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がんばる?

 投稿者:mirutake  投稿日:2009年11月15日(日)12時46分46秒
  浅田真央は今回言っていました。「前はもっとふわふわ滑れていたのに、今回はいろいろ言われながらで」ここには自意識が始まったことを言っていますね。今期は駄目でしょうし、何年か掛かるかもしれないですね。安藤美紀がそうであったように。

またショートプログラムが終わったところで、記者に答えていっています。「うまく滑れなかったので、次はがんばります。」このがんばりますは文字通りの「がんばらなきゃー駄目なのよ」と言う自己叱責に聞こえました。こんな自己意識では自然な「ふわふわした」滑りができるわけがありません。


方や安藤美紀は、NHK杯でのショートプログラム終了後に記者の質問に、ものすごく自問しているように、本当のことを言葉にしようと、言葉を見つけ出しているように、なかなか言葉が出てきません。そしてやっと「もっと大きく滑らないと」と自己の蹉跌のイメージではなく、演技の自己イメージを思い描いていました。その後の記者のがんばってくださいという言葉にも、がんばりますと軽く答えたのが印象的でした。その前のものすごく言葉を探した発声仕方との落差が大きく、このがんばりますが、外交辞令でしかないことを了解させました。
 この応答ではっきり私の中にイメージできたことがあります。選手はがんばるなどと言う自意識を抱えていたらうまく行くわけがない。自己の演技イメージに没頭して行くことしかないののだから。だからがんばっちゃ駄目なんだと言うことを言いたいですね。がんばらなきゃーなんて言う次元にいたらがんばれないし、躓くしかないじゃないですか。世の中みんなで「がんばってねハイがんばります」を外交辞令で遣っていられたらいいんですが、なかなかそうも行かない次元で、内面性をそこに持った自意識過剰になるしかないんじゃないですかね。だからこそがんばれなんて言っちゃいけないんですよ。そういうことを言うと実は躓いちゃう、と言うことを知っている人はね。
 

たけしの性認識

 投稿者:mirutake  投稿日:2009年 5月26日(火)01時55分54秒
  たけしの奴、本当に頭にきた。
5月25日のテレビタックルで、小中学生の性行為の低年齢化の話を遣ってたのだが、そこで久しぶりに出てきた田嶋陽子とか、学校でちゃんと教えなきゃ駄目なんだと馬鹿なことを言っておるわいと思っていたのだが、最後のまとめで まさかの たけし までもが。学校で「系統的に」ちゃんと教えないと駄目ですね、と言っておったのです。おいおい暴れ者のたけしが何を言ってるんだよ。これはギャグ化よ。
真っ先にセックス遣って他ならぬおまえ達じゃないのか。(違うかもしれんが、行きがかり上)そして学校や教師に反抗していたのはおまえ達だったんじゃないのか。そういうおまえ達が性を「系統的に」教えるのなら教師の言うことを聞くのですか?嘘もいい加減にしろ。教育へ持って行くのは世界認識を放棄することでしょう。これでおまえの映画は全部いい加減であることが暴露されてしまったぞ。なんとしてもおまえの暴力映画は我慢ならんかったのですよ。それでも暴力に行ってしまう何かを たけしは 解っているんじゃないかと言うことが少しでもあったから、みんなたけしを理解しようとしてきたんだけど、これでもう終わりと言うことになったね。

いやそういう事かどうか?
私は「「あの夏、いちばん静かな海」」は好きな映画なんですよ。

だからたけしは母親が亡くなって、適当に和解しちゃったと言うことだと思う。少し丁寧に言えば、母親の過干渉で、あれだけ教育やら やかましく押しつけてきいた母親が死んでしまって、そこで美化し始めたと言うことです。だから対立であったものが、良い母親だったという和解をしてしまったと言うことです。死んでしまって今まであった世界への抵抗感が無くなった。価値観がひっくり返ってしまった。社会とも和解してしまった。社会の価値を押しつける者になってしまった。

性の低年齢化は、教育で止められるものではないし、止めようという風に扱えるものではないです。反対にいくら学校が性行為の仕方を教えたからと言って、じゃー遣りましたと言うことではないでしょう。そんな風にはなっていません。
それは若者の暴力のはけぐちに走るのと同じ事だと思うのです。早すぎる性は早すぎる反抗だと思うです。それは家族関係の解体の問題でしょう。
 

保育の本質 3

 投稿者:mirutake  投稿日:2009年 5月 6日(水)18時04分13秒
  大森ジャングル探険隊94 保育の本質3 発行しました。
いろいろ書いてきたことのまとめになっていると思います。また保育に関わってきてからの、時代的な動きも書けたと思います。表層でうごめいているものではなく、本当に時代の問題意識を掴んでいかないと、足下をすくわれたままですよね。自戒しながら、もっと詳細な時代への理解が求められいる筈です。
 

