帝が軍費調達のためにこしらえたもので、おっしゃるとおりナチス社会政策の一環として整えられ、敗戦によって、ほとんど掛け金は紙くずのようになりましたね。日帝は、返すあてがあった本当のところわかりません。

戦後の年金制度も基本的に「破綻的」なもので、いざというときはインフレか戦争でパーにしようと決断していると思います。

そのときは、現在の憲法に規定している財政民主主義をいじろうとしてくると思います。

現在の改憲情勢は、「破綻的」な年金「改悪」と同時に進行しているのはとても興味深いところですね。

そもそも厚生労働省とは、戦争を遂行した内務省が戦後改革で解体され、厚生省と労働省として再編していきましたが、戦後復帰した元内務官僚も加わった官庁です。

その後、厚生省と労働省は省庁合併で今日にいたります。

重要なのは、戦時中に内務省によって年金制度が登場したことです。指揮監督した内務省は戦争を遂行させた官庁機関でしたね。

厚生省と労働省が合併して現在にいたりますが、戦後憲法下でも、旧内務省型の空気を今でも残した官庁機関だと思いますね。

基本的に改憲を掲げてきた政党が政権を担当してきたゆえに、この官庁もそういう影響が色濃く残っているといえるでしょうか。

というのも、薬害エイズに関わったミドリ十字(旧731部隊の残党が創始者)と官僚らとの癒着、医学会(学閥)との癒着は、実は戦前から接点があるわけですし(広島大学名誉教授だった故芝田 進午さんが暴露)、当時大臣だった民主党の菅直人さんが薬害エイズに関する資料を厚生労働省の役人たちに迫って、ようやく官僚側はしぶしぶ資料を公開したともいわれていますから。

この意味で私は自民党と官僚が進めてきた戦後冷戦体制には批判的なのです。

戦争を遂行した官僚・政治家・軍人・特高・経営者・組合活動家など戦後続々と復帰している状況と(当初、第二次大戦参戦に唯一反対した日本共産党幹部を獄中から釈放したようなアメリカは、中国・朝鮮革命などによって日本を反共の防波堤とする方向に方針転換し、第二次大戦参戦を遂行した当事者たちは占領していたアメリカ自らの手で戦後復帰させられて、「共産主義」=ソ連への備えとして任務についた。彼らは、過去の鬼畜米英・反米思考を反ソ・反共にシフトさせることで、戦後復帰を果たした模様。)、そのなかで蓄積されてきた腐敗などを見せ付けられると、第二次大戦の処理は、本当に日本では決着しているのか疑問ですらあります。

日本会議やつくる会が跳梁跋扈しているのも、こうした残滓が新たな基盤を獲得するために蠢いてきたわけで、そこに不気味な影を感じざるを得ません。

ここがナチスドイツを一掃した戦後のドイツとはまったく違った傾向にあると思いますね。

日本の場合、ドイツと比べて戦後改革―民主化が実は不徹底だったことと、冷戦体制の影響として本当のリベラルで民主的な政治勢力(冷戦体制に縛られ憲法遵守規定を自ら反故にするような反動的方針をとってきた某与党ではなく、憲法遵守をきっちりと守る本当の民主的でリベラルな自由主義政党)や社民勢力(民社党のような勝共連合系の反共右翼でもなく、ソ連スターリン主義を賛美しているような「社会主義運動」でもなく、フランス社会党のような意味での正統な社会主義インターナショナルのようなリベラルな社民という意味です)が育たなかったことなどが影響している気がします。


私は、極端な右や左ではない、西欧の社民政権のような民主・リベラル政権が日本に登場すべきだったし、今後登場すべきだと考えています。

公安警察は私を誤解しているようですが、本質的に私は、ゴリゴリの共産主義者(与党・政権が憲法を遵守していれば、私は何も問題はないのです)ではなくフランス社会党のような社会民主的な民主リベラル政権を望んでいる立場なのです。
 

日本の陰謀

 投稿者:くま  投稿日:2008年 2月25日(月)18時34分13秒 bf03238.fip.synapse.ne.jp
  参考にどうぞ。

http://japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp/02/index.html
 

『新しき警察のために―国家と警察』 [警察カルトのバイブル(警察はカルト)]  

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月25日(月)11時48分33秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
  終戦間もない一九四六年(昭和二一)六月二一日、弘津恭輔に引率され警察講習所三八期本科学生一八一名と共に宮城(皇居)内の拝観と勤労奉仕に出かけ、作業終了時に「慰労の恩召による御紋章入りの煙草を賜わ」ったある兵庫県警察幹部は、「新日本再建の核心は天皇に在ると信じております。私達は覚悟を新にして皇國を護持し、平和国家を建設して聖慮を安んじ奉らねばならないと存じます。」 と、決意した。
このような警察官の志気高揚―組織内部世論の構築―のために一九四九年(昭和二四)、警察大学校教頭(のち校長)弘津恭輔(弘津はその後、国際勝共連合=世界平和教授アカデミー理事、教科書正常化国民会議理事などを勤めた)が、『新しき警察のために―國家と警察』 を著し、戦後始めて警察精神の問題を取り上げた。終戦後、日本警察が民主化され、まだ日本に自治体警察があった頃に出版されたこの本は、かなりの数の版を重ね、当時、警察官の間で「警察官のための魂の書」として読まれたという。
弘津が、その「序」で「新しい警察制度が確立されて以来、警察法や警察制度に付いては多くの有益な著作が公にされたが、警察の本質、理念の問題や警察精神等の問題に付いては、未だ公刊された書物が見当たらない様である」 と述べているように『新しき警察のために』は、敗戦後、始めて警察精神に関する問題について書かれた書物であった。
弘津は、「日本国家と日本国民統合の象徴として天皇の御地位を考えるならば、『陛下の警察官』と云うことは、『日本国家と日本国民の警察官』と云うことゝ実体は同じではないのであろうか」 と述べる。これは、松井茂が「欧米諸国と我国とは国情を異にし、殊に国体上において大いに異なるものあることは言うまでもない。我国の警察官として『陛下の警察官』ということは忠君的であり、『九千万国民の為』ということは愛国的であって、忠君と愛国とは、我国体の上では同一の結果となるのである。乃木将軍の自刄や、爆弾三勇士の犠牲的精神のごときは、欧米人の頭脳では、正当に理解し難い。従って、日本の警察官は、陛下の警察官なりと言っても、彼等にはその真意義が判らないのである。」 と述べたことを正統に受け継いだものといえる。
また、弘津は「吾が民族国家に於て、皇室が国民尊崇の中心として二千年以上続いて来たことは、単に偶然とは謂われない深い意味を持っていることゝ思う。天皇制は決して権力によって維持されたものではない。天皇制が真理と正義に合して居なかったならば、二千年以上も歴史に生きつゞけることは不可能である」 と天皇制の正当性を強調した。
そのような考えを述べた後、弘津は、「嘗ては天皇陛下の警察官と自ら称し、またそれを信じ、それに誇りを感じていた警察官が、新しい憲法によって『公共の奉仕者』として規定され、日本国家の主権者は天皇ではなくして、吾々国民であると聞かされる。それはあまりにも大きな変革であり、正に警察精神界の革命である」 。と、「天皇陛下の警察官」が「公共の奉仕者」になったことを「警察精神界の革命」と位置づけた。
弘津は、「天皇陛下の警察官」から「公共の奉仕者」になったことを「警察精神界の革命」と呼ぶが、これは、松井が「暗示には簡潔の言葉が必要にして、情意投合とか、肝膽相照すとか、以心伝心とか、警察の民衆化とか、何れも皆其の一例である。」 と考え、群衆(巡査)に対する暗示として使用した「天皇陛下の警察官」というスローガンと同様の意味しか持たないのであれば、「天皇陛下の警察官」が「公共の奉仕者」になったところで、暗示のためのスローガンが替わっただけで、本質的な意味の変化はない。ただ、組織内部世論の再構築のために、暗示にかけられた群集に対して、「天皇陛下の警察官」と「公共の奉仕者」が同一であるとの新たな暗示が必要となったにすぎない。
戦前の日本警察がもっていた警察官は武士であり、武士によって警察機関が構成されているという警察のイメージが、終戦によって、日本警察が解体され自治体警察となり、警察の民主化によって、警察官は公僕であるというイメージが新たに形成されようとしていた。そのため、戦前から警察組織を構成していた警察官が有する世論―警察組織内部世論―と警察外部の世論との不一致が現象し、新たに警察官になり警察組織内部に入る者が、反応している社会像(ステレオタイプの体系)を変える努力が必要となり、「新しき警察のために」が書かれ、新たな警察官教育が展開されていくこととなったと考えられる。

弘津恭輔(ひろつきょうすけ):1943年(昭和九)東京帝大法学部政治学科卒業。内務省に入り、内閣参事などを経て、戦後群馬県警察部長、警察大学校教頭・校長、東北・九州各管区警察局長、公安調査庁調査第一部長、総理府総務副長官を歴任、1969年(昭和四十四)退官。綜合研究所研究員、国際勝共連合=世界平和教授アカデミー理事、教科書正常化国民会議理事、政治評論家。『共産主義運動の研究』『新しき警察のために』『政治思想史概論』『マルクス・レーニン主義とその批判』『共産主義批判入門』。弘津は、その「序」で「新しい警察制度が確立されて以来、警察法や警察制度に付いては多くの有益な著作が公にされたが、警察の本質、理念の問題や警察精神等の問題に付いては、未だ公刊された書物が見当たらない様である」(弘津恭輔『新しい警察のために―國家と警察―』立花書房、1949、3頁)と述べているように『新しき警察のために』は、敗戦後、始めて警察精神に関する問題について書かれた書物であった。いわば戦後警察カルトの新約聖書である。

「警察カルト」
警察が共産主義者を襲ったとき,自分はやや不安になった.けれども結局自分は共産主義者ではなかったので何もしなかった.それから警察は社会主義者を攻撃した.自分の不安はやや増大した.けれども依然として自分は社会主義者ではなかった.そこでやはり何もしなかった.それから学校が,新聞が,国民全てが,というふうにつぎつぎと警察の手が加わり,そのたびに自分の不安は増したが,なおも何事も行わなかった.さてそれから警察カルトは外国を攻撃した.私は警察化された日本人であった.そこで自分は外国を攻撃した.しかし,そのときにすでに私は、自分ではなかった.

『博士の愛した株式』から掲載しました
http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-22
 

弘津恭輔元九州管区警察局長と統一協会の癒着について

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月25日(月)03時03分34秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
編集済
  (文鮮明師が創設した)勝共連合の運動の歴史の中で、私が一番感動を覚えたのは、1978年の京都蜷川(にながわ)革新府政を打倒した時の、知事選における勝共連合の壮烈な闘いぶりであった。当時、28年も続いた「京都蜷川革新府政」は、「京都共産王国」とか「人民共和国蜷川府政」とかマスコミ界で騒がれていたのである。(中略)ところが、78年の府知事選で、この日本革新政治の灯台の火は消されてしまった。この蜷川体制崩壊を目の前にみた不破書記長は、次のような談話を発表している。「自民党陣営は、その別働隊として国際勝共連合を使い、この選挙戦で、全く謀略と非道の限りをつくして杉村陣営に攻撃を加えた。(中略)くり返しての抗議と申し入れにも拘らず、政府と関係当局は彼らを放任し、この点では、京都府は無法地帯と化するに至った(中略)」と。すなわち、蜷川共産王国が倒れたのは、自民党よりむしろ国際勝共連合の(中略)選挙戦活動によるもの、というのが日本共産党の受け取り方である。(中略)国際勝共連合の「共産主義に勝つ」活動も決して日本国民だけの問題ではない。我々は勇気をもって、この闘いを益々強めなければならない。
▲弘津恭輔(元公安調査庁第一部長、元総理府総務副長官、元警察大学校長)

関係の深い政治家の御言葉
http://www.geocities.jp/siro1kuro2gray3/T-1/seijika.html

「私の見た勝共運動」~各界有識者70人の証言~
勝共運動を応援する会編
http://www.chojin.com/history/syokyoundo.htm

『人類史の大真実』統一協会と統一運動(提供 超人類ネット)<文鮮明師と統一運動に賛同する方々>から(統一協会賛美のサイトの模様)
http://www.chojin.com/person/jp.htm

『博士の愛した株式』弘津恭輔の危険性について暴露されています。
http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-06-22

『博士の愛した株式』警察大学校長もつとめた弘津恭輔と勝共連合の関係、警察権力独特の反共主義の形成について指摘されています。
http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-27-1

『日本の右傾化もブッシュ一味・統一協会の策略』
私は直接支持はしていない陰謀論で有名なリチャード・輿水氏の指摘ですが、共和党タカ派と自民党右派を結ぶ結節点は統一協会創始者文鮮明にあるという暴露はなかなかです。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/kok_website/fireworks4/main_pages_sub/OUMUNOSEIRISEITON_PAGE9_6_1.HTM

『カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記』
統一協会・生長の家・日本会議など自民党イデオロギーを支えてきた極反動極右団体に対する暴露や批判、日本会議に賛同する資本家の暴露や批判、相次ぐ反動法案の裏には警察官僚が存在することを暴露、警察権力と政治家や官僚どもの腐敗などを徹底追求している鎌倉さんのブログです。鎌倉さんは、反動右翼団体員や、公安警察=権力や、職業ネット右翼=実態は日本会議会員(狂信的な右翼宗教団体、統一協会・生長の家信徒)らの「さくら」=ネット右翼から憎悪の的になっています。
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20050721

『なるほど!キーワード 勝共連合』
勝共連合に対する情報が満載です。
http://naruhodo-keyword.com/doc/9565.html

『勝共-詳細情報』
勝共連合に対する情報が満載です。
http://keyword.dig4it.net/word/%E5%8B%9D%E5%85%B1.html
 

マスコミは、日本警察の戦争責任は問わないのか? [警察の戦争責任(警察はカルト)]  

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月25日(月)02時31分30秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
  マスコミで、戦争責任が問題となるとき、日本警察の戦争責任について論じないのはなぜだろうか?