ほんとうのこと

 投稿者:mirutake  投稿日:2008年 3月31日(月)01時34分2秒
   大森ジャングル探険隊90
「お母さん もう あんたのこと諦めた」を発行しました。

長年引っかかっていたことが解明できたなーと感じています。あの言葉を言われるたびに、違うんだよなー、そういうことじゃないんだよなーと思ってきたのでした。あの諦めは社会的な評価の目で自分の子どもを見るのを止めたと言うことですね。そのままでいいんだよ、在りのままが一番だよと言うことでした。

 芹沢さんの言う受け止めですよね。これ書けて本当に良かった。書いてて良かった。
 

人間への無理解

 投稿者:mirutake  投稿日:2007年 5月20日(日)23時59分13秒
  会津若松17歳少年母親殺人
マスコミの質の悪い部分が、少年が母親に特別な思いはなく・誰でも良かったと言ったことに対し、ついにホラー映画の見過ぎや過激ハードロックの見過ぎを「猟奇」の理由に挙げて、こういうものを規制しないことには少年の殺人は無くならないと言い出した。アホらしくて。
それでもテリー伊藤は、生い立ちや母親との個別の関係を地道に解明していけば解ってくるのだから、隠さないで、何とか明らかにしてゆくことをやらないといけないと言っていたことは印象に残った。

マスコミには教育タブーと、母親タブーがあるから、少年が何に追い込まれたのか解明するのは不可能。この二つがタブーだと全く解明の手だてが無くなってしまう。この二つが問題の本体なのだから。

この人達は何でこんなにも単純なのか。少年本人が「母親には特別な感情はないから弟でも良かったし、他の誰でも良かった」と言っていると報じられると、この言葉をそのまま信じて、そうかやはり猟奇に興味を持っているからなのだと言うことになってしまうのか。君たちはそんなに母親からの影響がないのか。現代の子ども達はそんなに母親からの影響を受けないで済んでしまっているのか。それは君たち自身が母親からの影響を捕らえることを失敗している、母親からの影響から逃れられていない。母親からからの影響を対象化していないと言うことになるしかないんだぞ。
だから母からの影響を無いことにして平気と言うことになってしまうのだよ。
そんなことで本当に良いんでしょうかね。
 

柳沢発言をめぐって

 投稿者:mirutake  投稿日:2007年 2月 5日(月)02時33分40秒
  一人っ子家族像は変えられるか?

柳沢厚労相:女性を「出産する機械」とも例える発言

柳沢伯夫厚労相 柳沢伯夫厚生労働相は27日、松江市で開かれた自民党県議の集会で講演した。講演は年金・福祉・医療問題に関するもので、出席者によると、柳沢厚労相は少子化対策に言及する中で「15から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」などと述べたという。少子化対策にかかわる閣僚による、女性を「出産する機械」とも例える発言だけに、今後批判を強く受けそうだ。

毎日新聞 2007年1月27日 22時32分 (最終更新時間 1月28日 0時36分)


少子化対策と言う視点からであり、子どもを増やさなければならないと考えると、では女性に数を生んで貰いましょうと言うのは、権力の立場で操作しようとしたら、直ぐ出てきてしまう発想でしょう。複雑な女性の内面を政治問題で仕切ろうとすることも、現代日本のこどもたちの問題を単に学力の問題と捕らえようとしたり、医療の現在も単に対症療法としてのみ医療を見て人間存在全体の中の医療と見ないとか、権力者として発想すると対症療法しかでないところが問題なのですね。そんな人しか集まってないのが政治の場でありましょう。

女性が職場に進出し、キャリアが女性の生き甲斐なのだと考えるのは、戦後男女平等思想の浸透と、第三次産業の時代となって、サービス業に女性が必要とされて進出できるようになってきたことによる。それは産業社会の変容そのものが必然に招いていると言っていい。


そこにはかつてのように何人も子供を産む女性像(家族像)は描かれていない。核家族化も、また教育家族化もここまでくれば少子化(一人っ子)こそ必然で、多産の子どもを持つ家族像というのは、どう考えてもこれから描き出すことは不可能としか言えないのではないか、と思えてくる。

そうまずここで社会が核家族像や、女性の働き方像を持ってしまった以上、多産の子どものいる家族像はもうあり得ないのだと考えるところからしか話が始まらないと思える。いや始まらないどころではなく、もう多産の家族像は諦めるしかないと言うところまできてしまっていると言うことではないのだろうか。

始まりのところでも書いているが、少子化対策という権力者の視点からアプローチすることではどうしようもないと言うことなのだが、かといって、女性が生みやすい環境と言うこと自体も、いくらそれらを整備しても、一人っ子で良いとなってしまった家族像は変えられないのではないかと言うことに見えるのだが。
 

家族は?