そもそも、戦争に誰も反対できなかったのは、日本警察が優秀だったからである。
日本警察が優秀であったからこそ、戦争を継続できたのである。
日本警察は、本土決戦の際、憲兵となり、
最後の一兵まで国民を兵として、戦わせようとしていたのである。

特高警察が、問題とされるが、戦時中は、警察官の皆特高警察化が図られており、国民皆警察運動によって、国民が全て警察化されていたのである。つまり、日本全体が特高警察化していたのだ(学校や職場、あらゆる人間と人間の関係の中で、極めて自然に存在する、あの熾烈を極めるモラル・ハラスメント〔精神的暴力〕の原因はこれであろう。モラル・ハラスメントについてはマリー=フランス・イルゴイエンヌ(高野優訳)『モラル・ハラスメント』紀伊国屋、1999年参照)。

それを支えたのは、大乗主義の警察精神であり、この警察の大乗主義には、ヘーゲル紹介者で著名な紀平正美博士(『萌え騰る日本』 〔明世堂書店、1944年〕という本も書いておられる)の行の哲学の影響が色濃く見られる。ただ、紀平博士以前に、戦前の代表的警察官僚であり、貴族院議員松井茂法学博士が、同様の思想を鼓吹していた。

松井は、東条英機首相を東條君と呼び、東條が作った戦陣訓を褒めながら、自分(松井)が作った「警察精神九則」を自慢している。

 ※松井の「日本警察綱領」「警察精神九則」は、以下のとおりである。
 「余の五十年経験し来れる警察生活の結論は左の『日本警察綱領』八項目の中に統合せられる ものにして、次の『警察精神九則』は昭和十三年二月の作に係はり、翌年二月発行の警察講習  所学友会雑誌に発表、その後改訂を加へたるものなるが、玆に併せ掲げて余の所志を明かにし、 以て自叙伝の稿を終ることとする。」 (松井茂『松井茂自傳』松井茂先生自傳刊行會、1952年、  511頁参照)


 日本警察綱領

 第一 日本警察官は、陛下の警察官として治安確保の職責を通じ、皇運を扶翼すること。
 第二 日本警察官は、天壌無窮の神勅に基き、憲法及び教育勅語の趣旨に則り、政治と道徳と     の一体たることを自覚すること。
 第三 日本警察官は、尊皇、愛人、尚武、廉恥の精神の修養に努め、常識、法令、科學等廣く警     察知識の涵養を怠らざること。
 第四 日本警察官は、国民心理の何物たることに注意し、常に社会の活事情に通ずること。
 第五 日本警察官は、経済及び社会事業の何物たることに通じ、警察運用の完成を期すること。
 第六 日本警察官は、国防国家と大東亜新秩序の達成の為めに猛進し、東洋警察の完成に努む     ること。
 第七 日本警察官は、警察的臣道を実践し、自ら範を中外に示すと共に、国民に対しては之が警     察的自覚を促し(皇民警察)、且つ世界に対しては広く皇道警察の何物たること(八紘一宇     の警察)を諒解せしむること。
 第八 日本警察官は、日本警察の長短を自覚し、常に世界の大勢に通じ、以て世界に冠たる警      察を大成すること。

 警察精神九則

 第一 警察教育淵源在国体精華発揚
 第二 国体精華発揚在皇道警察自覚
 第三 皇道警察自覚在国体擁護振興
 第四 国体擁護振興在警察使命体得
 第五 警察使命体得在警察理想窮行
 第六 警察理想窮行在智仁勇之修得
 第七 智仁勇之修得在治安確保実践
 第八 治安確保実践在八紘為宇達成
 第九 一刻寸時不可忘警察

丸山鶴吉 は、『松井茂自伝』の序で「我国警察消防の権威者であり、社会教化事業の指導者であった松井先生が逝かれてから、早くも7ヶ年の歳月が過ぎました。明治二十六年大学の業を卒え直ちに警察界に入られ、昭和二十年九月逝去されるまでの、五十余年間の偉大なる業績を顧み、先生の崇高なる御人格を想起して、今更らに敬仰措く能はざるものがあります。」 と、松井茂の業績を極めて高く評価した。

1942年(昭和十七)、松井茂は七十七歳の喜寿を迎えた。内務省警保局を中心に松井のために、警察消防奉仕五十年に併せて喜寿を記念する会が企画された。

この企画は1940年(昭和十五)5月11日の夜の警察協会の会合で警保局長山崎巖 が、「この場合に内務省、警察講習所、警察協会、大日本警防協会の総意を以て特に申し上げたいことは、御多忙ではありませうが、来々年は警察社会に見を投ぜられて以来五十年にもなりますので、是非ともそれまでに、これまでの御著述及びパンフレット等の大要を印刷に附すると共に、五十年の警察生活の御来歴をも発刊したいといふのが関係者一同の熱心なる希望である故御承諾を得たい」 と述べたことに始る。

そして、たとえ将来警保局長ほかの当局者の人が変わっても警保局長を会長として事業の達成を図るという規約を設けた。

1942年(昭和十七)夏ごろから、警保局長三宅重夫をはじめ内務省警保局を中心に、警察講習所、警察協会、大日本警防協会が松井茂の警察消防奉仕五十年と喜寿を祝う会の準備がすすめられた。

そして、朝野の名士80氏が発起人となって、同年11月24日午後5時から帝国ホテルで松井の喜寿を祝う盛大な紀念の晩餐会が催された。出席者は日本全国から参集し170余名を数えた。一木喜徳郎の祝辞のあと、内務次官となっていた山崎巖が松井のために紀念文庫を警察講習所、大日本警防協会に設立し、記念出版として松井の全集3巻を刊行する計画を発表した。ついで警察関係者及び同郷の有志を代表し丸山鶴吉、消防関係を代表して警防協会石田常務理事が祝辞を述べた。

しかし、満州事変の勃発、第二次世界大戦の戦況の悪化により、記念事業の計画は一時中止された。

戦後になって1951年(昭和二十六)9月 、警察大学校内で開催された松井の7周忌追悼会の席上で、記念事業のうち松井の自伝だけでも速やかに刊行したいという義が出され、参会者の多数がこれに賛同し「多年直接先生のご指導を受けた者達で『松井茂先生自伝刊行会』を結成して、事業を促進することになった」 。

松井茂先生自伝刊行会は、丸山鶴吉を委員長として、井筒調策、戸澤盛男 、岡本愛祐 、高橋雄豺 、瀧野好暁 、向井昌治、松本学 、古谷敬二、齋藤壽夫 、鹽谷隆雄 、篠田信男、伊藤謹二 、東谷傳次郎 、河合壽人、田中榮一 、中川望、桑原幹根 、二荒芳徳 、新井茂司 、木村行藏 、島津忠承 、弘津恭輔 、石井榮三 、大園清二 、亀岡幸知、谷口寛 、村田俊彦、山崎巖、藤野至人、齋藤昇 、宮野省三 、白根竹介 、鈴木啄二、が委員を務め、石田馨 が会計委員を務めた 。松井茂は、これらの社会教化事業(社会教化運動)の指導者たちを指導したのであった。

これらの「多年直接先生のご指導を受けた者達」 で結成された松井茂先生自伝刊行会の委員たちは、戦後の警察・消防界、政財界、マスコミ経営(新聞社・テレビ等)で活躍した人物たちであった。

さらにこの松井茂先生自伝刊行の事業には、警視庁、東京消防庁、愛知県、静岡県、警察協会、日本消防協会、警察大学校学友会、警察大学校勧助会、自治体警察長連合会及び全国都市消防長連合会等が協力した。そして、1952年(昭和二十七) 、『松井茂自伝』は刊行された。

この年4月28日、対日平和条約の発効により、特高追放者の公職への就職制限が完全に解除された。

ちなみに、特高追放は、分限免職として扱われたそうである。現行憲法が厳格に適用されれば(特殊な法テクニックが駆使されなければ)、それが当然であろう。ところが現在は、20044年の北海道警裏金問題で存在が明らかになった「新任副署長・次長研修資料」の「会計職員として不適格と認められるものは英断をもって排除する」と同様、会計書類改ざんに非協力的な職員の排除の手法として、分限免職が使われているようである。

もうお分かりかと思うが、
靖国神社参拝に対する中国、韓国、アメリカの意見が問題なのではない。
靖国神社参拝や天皇制云々が問題なのではない。

今この時にも、
戦前の警察が生きており、その警察がCR戦略、CI活動、危機管理論等々によって、地域住民を警察の利益団体化(つまり戦前の国民皆警察化)し、自由と民主主義をだいなしにしていることが、問題なのである。

 ※「地域警察」は、「市民全体を、警察を支援する特別な利益団体にする」といわれている。ジェロ ーム・H・スコルニク、ディヴィッド・H・ベイリー(田中俊江訳)「地域警察の目標及び形体」『講座日 本の警察 第一巻 警察総論』立花書房、1993年、427-57頁参照。)

 ※現在、日本警察では、パンフレット、ポスター、懸垂幕、ダイレクトメール等既存の広報媒体の利 用に加えて、テレビやプロモーションビデオ等の広報媒体の利用、警察官志望者の特性を分析し た上での積極的な勧誘、新庁舎の建設、独身寮の建設、婦人警察官の積極的採用、一流スポー ツ選手の採用、警察学校の教養内容の改善等々、警察組織のイメージアップのためのCI活動を 積極的に展開している(河上和夫ほか『講座日本の警察 第1巻 警察総論』立花書房、1993年、 93-100頁参照)。すでに警察の「サービス的活動は、戦前の行政法学に言う『警察(作用)』の  枠をはみ出している」といわれており、「広報啓発活動」「スポーツ指導」「社会奉仕活動の指導」  「警察音楽隊の活動」「相談業務」等多種多様な「警察のサービス的活動」が存在し(小野次郎  「市民とともにある警察活動」『講座日本の警察 第一巻警察総論』立花書房、1993年、414-21 頁参照)、これらがCR戦略やCI活動として展開されている。

靖国神社は、当時のプロパガンダの道具立ての一つでしかなかったのではないだろうか。

当時の総合的なプロパガンダ機関は、日本警察だったのである。

出征した兵士は、将官であれ、留守家族は警察の援護を受けなければならないのが、当時の現実だった。警察に非国民といわれるような言動は、軍部高官であっても不可能であった。政治家は、特高警察官の「赤がいる」との発言で、疑心暗鬼となり、政治どころではなかった。当時は、戦争に反対することなど、誰にもできない仕組みになっていたのである。

そこに、国民皆警察運動を展開した日本警察の優秀さが見て取れる。

そして、中国、韓国、北朝鮮が、戦争責任について語るとき、日本警察に関して言及を避けているかのように見えるのは、自国の警察制度が、戦前の日本警察の模倣であるからではないだろうか?

日本人は、国内問題として、日本警察の戦争責任を総括しなければならない。

そして、プロパガンダ機関としての警察の機能を民主的にコントロール可能にした後に、日本国憲法改正の必要性の有無を考えなければならない。でなければ、警察の警察による警察のための政治が実現されることとなるであろう。

戦争できる国=戦争継続のために何でもできる警察ということなのである。

松井茂の使徒たち
山崎巖(やまざきいわお):1894-1968、福岡県に生まれる。1919年(大正八)東京帝国大学独法科卒業。内務省に入り、厚生省社会局長、静岡県知事、内務省土木局長、警保局長、1940年(昭和十五)警視総監。1941年(昭和十六)の企画院事件の検挙を指揮。東条内閣の内務事務次官。終戦直後の東久邇内閣の内務大臣。1952年(昭和二十七)衆議院議員、1955年(昭和三十五)第一次池田内閣の自治大臣兼国家公安委員長。山崎は、松井茂の「警察消防貢献五十年記念及喜寿祝賀会」発起人の一人である。

戸澤盛男:全国自治体警察長連合協議会事務局長。

高橋雄豺(たかはしゆうさい): 1889-1979、1909年(明治四十二)警視庁巡査、1915年(大正四)高等文官試験に合格。1931-2年(昭和六-七)香川県知事をつとめる。1933年(昭和八)警察時代の上司正力松太郎が経営する読売新聞社に入社(外報部長)、正力社長の腹心として主筆、副社長をつとめた。敗戦後の読売争議により退社したが、1955年(昭和三十)副社長に復帰、大阪読売新聞社会長なども兼任。1965年(昭和四十)最高顧問。1958年(昭和三十三)法学博士(中央大学)。読売新聞副社長、選挙制度審議会会長など政府関係各種審議会の役職をつとめた。高橋は、松井茂の「警察消防貢献五十年記念及喜寿祝賀会」発起人の一人である。

岡本愛祐(おかもとあいすけ):1894-1988、京都に生まれる。1920年(大正九)東京帝国大学法学部を卒業。1923年(大正十二)-1927年(昭和二)まで昭和天皇の侍従をつとめ、帝室林野局長官を経て退官と同時に1947年(昭和二十二)に参議院議員1953年(昭和二十八)までつとめた。軟式テニスの普及に尽力した。財団法人日本消防協会第二代会長。

瀧野好暁(たきのよしあき):1980年没、国家消防本部長。

松本学(まつもとがく):1886-1974、岡山県に生まれる。東京帝国大学法学部卒業。内務省に入り、神社局長、明治神宮局長、静岡、鹿児島、福岡の知事、社会局長官、1932年(昭和七)警保局長。1934年(昭和九)から1947年(昭和二十二)貴族院議員。新官僚グループ国維会有力メンバー。日本港湾協会会長。世界貿易センター会長。松本は、松井茂の「警察消防貢献五十年記念及喜寿祝賀会」発起人の一人である。

齋藤壽夫(さいとうとしお):1908-1999、静岡県に生まれる。1933年(昭和八)京都帝国大学法学部卒業。大阪府司法事務官、内務省警保局、静岡県民生部長、総務部長を経て、1951年(昭和二十六)から静岡県県知事を4期務めた。1967年(昭和四十二)から衆院議員1期、1971年(昭和四十六)年参院議員に転じ1期務めた。

鹽谷隆雄(しおやたかお):1988年没、神奈川県に生まれる。1948年(昭和二十三)から6年間、警察機構から分離し、自治体消防として発足した東京消防庁の初代消防総監。戦後の地方財政ひっ迫の中で消防界の体制の充実、強化につとめた。東京消防庁消防総監、警視庁消防部長。

伊藤謹二(いとうきんじ):広島に生まれる。厚生次官。日本児童福祉給食会理事長。
東谷傳次郎(ひがしたにでんじろう):1894-1987、1921年(大正十)東京帝国大学法学部政治学科卒業。日本コンクリート工業相談役、飯能ゴルフ倶楽部会長。会計検査院院長。

田中榮一(たなかえいいち):1901-1980、東京に生まれる。1927年(昭和二)東京帝国大学法学部政治学科卒業、内務省に入る。1948-51年(昭和二十三-六)まで警視総監をつとめる。退官後1948年(昭和三十三)衆議院議員となり、連続で6期勤めた。内閣長官官房副長官、通産政務次官、外務政務次官等をつとめた。警視総監。日本武道館理事長。