 投稿者:mirutake  投稿日:2006年 7月 9日(日)02時45分43秒
  <<「怒られて、かっとなった」と母親を殺した阪大生。大学にも行かず、パチンコばかりしていたら親が怒るのは当たり前とは思い至らなかったのか。学力では測れない未熟さが哀れですらある。>>

これが三大新聞の一つの、大阪の事件についてのコメントなのだ。内容が未熟で哀れですらあると言いたい。

ここには殺したときの言動が殺人の引き金だと考える抜きがたい思考の短絡がある。殺人を犯したものが悪い、社会正義を貫かねばならぬと言う、抜きがたい短絡がある。あなた達マスコミ人が作っている社会通念が変わらない限り、これらの事件は後を絶たない。あなたたちの作る社会通念が家族を追い込んでいるのだから。

このような事件が繰り返されている。ここには時代の病理があるのだ。それは家族の病理ではなく、社会の病理。ここまで解き明かすのには結構な解説が必要だろう。

まず押さえておかなければならぬのは、親が子供に対して過干渉に大学生にもなった子供を思い通りにしようとしているから、その反発が過度に表れて、殺してしまうと言うところまで行ってしまったと言うこと。子供が自分の意志で動くことしかできないものなのに、親だからと言って、干渉してゆけば子供が言いなりになるのが当たり前という、正義を親がかざしている関係が見える。正義をかざしているとき、自分の正しさに酔っていて、相手がどのような状態にあるのかが見えなくなっている。だから殺されるとこまで社会正義をかざしてしまう結果と思う。親なら子供がどうしてそうとしかできないのか、子どもに同情できなければ親失格なのだ。だから殺されてしまった。そして煮詰まった関係は双方がなかなか違う方向に関係を持って行けないものだから、社会正義と対立して子供の気持ちを解ってもらえないのだから破滅するしかない。


この破滅するしかない親子関係の余裕を奪っているのが、社会の要求という圧力。親子関係をちゃんとしろ、若者はしっかり働けという圧力なのだと思う。優秀であることを求める社会の要求にそのまま同調する親たち。ここは親の何が本当のことか?と言う判断がない。

子ども達は自分の好きなやりたいことを自分の力なりで良いよと、だれも言いってくれない、社会や、親たちに追い詰められているのだ。ただこれだけのことが守れないために、これからも家族殺人は起こり続けるしかない。
 

一人遊び

 投稿者:mirutakeメール  投稿日:2006年 2月 1日(水)22時17分41秒
  現在は「一人遊び」の無くなった時代と、位置付けられるとのことです。
「一人遊び」は柳田国男によって、「軒遊び」と名付けられ、家の中で親なり近親者と遊んでいたところから、子ども同士の異年齢集団に参加する前の段階と位置付けられます。
十分に一人遊びを体験していいるなら、集団に入ったときにひとり取り残されたときにも居られると言うことではないか。それができないと一人になるのを恐れて、集団に依存状態なるのではないか。このことは現在の子ども達のあり方、いじめ集団に繋がっているのではないかと思われます。
ここまで考えを進めることができました。
もう少し書いてみようと思ってはいます。
 

(無題)

 投稿者:矢野通彦  投稿日:2005年10月17日(月)11時47分20秒
  >一人遊びは母親が見ていてくれるという安心からできるのだという、吉本の体験談が、失われたものの凄さとして伝わってくるものです。保育に関係する人にぜひ読んで貰いたい。




なるほど。

http://plus-1.clanshosting.com/soc/

 

二つの書評

 投稿者:mirutakeメール  投稿日:2005年 8月26日(金)23時37分30秒
  http://www.bk1.co.jp/product/2569894/review/431763
「ここって塾!?」  藤井 東著
塾なのに子ども達が青春している、そんな塾ってあるのでしょうか。と言うほど得難いものなのです。東さんを中心に子ども達が自分の時代への関心を高めていくという感じです。

bk1に書評を書きましたら「今週のおすすめ書評」に選ばれました。読んでみてください。

http://www.bk1.co.jp/product/2567430/review/431765
また、
「幼年論」21世紀の対幻想について
  吉本 隆明著 芹沢 俊介著
についても書評を書きました。
一人遊びは母親が見ていてくれるという安心からできるのだという、吉本の体験談が、失われたものの凄さとして伝わってくるものです。保育に関係する人にぜひ読んで貰いたい。
 

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