桑原幹根(くわはらみきね):1895-1991、山梨県に生まれる。東京帝国大学法学部卒業後内務省に入り、内閣東北局長、東京商工会議所を経て1946年(昭和二十一)愛知県知事(官選)東海北陸地方行政事務局長を兼務。1951年(昭和二十六)以降愛知県知事に6回当選、1975年(昭和五十)引退。中京工業圏をつくり上げた。

二荒芳徳(ふたらよしのり):1886-1967、愛媛県に生まれる。1927年(大正二)東京帝国大法科大学政治学科卒業。内務省に入る。静岡県理事官、東宮御所御用掛。1925年(大正十四)から貴族院議員。戦後厚生省顧問。1922年(大正十一)少年団日本連盟初代理事長。1941年(昭和十六)大日本少年団連盟副団長、戦後1949年(昭和二十四)ボーイスカウト日本連盟として再建、顧問、総コミッショナー。伯爵。二荒は、松井茂の「警察消防貢献五十年記念及喜寿祝賀会」発起人の一人である。

新井茂司(あらいしげじ):1980没、初代国家消防庁長官。

木村行藏(きむらこうぞう):1993没、1936年(昭和十一)東京帝国大法科大学法律学科卒業。警察庁近畿管区警察局長。日本善行会副会長。
島津忠承(しまずただつぐ):1903-1990、1930年(昭和五)京都帝国大学法学部卒業。戦前、欧米を視察しわが国に救急車を導入。戦時中は捕虜の世話、戦後は外地からの引き揚げに尽力。1946年(昭和二十一)から19年間、日本赤十字社社長。この間、1933-47年(昭和八-二十二)、貴院議員。結核予防会会長もつとめた。結核予防会会長、日本赤十字社名誉社長、貴院議員。

弘津恭輔(ひろつきょうすけ):1943年(昭和九)東京帝大法学部政治学科卒業。内務省に入り、内閣参事などを経て、戦後群馬県警察部長、警察大学校教頭・校長、東北・九州各管区警察局長、公安調査庁調査第一部長、総理府総務副長官を歴任、1969年(昭和四十四)退官。綜合研究所研究員、国際勝共連合=世界平和教授アカデミー理事、教科書正常化国民会議理事、政治評論家。『共産主義運動の研究』『新しき警察のために』『政治思想史概論』『マルクス・レーニン主義とその批判』『共産主義批判入門』。弘津は、『新しき警察のために』の著者である。その「序」で「新しい警察制度が確立されて以来、警察法や警察制度に付いては多くの有益な著作が公にされたが、警察の本質、理念の問題や警察精神等の問題に付いては、未だ公刊された書物が見当たらない様である」(弘津恭輔『新しい警察のために―國家と警察―』立花書房、1949、3頁)と述べているように『新しき警察のために』は、敗戦後、始めて警察精神に関する問題について書かれた書物であった。いわば戦後警察カルトの新約聖書である。

石井榮三(いしいえいぞう):1907-1994、岡山県に生まれる。1932年(昭和七)東京帝国大学法学部独法科卒業。内務省に入り、東京警察管区本部長、警察庁次長などを経て、1955-58年(昭和三十-三)第2代警察庁長官。全日本指定自動車教習所協会連合会会長。
大園清二:警視庁警務部長。

谷口寛(たにぐちゆたか):1907-1994、三重県に生まれる。東京帝国大学法学部卒業。静岡県警務課長、神奈川県商工課長を経て、内務事務官、警保局、岐阜県経済部長、厚生省軍事保護院職業課長、内閣参事官、奈良県知事、大阪警察管区本部長、国家地方警察本部次長、警察庁次長等を歴任。1954年(昭和二十九)第五次吉田内閣の内閣官房副長官。1958年(昭和三十三)理化学研究所幹事、1963年(昭和三十八)土地調整委員、1969-72年(昭和四十四-七)まで土地調整委員長。1973年(昭和四十八)日本自動車ターミナル監査役。

齋藤昇(さいとうのぼる):1903-1972、三重県に生まれる。1925年(大正十四)東京帝国大学農学部卒業、1928年(昭和三)東京帝国大学法学部卒業。1927年(昭和二)内務省入省、戦後官選山梨県知事、1947年(昭和二十二)ない内務次官から警視総監。1948年(昭和二十三)から初代国家地方警察本部長官。現行の警察法を作り、戦後警察の基礎を築き、自ら初代警察庁長官となった。1955年(昭和三十)に退官と同時に参議院議員となる。以降4回当選。運輸大臣。厚生大臣。警察庁長官。

宮野省三:日本消防協会理事長。

白根竹介(しらねたけすけ):1883-1957、山口県に生まれる。1908年(明治四十一)東京帝国大法科大学政治学科卒業。埼玉、広島、兵庫の知事をつとめ、ゴーストップ事件の調停を行った。1935年(昭和十)岡田内閣の書記官長。1936年(昭和十一)貴族院議員。白根は、松井茂の「警察消防貢献五十年記念及喜寿祝賀会」発起人の一人である。

石田馨(いしだかおる):1885-1959、山口県に生まれる。内務省に入り、警視庁保安部長、京都府内務部長、宮崎、千葉、神奈川の知事、1931年(昭和六)内務省神社局長兼造宮官副使、1936年(昭和十一)警視総監。戦後は弁護士を開業した。石田は、松井茂の「警察消防貢献五十年記念及喜寿祝賀会」発起人の一人である。


(「ポリス・リテラシー(Polis-Liter acy)があれば、... 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-11-25-1もご参照ください)
(「ポリス・リテラシーを欠いた人々からなる社会=警察カルト=サル... 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-11-25-2もご参照ください)
(「ポリス・リテラシー(Polis-Liter acy)を身につけ... 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-11-27もご参照ください)
(「警察の不祥事予防策:利他的な贈与の動機のインセンティブ化? 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-11-25もご参照ください)
(「政治家の条件=市民の条件」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-11-25-3もご参照ください)
(「心の闇」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-23もご参照ください)
(「日本警察カルト 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-16-2もご参照ください)
(「国民皆警察」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-17もご参照ください)
(「歴史観は、このように作られる 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-16もご参照ください)
(「カルト集団を野放しにするのか? 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-18もご参照ください)
(「警察カルトを支える人間管理方法としてのいじめ 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-10-27-2もご参照ください)
(「モラル・ハラスメント(精神的暴力)と警察カルトとの関係 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-10-18-2もご参照ください)
(「モラル・ハラスメント(精神的暴力) 」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-10-18-1もご参照ください)
(「警察カルトによるジェノサイド?」http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-09-03もご参照ください)

『博士の愛した株式』から掲載しました
http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/2006-08-15
 

警察官僚は統一教会と関係が深い~『博士の愛した株式』ブログから

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月25日(月)02時17分20秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
編集済
  「警視、霊感商法関与の疑い 神奈川県警不祥事に発展」 さすが、警察不祥事の名門神奈川県警だ。  [警察官は人間失格(犯罪エリート)]
「警視、霊感商法関与の疑い 神奈川県警不祥事に発展」という記事があった。

さすが、警察不祥事の名門神奈川県警だ。

不祥事慣れした神奈川県警だけあって、東京警視庁のおまわりさん(警察官)の自殺の日に、不祥事の発表をかぶせてくるとは、そつのない危機管理広報ぶりだ。

中日新聞によれば、「神奈川県警警備部の課長を務める男性警視(51)が、心身の疲れを癒やす『ヒーリングサロン』を装い、客に法外な値段の宗教グッズを売り付けているとされる霊感商法に関与している疑いがある」のだそうだ。

このブログのどこかで書いたと思うが、警察政策(警備部の仕事含む)自体が、霊感商法や催眠商法的だ。

この警視、警察で学んだ布教活動の手法を、外部で生かし金に換えたということか…。

やっぱり、一般市民は、

と思って、おまわりさん(警察官)とは係わり合いにならない方が良いようだ。


「警視は警備部の重要ポストを歴任、警察庁警備局にも出向し、9月に現在の課長ポストに就いた。将来の部長候補とされる。」というから、国民を操作するために警備警察(警察庁を頂点とした警視庁と各府県警)が組織的に心霊ブームを起す工作をしていたのだろうか? 社会不安が高まる時にノストラダムスとかスプーン曲げ・心霊写真・UFO、白蛇占、動物占、印鑑占、風水、癒し、ロハス等々、「あんた死ぬわよ~」的な脅迫で、国民を操作しようとしていたのだろうか? そういえば、このブログのどこかで書いたが、警察官僚は統一教会と関係が深いようである。共産主義に反対するために手を組んでいたようである。つまり、警備警察の政策と関係があるようだ。こんなことを書いたら…。「あんた死ぬわよ~」って言われるんじゃ…、恐ろしい。

「警視、霊感商法関与の疑い 神奈川県警不祥事に発展 2007年12月19日 23時33分 神奈川県警警備部の課長を務める男性警視(51)が、心身の疲れを癒やす『ヒーリングサロン』を装い、客に法外な値段の宗教グッズを売り付けているとされる霊感商法に関与している疑いがあることが19日、県警の調べなどで分かった。 県警はサロンを運営する企業グループの詐欺容疑立件に向けて全容解明を進める。警視の口座にグループ側から定期的に多額の現金が入金されていたのを確認。警視は部下の警察官10人前後を勧誘していたとされ、県警は警視からも詳しく事情を聴く。 警視は警備部の重要ポストを歴任、警察庁警備局にも出向し、9月に現在の課長ポストに就いた。将来の部長候補とされる。事件は神奈川県警の重大な不祥事に発展する可能性がある。 関係者によると、サロンは、占いによる運勢、姓名などの鑑定を目的に2000年に設立された有限会社と企業グループが運営。山梨県内に本部があり、東京都内を中心に数十店舗のサロンを展開している。 県警などによると、警視はグループにいる知人女性が東京都港区のビルの一室に系列のサロンを開設した際、部屋の賃貸借契約の連帯保証人になった。(共同)」http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007121901000694.html


『博士の愛した株式』ブログから掲載しました
http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/archive/c40379260
 

『博士の愛した株式』という痛快ブログについて

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月25日(月)02時12分9秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
編集済
  『博士の愛した株式』という警察権力批判のブログはなかなか読み応えがある。

警察組織のモラルが下劣極まりない事実を、昨今の警察組織の不祥事や事件の激発とともに、封建的な警察組織の歴史的形成の面からも抉り出して暴露する痛快ブログである。

警察権力の実態にせまりたい人びとは、読み応えがあるブログであると同時に、ここを読んでいるだろう公安刑事たちも自己反省するためにぜひ読むべきだろう。

『博士の愛した株式』ブログ
http://blog.so-net.ne.jp/dr-nobody/archive/c40379260
 

みえみえな警視庁公安による統一協会系団体の捜査と逮捕~癒着の指摘に対応か?

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月24日(日)16時22分5秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
編集済
  2月18日に公安警察は統一協会系団体を家宅捜索し逮捕するニュースが流れました。
公安警察が「統一協会」を捜索し逮捕するのは、異例だと伝えていました。

私は、前日、公安警察批判のなかで、統一協会や勝共連合がそうとう公安警察に侵食している事実、政権中枢に統一協会が侵食している事例をいろいろ出しましたが、これに公安警察は打撃を受けたものと思われますが、私の思い過ごしであればよいのですが・・・・

今回、公安警察が統一協会を捜査したのは、JR総連・松崎明を捜査(あくまでも逮捕はポーズ。不起訴)したのと同様に、それらとの癒着を暴露されたことに対する公安警察幹部の反応(事実を暴露されたことに対して、「われわれは」癒着なんかしていないという公安警察側のポーズ。)だと思われます。

面白いことに、公安警察は、ニュースとして報道させる際、警察官の顔などはボカされることはないのですが、このニュースで出でくる警視庁の公安警察官たちの顔はあえてぼかされて映っていましたが(公安警察には珍しく女性の公安デカの姿も写していた)、これは私が公安警察官はみんな同じような面構えをしており、公安警察官は醜い心象が顔に出ているという私の指摘をよほど公安警察は気にしているということのようです。

公安警察はしっかり読んでいるということのようです。つまり、公安警察はちゃんと読んで、反応しているということのようです。

私のブログでは、千葉県警のリモホを示す人物が私のブログを複数読んだ形跡があることもアクセス解析でわかっています。


A&U大坂というブログで展開されていた話に、三里塚の農民の家でかっている犬が毎回、「拉致」され殴られて帰ってくるという書き込みがありましたが(公安警察の嫌がらせということでしょう)、その書き込みがあった次の日、犬が帰ってきたといいます。

これに付随して、三里塚農民のブログには、公安警察官によるさまざまな嫌がらせが列挙されており、公安警察の関与はどれだけあるのか?という抗議がなされていましたが、本当に公安警察官のモラルがどれだけレベルが低いのか証明されているようなものです。

陰湿、陰険、邪悪、巨悪、暗愚、違法性、嫌がらせ、醜い形相、すべて公安警察に共通するものだと断言してよいでしょう。

ちなみに、これは公安警察官の低レベルなモラルの実態を示す貴重映像です。
http://www.youtube.com/watch?v=UwZbQmGRUdg&feature=related
 

いろいろと

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月24日(日)16時01分56秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
編集済
  イラク戦争は、ITバブル崩壊・ドル防衛→アメリカ発金融恐慌回避のための戦争でした。

サブプライムローンの破綻によるアメリカ経済の危機直後に、アメリカ「帝国主義」はトンキン湾事件を彷彿とさせるような、「イラン海軍」がアメリカ海軍を攻撃してきたかのようなニュースを流し一触即発―「イラン戦争」の様相を呈しました。

しかしこれは、映像を伴った「イラン海軍」の反論が公開されたため、アメリカ海軍もこの件をひっこめ、戦争に至るには及びませんでした。

これは、サブプライムローン破綻を受けたアメリカ帝国主義が、アメリカ発金融恐慌を恐れ、イラク戦争と同様の展開をとろうと画策しているという実態を物語っているといえるでしょう。


ユーゴ空爆時も、アメリカ空軍は中国大使館を誤爆と称して攻撃して「挑発」したことがありましたが、中国はそれに応戦したりせず、アメリカは「古い地図をもとに攻撃した誤爆であった」として謝罪するという状況がありました。

これも、本当の狙いは中国との戦争だったと思われます。当時すでにITバブルは破綻し、アメリカ発金融危機が危ぶまれていましたから。

だいたい、北朝鮮の「核施設」も軍事衛星で確認できるとアメリカは主張しているのに、なぜユーゴ空爆では「誤爆」などするのでしょう?そんないい加減な軍事技術であれば、P3Cなんか役にたつのでしょうか?

話題をもどしますが、帝国主義は必ず経済が悪化したり危機的状況になると戦争で回避しようとします。

戦争をする理由は、何でもありで何でもよいのです。トンキン湾事件、フセインの強権政治、フセインの大量破壊兵器、そして中国大使館への誤爆、北朝鮮の核兵器施設、イラン海軍からの攻撃・・・

これぐらいは、金利生活者―投資家であればみんな知っていることです。ですから、私などもサブプライムローンの破綻というニュースとともに、株式暴落がニュースで飛び込んできた今年の初めには、また戦争が仕掛けられるなと直感していました。

もちろんけしかけているのは誰か明らかですね。

私がこうした暴露をするから、権力は「やめろ」とばかりにさまざまな嫌がらせをしてくるわけですが、私の思い過ごしであればよいのですが。

誰が黒幕かなんとなく私は理解してますから。

ロス・疑惑の三浦が「共謀罪」でアメリカで再逮捕されたらしいですが、現代の治安維持法=「共謀罪新設」を急がしているのが誰かもなんとなく見えてきました。これらも、私の思い過ごしであればよいのですが。

ちなみに三浦の再逮捕は2月23日、イラク戦争の経済的暴露をしたのも同日でしたが、偶然とはいえ非常に意味深です。
 

野沢さんくれぐれもご注意ください。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月24日(日)15時44分32秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
  わかりました。それから、野沢さんの紹介されたブログを読みましたが、非常に視野が狭い人だと思います。

共産党支持のかたのようですが、今の情勢のなかでちょっと問題があると思いました。
 

無知が偏見を生んだようです。反省致します。

 投稿者:Nozawaメール  投稿日:2008年 2月24日(日)08時21分19秒 softbank220023144109.bbtec.net
  >論につまって右翼の主張を書き込んで、反論してみよ!という姿勢はあなた自身を落としこめることになるでしょうから今後はおやめください。こういう指摘は二度目になりますので、三度目になさろうとしてこられれば削除対象になることを覚悟してください。

長い間、未熟な独学者への質問にたいして誠実にお答えくださり、ありがとうございました。他人のブログの勝ってな転載を謝罪すると同時に、管理人さんへの失礼をお詫びいたします。
 

それと

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月24日(日)04時14分43秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
  それから、私のブログで日教組批判を行われていますから、はっきりさせておきます。

確かに、日教組本体は執行部が連合路線であり民主党議員を抱え、文部科学省とパートナーシップなどを締結していたため、教育基本法改悪にたいした反対運動も提示できずあっさり敗北しました。

しかしそれはあなたたちのような日共スターリン主義運動として日教組運動は敗北したのではなくて、右翼社民―連合路線の敗北として存在しているのです。

しかしながら、国会現場や教育現場では単組や下部の組合員は日教組執行部を突き上げて闘いを継続しているのが実態です。これが重要です。

それに対して全労連加盟の全教はまったくそのような組合民主主義や闘いすらなく、ひたすら共産党への集票マシーンとしての上意下達組織として存在している程度でしかありません。


もとをただせば、日教組の非主流派としてさまざまな組合活動に対して「聖職者論」をふりかざして、階級的労働運動を逆に妨害してきたのは日本共産党員たちです。

その結果、日本共産党員たちが分裂行動をとったり分裂組織をたちあげてきた結果として、日教組運動は右翼的再編の流れ、連合路線に突き進む結果になったのです。

野沢さん、日教組運動で圧倒的に日本共産党が正しければどうして、日教組を奪還できず、全教という分裂組織を結成したのでしょうか?
 

他人の言葉を借りて批判をしたいということですね。

 投稿者:日本国憲法擁護連合  投稿日:2008年 2月24日(日)04時04分17秒 FLA1Aak011.fko.mesh.ad.jp
編集済
  まずあなたは、こうした引用をしなければ私を叩くつもりにしかなれないという現実をまずは嘆いてください。

あなたは日本共産党支持者なはずですから、下劣な右翼の言説を借りずに、あなたの心酔なさってきた模範的な日本共産党員の言葉などを引用すればよいのでしょうが、私は他の共産党員以外で私を説得しなさい!とすでに展開しているから、あなたは困っているのかもしれません。

であれば、あなた自身の言葉で直接私を批判すればよいのです。違いますか?

都合の悪いところは、パスしまいすとしていっさい答えず、質問に対しても、はぐらかして論を摩り替えてくというのはおやめください。

日本共産党が権力を奪取した場合、KGBのような政治警察をつくるのかどうかを、あなたの視点からまずはお答えください。



>以下のブログで2つの点で、管理人さんを批判されているように思われましたので、書き>込ませていただきます。反論をよろしくお願いします。

他人の言葉をもってきて、これに答えてみろというようなものいいをなんと表現するかあなたは知っていますか?

あなたのおやりになっていることは、『狐仮虎威』『虎の威を狩る狐 』転じて『他人の威を狩る狐』です。

いくら論につまったからといって、他人の言葉をもってきてどうだというような行為は、言葉は丁寧であっても失礼極まりないと存じます。

あと、第三者に対して、私を落としこめるような表現をあえて見せ付けることで、私と論争しているあなたを優位に導くような印象を植え付けるような行為はおやめください。

私はこんな指摘をするのは二度目になりますが、他人がああいってるよ、こういってるよといいなして萎縮させよう、優位にみせようというのは、あなた自身が論に詰まっている何よりの証拠ですから以後おやめください。

あくまでも、真摯な論争をこころがけてください。

>逝き氏し世の面影ブログ(出所)

まずその方の「スタンス」「政治的立場」が具体的ではありませんね。そういう書き込みをどう表現するかあなたはご存知ですか?

『恣意的』『主意的』『主観的』と表現できるでしょう。いいかえれば、ご都合主義です。

>解放同盟は02年に期限が来て失効した、特別処置法の復活を目論んでいます。『差別
>は解消していない。より根深いものになっている』が解同の主張。

まずあなたは、同対法が失効したのを知ってますか?つまり打ち切りということを意味します。

であるのに、長尾共産党市長は、部落民は金をいっぱいふんだくっている、だから医療福祉に金を回せないなどと自民党でもなかなかいえないような部落差別扇動を右翼と一緒になって率先して行い、高齢者医療福祉制度改悪の急先鋒を担っているのです。

つまり、福祉を大切にしますと選挙では昔から展開してきた共産党が、地方自治体を握った段階でそれを裏切っているという矛盾を、被差別部落に金がいっているなどといいなしてごまかしているというわけです。

これは二重に度し難いといえるでしょう。というのも、嘘をごまかし、差別扇動で乗り切ろうとしているのですから!

日共の津田羽曳野市長の著作『共産党員市長でえらいすんまへん』という著作がありましたが、このときよりも度し難い反動的な展開を日共長尾市長はやっているのです。

こういう指摘は私だけがしているわけではありません。しかし、あなたは私の指摘を許せない!ということなんでしょう。だから次から次へと論争をふっかけてくるわけでしょう。違いますか?

さて、では次に、あなたが引用している『逝き氏し世の面影ブログ』という人物の主張を掘り下げたいと思います。そしてなぜあなたが、わざわざこういう人物の言葉を選び引用して書き込みしてきたのかを具体的に抉り出したいと存じます。

「解放同盟は02年に期限が来て失効した、特別処置法の復活を目論んでいます。」などと表現することからして、もともと部落解放運動には敵対的、批判的人物のようです。

こういう人物が「差別は解消していない。より根深いものになっているが解同の主張。」などと発言しています。

それに対して、「部落差別は解消していない」と私は答えます。その根拠は、同対法打ち切りによる、住宅追い出しや家賃の急激な値上げ、地域医療拠点の廃止などの攻撃が相次ぎ、部落民の生活は日々苦しくなっているからです。つまり実生活は、いまだに差別困窮のなかにあるのです。

あなたはそれでも反論なさりたいでしょうから、私が以前部落解放同盟全国連合会のサイトを紹介していますので、あなたはそのサイトをよく読んでください。

>同和問題は、02年の特別処置法の終結をもって、基本的に終わっており、

そんなことをいっているのは、国民融合論をもち全解連を解散した共産党だけです。しかも部落民の生活は困窮しているというのが実態ですから、同和対策は積極的に推進されるべきです。

>残っている大問題は、解放同盟の『既得利権問題』です。

そういう言葉を右翼と一緒になって大合唱しているのが共産党議員たちです。ここがキーワードです。


>『護憲左派を偽装する極左』

さて次。こうした言葉を表現するのはかなり立場が出ていると思いますよ。ちなみに、「極左」という言葉は、公安用語です。

あなたが、こうした表現を使用する人物をあえて引用して、私をとっちめたような気分に浸っているとすれば哀れとしかいいようがありません。

それで、私から「野沢さんは、ゴリゴリのスターリン主義者だ」と指摘された実態をかき消したというようなお気持ちがあなたにあれば、それは非常にナンセンスです。

>一般社会で極左無政府主義者と出会える確率は、

まず、一般社会というのは具体的になんでしょうね。部落差別を扇動し、「極左」という言葉を使用して、ようは気に入らない「左翼」に悪罵を投げつけるというこの人物そのものが、自らのスタンスや立場が明示されているのではないでしょうか?

こういう類の方は、ご自分を「普通の人」であるとか、一般人であるとか装いますが、実態はそうとう右翼的なスタンスを維持されているかたでしょう。

というのも、「極左無政府主義者」という歪な表現そのものに見て取れるからです。

あなたも私をアナーキストだなどと曲解され、その後言葉上では撤回されましたが、国家権力に批判的な人たちを無政府主義者だといいなすのは、反動的右翼か戦前の特高なみの見識でしかないように感じます。

あなたは、国家権力を縛り付けるのが近代憲法の立憲主義だという指摘をやっぱり内心は認めたくないのではありませんか?

よって、歪な「極左無政府主義者」などという言葉を羅列する人物のブログを卑しくも私のブログに引用して、得意げになさりたいのではありませんか?

むしろ逆にあなたの支持する日本共産党そのものの民主民族革命―民主連合政府なる実態が、実は近代憲法の立憲主義にもおとるようなものではないかと心配するほどです。

ですから、日本共産党が政権をとればKGBのような政治警察をつくったり、ハンガリア革命や天安門事件のような人民抑圧を行うのではないか?という疑問をあなたに行ってるのですが、いまだにきっちりとした回答ができないのはどうしてですか?

結局、それがきっちり答えられないから、右翼のブログをも持ち出しながら、しぶとくいろいろな論争を吹っかけてきているのではありませんか?

また、藤岡信勝などの転向になぜ共産党がせまれないのかといえば、ファシストとスターリン主義者は、愛国主義・民族主義で同根だからです。つまりこれが共産党つまりスターリン主義とファシストの共通点なのです。

それと同様に部落差別扇動を行うこの人物を引用して、反論してみよ!とおっしゃるあなたも、基本的にはこの右翼的人物と同類だといえるのではないでしょうか?

そしてなぜあなたが、わざわざこういう人物の言葉を選び引用して書き込みしてきているのかもはっきりするわけなのです。

私はナチスドイツの労組と共産党労組が共闘集会をした事実、スペイン人民戦線内で「トロツキスト」と「アナーキスト」を虐殺してその後ファシストに政権を覆されたスペイン共産党の事例、第二次大戦に参戦したスターリン、各国共産党に第二次大戦に参加するよう指令したスターリンの事例、戦後の日本共産党が部落差別扇動を右翼とそろってやってきた点、フランス共産党が国民戦線とともに外国人労働者への排斥運動を展開してきた点を紹介しましだか、やはりスターリニストとファシストは同類だということで決着がつきそうです。

ですから元共産党学者だった藤岡信勝の批判をあなたも「赤旗」もさけるわけでしょう。

そうではないといいたいのであれば、藤岡信勝さんなどといわないで、右翼の言説を持ち出さないで、つくる会運動の藤岡信勝を弾劾してみてください。

そもそもあなたは、私をなんとかねじ伏せたいのではありませんか?だから、あの人はああいっるよ、こういってるよ、などとつまららない憶測を動員して、さまざまな論争を仕掛けてくるのではないでしょうか?



>沖縄でヤンバルクイナに出会える程度の、普通の人にとってはほとんど有り得無い、低い>確率しかないが、ネット社会では幾等でも会える。

そうでしょうか?この人がネットでしかおもに活動していないからではないでしょうか?

実際、地方でも街頭宣伝にはたくさんの党派が展開していますし、選挙でも中核派やカクマル派や日本労働党も出馬してきた過去があります。

あおうと思わなくても目にすることはできます。

むしろこんな右翼の言葉を引用しなければ、かつて「赤旗」や「グラフこんにちは」が党派闘争的に扱ってきたような「新左翼批判」「偽左翼暴力集団」「盲従集団」の類を批判したつもりになられないとすれば、非常に哀れだなぁと私は思ってしまいます。


>「極左」の看板よりも、護憲派の看板のほうが読者を集めやすいので、「極左」の中の知>恵者で、『護憲左翼』を偽装する輩が現れるのも、むべなるかな。

まるで公安警察のサイトを参考にしたような表現ですが、まずあなたは改憲に対して反対ではありませんか?であれば、改憲反対や「護憲」そのものに批判めいたような言動を行う人物のブログを卑しくも私の掲示板に書き込んこられるあなたの神経をまず私は疑います。

「極左」という言葉できめつけ他人を弾劾しているようなこの人物に対してまず私は極反動の右翼だと指摘したいと存じます。

こういう人物は、本心では改憲賛成でしょうから、何が何でも改憲反対派を分断したいし、つぶしたいわけです。よってこのような言いがかりをつけているわけです。

ようは、左翼が団結して改憲反対でまとまることをなんとしてもつぶしたいわけです。
こういう人物は、言いがかりをつけて改憲反対の世論に向かわせない役割を担っているということです。

実際、改憲反対を掲げる百万人署名運動という運動がありますが、公安警察などは中核派の団体だと攻撃していますが、実際は賛同人や参加者はいろいろな人がいます。共産党員の学者や労組員もいますし無党派の市民もいます。

だから、つぶしにくるわけです。

野沢さんもこうした右翼の言説を支持して、沖縄でかつて革新共闘関係を破壊したように、改憲反対の共闘関係を分断したいおつもりなんでしょうか?

論につまって右翼の主張を書き込んで、反論してみよ!という姿勢はあなた自身を落としこめることになるでしょうから今後はおやめください。こういう指摘は二度目になりますので、三度目になさろうとしてこられれば削除対象になることを覚悟してください。
 

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